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ホラー作品

俺を待っていたもの


起床時間の1時間前に目が覚めた。


グォー! グォー!


ギリギリギリ


スー スー スー


同房の者たちはまだ寝ている。


今日はまちに待った満期で出所する日。


10代の終わりの19のとき収監されて19年、30半ばを過ぎた今、37。


あのクソッタレ共のせいで20代と30代の大半がフイになっちまった。


数百メートル手前からクラクションを鳴らしながら走っていたんだから、避けろよな。


飲酒運転して爺とガキを轢き殺しちまったんで19年も刑務所暮らしをする羽目になった。


まったく、まだ薄暗い早朝から散歩なんてしている方が悪いんだ。


クソがぁ!


まあ良い、出た後の事を考えよ。


ます最初に酒だな、強制的に19年以上禁酒させられていたから酒を浴びるほど飲もう。


それから女だ。


あー早く起床時間にならないかなぁー。




キィーィ。


刑務所の通用門が開き、収監されていた男と刑務官が出てくる。


「スマホ、充電しといてやったが、19年も放置されていたんで電池が劣化していて半日くらいしか保たないみたいだ。


もっとも5Gのスマホなんてあと半年くらいで使えなくなるから、直ぐ買い替えしなくてはならないけどな。


ま、お前に買い替えする時間なんて無いだろうけど」


「あ? それどう言う意味だよ?」


通用門から一緒に出てきた刑務官の言葉を咎めている俺に、後ろから声が掛けられた。


「三木将人さんだね?」


振り向くと、背広姿の男が手元の写真と俺の顔を見比べている。


背広姿の男の背後には作業服姿の男たちが数人。


「そうだけど、あんた誰?」


「保険屋」


「保険屋? 保険屋が俺に何のようだ?」


保険屋を名乗る男に要件を聞こうとした俺の首筋に背後から何かが押し当てられ、何だ? と思う暇も無く、凄まじいショクに襲われ俺の意識は刈り取られた。






ピロローン! ピロローン! ピロローン!


……ん、ぅーん、何だ? うるさいな、何が鳴っているんだ? 


ピロローン! ピロローン!


この音、何の音だっけ?


ピロローン! ピロローン!


あ、そうだ! 思い出した、スマホの着信音だ!


ポケットのスマホを手にしようと身体を起こそうとしたら、頭をぶっつけた。


な、何だ?


ピロローン! ピロローン!


それより先に電話に出なくちゃ。


「ハイ」


「やっと出たか」


聞き覚えのある声がした。


「あんた、保険屋とか名乗ってた人かぁ?」


「その通り。


通話を始める前にスマホの灯りで自分がいる場所を照らしなさい」


言われた通りスマホで周りを照らす。


俺は長方形の狭い空間に横たえられていた。


何だ、此処。


腕や足で上下左右を押すがビクともしない。


「確認したか?」


「テメェ、閉じ込めやがったのか?


何処だ此処? 出せ! 出しやがれ!」


「黙れ!


説明してやるから静かにしろ!」


保険屋の迫力ある声に押され黙る。


「それで良い。


お前がそこに閉じ込められた理由を最初から話してやる。


50年以上前、20世紀の終わり頃から、人を殺してみたかっただの死刑になりたいからだとほざいて、無差別殺人を行う馬鹿が現れた。


そんな自分勝手な理由で殺される犠牲者の多くは、子供や女性など非力な人たち。


殺された人たちやその遺族にとっては、そんな理不尽な理由で殺されるなんて堪ったものじゃ無い。


そこである保険が作られたのだよ。


月1000円の掛け捨てで、理不尽な理由で殺された人たちの無念を晴らす為の保険。


月1000円で年12000円、10年で120000円、平均年齢が100歳を超えた今は1200000円の一括払いもある。


お前の事をスタンガンで昏倒させたあの刑務官のように、私たち保険屋の業務遂行の手助けをする事で支払いを免除される者もいるけどな。


無念を晴らすと言っても、契約者全員に適用する訳じゃ無い。


例えば、自分から先に喧嘩をふっかけて殺された場合や、虐めていた相手に逆襲されて殺された場合などは適用されない」


「そんな保険があるなら刑務所なんていらないじゃ無いか!」


「否、刑務所は必要だよ。


刑務所に収監されてから自分の犯した罪の重さに気付き、真摯に罪に向き合い遺族に謝罪の手紙を書き、釈放されてから遺族の下に行ってどれほど罵声を浴びせられても、時には暴行されても償いを続ける者もいるのだから。


それに私たち保険屋は法務省の一部門だが非合法な組織なんで、表立って動けないって言うのもある。


だから、あなたのように刑務所に収監されても謝罪する気が無い者たちを捕獲するのに楽ってのもありますしね。


人の目が殆ど無く、拉致する時の目撃者は仲間の刑務官だけっていう都合の良い場所は他に無いですからね」


「謝罪する気が無いって言うけど、クラクションを鳴らしながら暴走している車から逃げない方が悪いんだ!」


「あなたはまだ犠牲者の方たちのせいにするんですか?


クラクションに気がついて歩道に戻り、車が通り過ぎるのを待っていた方たちのほうへハンドルを切り、逃げ惑う人たちを次々と撥ねたのにですか?


まあもっとも、あなたのように反省する気が無い屑だと職務とはいえ、人を痛めつけなければならないこの業務遂行も気が楽になりますよ」


「俺は此れからどうなるんだ?」


「あなたのような屑に待っているものなんて決まってます。


それは、死です」


保険屋はそう言うと電話を切った。


い、嫌だ、死にたく無い、そうだ、助けを呼ばなくちゃ。


持っていたスマホに助けを求める電話番号をタップしようとしたら、スマホの画面がどんどん暗くなり唐突に消えた。


スイッチを何度押しても画面が明るくならない。


「嫌だー! 死にたくねー! 誰か助けてくれー!」


俺は真っ暗な狭い空間で暴れ叫び続けた。




真っ暗な狭い空間の中で暴れ叫んでいる男は気がついていないが、中には沢山の赤外線カメラが設置されていて暴れ叫んでいる男の姿がモニターに映し出されている。


その男の姿を、幼稚園の制服を着た男の子の遺影を持った4〜50代の男女が、鬼のような形相で睨みつけていた。





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