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手を握れるなら




 「戻ってきたよ。皆さんお疲れだし、やっぱりそんなに怖いのかな」


 周回して戻ってきたジェットコースターに乗る人たちの顔は疲労を見せていた。朝から来ている人だからという理由もあったとして、それでも急激に疲れたように見えるのは、前に並んでいた時より顔色が悪かったからだ。


 「楽しいから叫び過ぎて疲れたのよ。私たちの未来でもあるわ」


 「可能ならその疲れ方をしたい。叫び疲れを経験して恐怖なんて飛んでいってくれたら満足だ」


 「そんな緩いジェットコースターがあると思いますか?怖い思いして満足してください」


 「君にもっと優しさがあれば、私も今頃は君を可愛いと思えていたのに」


 俺と同じ考えなのは、少なくとも千隼が俺と同じ不憫に扱われる側だからだろうか。結と出会った頃、可愛さに癒されたと思ったらまさかの魔女だったと知った時はどんなことを思ったのか気になる。


 ジェットコースターから客が降りて、次の客として俺たちが乗ることに。係員に従って乗り込み、持ち物がないかの確認も丁寧にされた。奇跡的に順番は先程決めていた3人と2人になったが、ジェットコースターの最後列に4人は乗れないので、1人余った女子集団の1人が莉織と碧の列に来た。


 「すみません、お邪魔します」


 「いえいえ。叫ぶと思うので耳気をつけてください」


 「分かりました。ジェットコースター苦手なんですか?」


 「高い所が苦手なんです」


 「そうなんですね。私もです」


 「あぁ、仲間居て嬉しいです」


 安堵の声が聞こえた。


 「変態じゃなくて助かったようですね」


 後ろを見て、碧が自慢のコミュニケーション能力の高さを見せながら、同じ学生のような女子と一気に距離を詰めていることに安心していた。相手もそれなりに陽キャの分類のようで、打ち解けているのは慣れているようだった。


 「それでも同じ怖がりが隣に居ると、叫び声で更に怖くなったりするんじゃないか?」


 「どうなのかお前で試そうかな。ちょっと興味湧いたから」


 「君はよく悪魔とか人でなしと言われないか?」


 悪魔はないが、人でなしとは何度も言われた。そして謎の異名は人の数だけ増えていって、最終的に悪い意味でも良い意味でも落ち着いた異名があったのを思い出した。


 「いや、最優の騎士ってよく言われてたな」


 「まだ始まっていないのに既に頭のネジが外れてますよ?」


 「いつものことだから気にするな」


 「でも、不思議とホントに言われていたように感じる。ただの感覚の話だが」


 「そんなわけあるか」


 「そうか?まぁ気にしないでくれ」


 何故千隼はこうも俺の心を読み解くのか理解不能だ。卓越した洞察力があったとしても、不安や緊張の感情が縦横無尽に駆け巡る今、冷静に俺の声や表情から見抜くなんて不可能に近い。


 何かしらの根拠があるようで、でも千隼は本当に勘で言っているようなのが不思議を極めていた。


 俺の言葉の抑揚を感じ取ったのか?どんな育ち方したんだろうか……早乙女千隼。


 そんなことを疑問として思っていたら、それぞれ準備万端になったようで、安全確認も終わって後はスタートするだけだった。だから係員が距離を取りつつ言う。


 「それでは出発の準備が整いましたのでいきたいと思います。爽快な空の旅へ。3、2、1、いってらっしゃーい!」


 その瞬間、ガタンと揺れると動き出す。最初は上昇し、その後急降下だ。


 「これでもうどれだけ叫んでも戻れなくなったな……」


 「まだ怖いのか?」


 「私の胸に耳を当てると、途轍もない鼓動を体感できると思う」


 「無理だから確認はできないけど、そう言うならそうなんだろうな」


 確認しようにも、首は曲がっても千隼の胸に体を近づけさせることは不可能だ。ガチガチに固定されているので、それを抜け出さないと今の千隼の鼓動はないのと同じだ。


 「ならもっと大きくしましょう。千隼、左手を借ります。七生くんは右手を借りてください」


 「了解」


 「ん?何をするつもりだ?私は君たちの手より私を固定しているこのレバーを握りたいんだが?」


 しかし否応なく既に両手は掴まれている。


 「でも、力を込めて握るよりも両手を挙げたりしてる方が怖くないと聞きます。だからこれは手助けですよ」


 見た感じだと両手を挙げてレバーにだけ守られる乗り方がスリルを味わっているように見えるが、実際は感覚云々の影響で力を込めて握っている方が恐怖は増すのだとか。だから結はレバーを握らせなかった。俺と一緒に両手を挙げさせるために。


 しかし、高所恐怖症の千隼にとってはそんなことは関係ない。手を挙げても挙げなくても怖さは常にあるから、確実に安全なレバーを持って安全確保するか、両端の悪辣大好きな2人に任せて安全確保するかでは、天と地の差があって答えは明白だ。


 「今日は主役の絶叫聞いてないしな。クールの裏の顔見せてくれ」


 「……では1つ約束だ。絶対に途中で離さないよう私は私の限界を超えて君たちの手のひらを握る。痛くても離さないから理解してくれ」


 「分かりました」


 「千隼と手を握れるんだ。俺から離すなんてバカなことはしないさ」


 男子は皆、千隼と手を握りたいと思う生き物だ。例外は居ない。完璧な千隼に対して嬉しいと思わない女子も居ないと思っているから、その分今触れていることが優越感に浸るのと同義だった。


 「信じる」


 「もうすぐだな」


 徐々に上へ上へと。そして同時に下へと急降下の未来が近づく。


 「今どこ?」


 「もう急降下したわよ」


 「嘘つけ!」


 目を閉じているんだろう。碧の声の震えはジップラインより少なくて、ジェットコースターに乗れる人の震えではなかった。

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