魔王だけどシナリオが思い浮かばない!
人類滅亡。
地上界の制圧。
天界への反逆。
様々な世界で魔王は大立ち回りをする。
口々に魔王はこんな感じに言葉にすることもある。
『お前たちにとっての最悪のシナリオを用意してやったわ』
大笑いしながら、宣言し、実行する。
魔王としてある一定の理想的な姿と言えるだろう。
しっかり活動できる魔王はそれだけでカリスマを発揮する。歴史に記載されているような魔王は行動力が凄い。
……なんだけど。
「うああああああ、シナリオが思い浮かばないー!」
会議室。
魔王である私は頭を抱えていた。
これからの活動プランを一切考えてなかったからだ。
「いやぁヤバいねー、かれこれもう一週間は悩んでるんじゃない?」
「厳密には三日だ。まだそこまで悩んでない」
「うーん、三日でも長い気がするけど~、まぁ悩んでる魔王ちゃんかわいいしいっか~」
「わかる、なんていうか美少女が苦悩している姿はいいですから」
道化師、黒騎士、アルラウネ、ナイトメアの四天王が各々言葉を発する。
同じ席で一応作戦会議ということで同席しているのだけれども、どうにもグダグダだ。
「苦悩している魔王を見てなにも思わないわけ……?」
「そうですねぇ、まさしく『最悪のシナリオ』に遭遇しているという雰囲気です。私好みですね」
「ナイトメアの趣味はいいから! なにかいい案ない!?」
うっとりとした表情で語ってくるナイトメアはそもそもこの状況を楽しんでいるみたいだ。
そうなると彼女に意見を尋ねるのは難しいだろう。
したがってナイトメア以外から意見を集める。
最初に手を挙げたのはアルラウネだった。
「魔王城特産農業を地上界に送っちゃおう作戦~」
「えっと、それはマンドラゴラとかそういうのを送りつけるみたいな?」
「え? お姉さん、そういうことは考えてないよ? マンドラゴラ人間には危ないし、いい感じの作物を届けようと思っただけだけど……」
「なるほど、商業の拡大……」
派手ではないけれども、これは採用するのはいいかもしれない。
採用するか考えていた時に、すっと黒騎士が発言した。
「待て、アルラウネ。大前提として魔界の食物は魔物が味わえるように調整されているものが多い。下手に人間に食わせると中毒症状を発生させる可能性もある」
「中毒!? それは危険だね。ちょっと成分とか調査しないといけないから、採用は見送った方がいいかも」
市場拡大は現実的に大切なシナリオではあるけれども、マイナスイメージを植え付けたら危険だ。
色々行動するのに支障が発生する。
「うーん、毒素なんかは意外と何とかなると思うんだけど~残念~」
「それができるのは毒に強いアルラウネだけだと思う……」
とはいえ、真面目に意見がやってきたのはありがたい。
この調子で色々意見を集められたらいい。
「魔王、武道大会とか開くのはどうか」
「なんだかそれっぽい感じ。もっと聞かせて?」
その言葉を受けて、黒騎士が続ける。
「魔王城の武力に優れたもの、そして地上界の強豪、天界のまだ見ぬ存在、それらすべてと戦い勝利できれば魔界の威厳も増すだろう」
「……ちょっ、ちょっと待って?」
「なんだ」
あまり言いたくないのだけれども、言わないといけない。
どうしようもない現実。
「……そこまで、私たちにコネがない」
「コネ、とは?」
「繋がりですよ、黒騎士殿。まだまだ魔王の軍勢としては我々は未熟。有名でもないので、多分呼ばれても来る方はそうとうニッチな方でしょうね」
「そういうものなのか……」
「物好きは来ると思うけどね!」
ナイトメアと道化師のふたりに指摘されて、少し落ち込む黒騎士。
仕方がないとは言え、なんていうか申し訳ない気持ちになる。
少し沈んだ空気になった時、次に提案してきたのは道化師だった。
「道化師、なにかあるの?」
「知名度、ほしいんでしょ?」
「え? まぁ……」
「こういうのはどうかな」
そう言って道化師は魔法でなにかを浮かせてきた。
レオタードのような衣装に耳。そして網タイツ……?
