カラコン
「よし、一旦休憩しよう」
そう提案したのは碧だ。ジップラインに乗り、自由エリアから歩いてここに来て立ちっぱなしの90分を経ての今だ。高所恐怖症だからという理由だけでなく、ただ単純に疲労を感じても不思議ではなかった。
「いいですけど、どこでします?」
「それなら2分程度歩いたとこにある憩いの場で休憩ができるから、そこの近くで飲み物でも買って休めるわよ?」
「ならそうしよ」
「疲れてるな。千隼と比べると疲労度が凄く見える」
身体能力だけでなく体力もバケモノな千隼は、高所恐怖症とはいえ元気そうに歩けてはいる。でも碧は今倒れてもおかしくないくらいの疲労を顔に出していたので、それだけの差を感じた。
「少なくとも私は恐怖の中でも楽しかったと思っているから、碧と比べて然程疲れてないんだと思う」
「私も結構楽しかったんだけどね?」
「それにしては暴言を吐かれた記憶がとても残っているわ。思い出しただけでも一緒にもう一度ジェットコースターに乗りたいもの」
「絶対嫌」
断固拒否。誰が隣だろうと碧はもう今日の高所を遠慮したそうに語気を強めて言った。基本何でも許容する碧の、本気の嫌悪だ。
それを見てまた新たな知識が増えたことに満足しつつ、俺たちは5人で向かった。途中碧だけ被り物をしていなかったことに気づいた。余裕はなく、ただライクマを握りしめていたことにどれだけの経験かを教えられた。
憩いの場では老若男女が居て、広いから空きスペースも多く残っていた。そこで適当な場所を見つけてテーブルを囲むようにして座る。隣に莉織と千隼が座った。
その後飲み物を買うことになって、動きたくないだろう4人を察して4人から飲み物の種類を聞いて購入。すぐに戻って全員分持ってきた。
俺はカフェオレ。莉織と碧は抹茶オレ。そして千隼がミルクティーで結がレモンティーだ。
「こうして休憩すると、遊びに来た感じがしていいな。それに落ち着く」
「お前もボッチだったもんな」
「そうだな。孤独だったからこそ分かる、この愉悦だ」
「共感するわ。貴方は私と同じ側出身だから」
共に孤独から始まった友人関係。そこにあるのは、その関係を始めた人か、初めてから参加した人かの違いだけ。それを除けば莉織と千隼のスタートラインは手を繋いでの同時スタート。友人を欲するが、自分の性格や立場的に不可能に近いから遠慮していた2人の共通点。分かり合える仲が居るのは心強いだろうな。
「共感するくせに、下僕には常に対応酷いよね。もっと優しく接してあげたら?」
「部外者は首を突っ込まないでくれるかしら?」
「初めての友人すらこの傲慢さ。私はあんたが大人になれるか心配だよ」
やれやれと、呆れたように両手で煽った。ジェットコースターの呪いは徐々に消えているようだ。
「どんぐりの背比べ」
その碧の隣で、結が全員に聞こえるように言った。
「私たちがどんぐりなら、あんたは米粒だよ」
「見た目の話ですか?今は精神年齢の話をしているのかと思っていたので米粒と言いましたが、すみません、分かりにくかったですね。碧さんが低脳ということを理解していなかった私が悪いです」
勿論謝る気なんて全くないので頭を避ける素振りすら見せない。口だけで目も合わせず淡々と言い放った。
「いつもこうなのか?と聞くのもそろそろ飽きただろうが聞かせてくれ。君たち4人はこれが普通なのか?」
本格的に関わり始めたのは今日だ。だからそれだけ気になる既存の関係は、今私が見ているこの状況が普通と見ていいんだなと。千隼の興味は純粋な瞳と共に聞いてきた。
「そうだ」
「なるほど。心の底から楽しむ嘘のない姿は、見ている私からしてもとても気持ちがいい。充実しているというのはこういうことなんだと今知ったよ」
「良かったな。これが幸せに見えるなら、お前はこれからもっと幸せになれるぞ」
「それは何よりだ」
慣れたら反撃が全方位から飛んでくる。この3人の団結力は凄まじく、阿吽の呼吸で徒党を組むことさえ容易に行う。敵の敵は味方。まさにその言葉通りに。
だから今後は千隼もその餌食になるのだろう。諍いを止めようと間に入れば、いい子ちゃんぶってると突然殴られる。そんな未来もとても見たいな。
「ふぅ……今日は来て良かった。最初誘われた時はどうなるかと思っていたが、主役の意味は全くないし、私を特別扱いなんてしてくれないし、各々好きなように楽しむしで、自由な関係なんだと分かって気楽だった」
「何終わった空気感出してるんですか?まだ早いですよ?」
時刻は15時半を過ぎていた。しかしまだ2つしか乗れていない俺たちは、休憩後に遊ぶ未来もあった。しかし気分が良くなった影響か、千隼は満足感すら見せるように落ち着いていた。
多分インドアタイプなんだろうな。
「そうだな。疲れたからもう終わりと思っていたが、全然遊べるんだった」
「まだアトラクションは沢山残ってますからね」
親友の会話は見ていて静謐を感じた。騒ぐ陽気な性格ではなく、2人共に穏やかな性格だからそうなのだろう。
「そういえば、千隼のその目は結にも隠してたんだな。幼馴染だし知ってるのかと思ってた」
幼馴染として存在感の強い2人を仲良いな程度の思いで見ているとふと気になった。俺に目の違和感を当てられて自分から教えるくらいの話を、幼馴染で信頼のある結にしていないとは思えなかったから。
でも隠していた。その理由が知れるなら知りたかった。
「それは私が小学生になる前にカラコンを付け始めたから知らないんだ」
「自分で付けたの?」
「いや、両親がイジメを心配して付けてくれたんだ。だから私からも言ってはいけないことだと思って秘密にしていた。隠すつもりはなかったが、いつの間にか慣れてしまってからは誰にも言ってなかったんだ」
ほんの少しだけ思い出したのか、申し訳なさそうに弱々しく言った。しかしそれを見て結は言う。
「私は別に何も気にしてませんよ。隠し事なんて何個も持っているのが人間ですし、何度も言うように完璧な人間は居ても私たちがそれになる必要もない。私は私らしく善も悪も含めて、本心から関われるだけで満足ですから」
美しく描かれる理想の人間。それこそ、聖人だったり創作物の登場人物だったり、憧れの存在だったり。
そんな人たちと私たちは別物だ、と。
完璧でもないし真っ白な善人でもない。だから隠し事だってするし、他人を傷つけることもある。人に対して悪いことを意図的にするかもしれない。暴言を言って暴力を振ることだってある。そんな存在でも、ただ嘘偽りなく今を関われればそれでいいんだということだ。
全くその通りだと俺も思う。
「どうせ何あっても離れないでしょ。今更あんたたちに不満言っても性格悪くて修正も無理だろうし」
「ふっ。貴方が1番無理そうね」
「はぁ?」
「これを宥めるのも面倒だもんな。こうなったら見届けて、俺たちが大人なんだと思う方が気楽だ」
「そうです。それに、今はもう千隼の目について私は知れたんですから、それを言える関係を築けているという今があるだけでも嬉しいですよ」
大切なのは、いかに無理をしないで自分を自分として関われるか。本当で接して楽しかったなら、それでいいんだ。
「それもそうかもしれないな」
納得したようで、微かな罪悪感は消えたように微笑んだ。これからも親友として過ごせる解呪の瞬間を捉えたような感覚に、こうしてこの世界での人との繋がりを観察できて心から良かったと思う。
それから俺たちは休憩を続けた。歓談しつつ、疲れも消えていったのはこの場が和やかで騒がしく好ましいから。
だから休憩を45分もしたのは勿体なくて、或る意味勿体なくなかった。千隼をバカにする人は結局居なくて、幸せを感じる時間だけが過ぎていく。俺にとってもいい経験で、心が揺れ動く感動に出会い続けた時間でもあった。
休憩を終えてテーマパークを歩き続け、行けるだけのアトラクションを爽快エリアの中で絞って行った。その中で俺と莉織の関係も深まりながら、友人たちとも心の距離を近づけて、気づけば時間は18時を知らせようとしていた。