「これは一体」
「バニースーツ」
「……えっ」
「それっ」
困惑していた私に対して、道化師は得意の魔法で着替えさせてきた。
当然、バニースーツの姿に。
「あ、あうぅ……」
普段の私の衣装は黒いドレスのようなものになっている。
その為、レオタードみたいにぴっちりしている衣装は落ち着かない。
胸元も強調されてしまうから、視線が気になる。
「その衣装でここの魔王城を宣伝してみよっか」
「なんで!?」
「魔王様可愛いし、結構話題になると思うよ?」
「わかります、今の羞恥に満ち溢れた表情とか点数高いです」
「あ、あんまり見ないで……」
「そう言われたらもっと見たくなりますね?」
「うぅ……」
魔王なのに辱めを受けている気がする。
複雑な気分だ。
だけれども意見に対した反応はちゃんと返した方がいいと思う。そう思い、口を開く。
「……魔王城に変なイメージがわいちゃうからよくないと思う」
「いいじゃん、バニースーツ魔王城。楽しいよ?」
「はい、女の子が可愛いのは眼福です。私は賛成です」
「ナイトメアぁ……」
賛成意見がふたつ。
多数決で考えると、あとひとつ傾くと危ない。
アルラウネに目を向けると、考えながら言葉を発していた。
「ぴっちりした衣装は光合成できなくなっちゃうから困るかも~」
「案内する時だけでいいから、着てみません? なかなか眼ふ……いえ、似合ってると思いますし」
「そう言われたらお姉さん、悩んじゃう~」
おっとりした様子で悩むアルラウネ。
バニースーツに対する道化師の執念はなかなか凄い。
このままでは危ない。
その時であった。
「その、バニースーツは……勘弁してほしい」
黒騎士が控え目な声量でそう言葉にした。
助け船だ。
「黒騎士!」
「……流石に、着るのは恥ずかしい」
「ぐぬぬぬぬ……なら、今味合わせてやる!」
「ま、待て」
「問答無用!」
道化師の着せ替え魔法が発動する。
それにより黒騎士の鎧は強制的に脱がされて、瞬時に黒騎士がバニースーツ姿になっていく。
「おぉ……」
ナイトメアが感嘆の声をあげる。
銀色の髪。豊満な胸部。すらっとした足。
そこには、普段は凛々しい態度をしている黒騎士は、華奢な存在のように恥ずかしそうに手を使って身体を隠していた。
「み、見ないでぇ……っ」
かすれた声でそう言葉にする彼女。
普段の黒騎士とは全く違う姿に驚愕する一同。
「わ、わたし、鎧がないとダメなんですっ、うまくはなすこともできなくてぇ……っ」
「……いいですねぇ」
恍惚とした表情でそれを見つめるナイトメア。
多分彼女はもう手遅れな気がする。
道化師は流石に、良心の呵責が発生したようで、しどろもどろな態度になっていた。
「え、えっと、なんかごめん……?」
「よろいにつつませて……もう、はずかしくて、きえたい……」
「わ、わかった!」
強制着替えがキャンセルされ、元通りになる。
バニースーツの少女は普段の黒騎士になった。
「……すまない」
鎧になった時、元通りになる黒騎士。
今度相談とか乗ったほうがいいのかもしれない。
「バニースーツ作戦はやめた方がいいかぁ」
「……ところで、私バニーは直さないの?」
「え? 全力で無理そうなら、元の姿にするけど、別にそうじゃないでしょ?」
「……それはそうだけどさぁ」
まぁ、黒騎士の反応よりは大人しいし、スルーでいいと認定されたのだろう。
私も面倒なのでこれ以上は会議中に突っ込まないことにする。
最後に残ったナイトメアがあくびをしながら提案する。
「まぁ、結局のところ地道に活動していくしかないんですよ、魔王様」
「総まとめ役みたいになってる」
「ふふ、悪夢みたいに聞こえるかもしれませんが、急に有名になるなんてうまい話はそうそうないんです。夢を追いかけるなら、まずはやれることをやるべきです」
「例えば」
「魔王様の写真集を地上界に売るとか」
「売らないよ!?」
「ふふ、冗談ですよ」
「冗談に聞こえなかったけど……」
ナイトメアの態度はなかなか独特だ。
雲をつかむような感覚だけれども、どこか的を得ている。そんな不思議さを感じさせる。
「発想を逆転させるのはいいことだと思いません?」
「つまり……武道大会を開くんじゃなくて、赴くとか?」
「そうですね、そういうことです」
「じゃあ、地上界の植物研究して、食べやすいの用意するとか~!」
「交流の土壌を作って、どんどん良くしていくって感じかな? いいと思う」
「ふふっ」
「じゃあ、なんかいい感じの衣装を魔王様に着させるかぁ。黒騎士ちゃんもいい感じのやつ着させたいし」
「わ、私は……遠慮したい、かも。その、軽鎧ならいいけど……」
「本当? じゃあ、スカート丈とか短い鎧を!」
「そ、それは……うぅ……」
「道化師は変わらないね……相当ヤバいものじゃなければまぁまぁ付き合うよ」
それぞれ話がまとまっていく。
一瞬で全てが解決するシナリオなんてそうそう存在しない。
少しずつ成長を重ねて、経験を積んで、新しいことに挑戦できるようになる。そういうシナリオの方がきっと多いのだろう。
魔王としてなにかできることはなにか。
私は人類滅亡とか地上界の制圧、天界への反逆みたいなシナリオは思い描けないと思う。だけれども、それでいい。
地上界と交流を結んだりする魔王だっていても全然おかしくないからだ。
私のシナリオはこれからも続いていくだろうし、考えすぎなくてもよかったのかもしれない。
「みんなのお陰で『最悪のシナリオ』にならないですんだよ、ありがとうっ」
ひとりで抱え込むのではなく、時に相談する。
そんな瞬間がきっと大切なのだろう。
魔王城会議室。
和気あいあいとした時間が流れていった。