ジップライン
結局どの道を歩こうと、俺と千隼の意見が通ることはない。多数決はそれだけ意味を持つし、何より企画した莉織が言うんだから従わない選択肢は元々ない。
正直どこでもいいと思う俺からすると、別にこのことでわーわー騒ぐことはないので、今回は無難に従うとする。誰かに従って行動することが、俺にとっての生き方でもあるしな。
そういうことで向かった自由エリア。
見た目は高原のように平たい草木に埋め尽くされた地面が広がっていて、その上にアスレチックが設備されている。落ちたら全身濡れるコースや、テレビでも観たことがある時間制限のコース。草スキーもできて、外で遊ぶことに適したエリアになっている。
だから子供が多く、子連れの家族も必然的に多く見える。外で遊ぶ活発な時期には丁度いいのだろう。
「ここは自然をイメージして造ったのかな?他2つと比べて現実を感じるよね」
先程の店で手のひらサイズのライクマを購入してから持ち続けては、触って夢中の碧が言った。
「そうらしい。子連れをターゲットにしていると聞いたことがある」
「それでも、減りはしますが、爽快エリアに比べて若い人たちも多いですね」
「子連れじゃないと楽しめないという限定ではないから、私たちのように初めてテーマパークに来る人はここに来るのよ。それに、コンセプトがあっても、それを理解してこのエリアに来る人もそう多くはないと思うわ」
ただ人気だから来た。面白そうだから来た。誘われて仕方なく来た。そんな人たちも中には存在する。だからわざわざこのエリアはこういうことだからと、エリアの造られた理由を細かく調べる人はそんなに居ない。
特に学生とかまだ若い人たちはその思いが強そうだ。
「最初何する?」
「残念なことに、私の足だとアスレチックとかは無理。それにライクマにも興味はないから、私の中では1つ行きたいとこがあるくらいよ」
「こんなに可愛いのに」
お気に入りを粗雑に扱われたようで悲しそうだが、それよりもやはり足が悪いことで制限されることの方を気にした様子。いつもの様に鋭く否定をしなかった。アスレチックは最初から最後まで足を使うから、その点、既に莉織には不向きのアトラクションだ。
「その行きたいとこってどこですか?」
「あれよ」
「遠っ」
指さす先、見えるのは傾斜の頂点。そして大きな家のような施設。しかしそれを見て分かるのは、その家の先端からロープが下に向けて続いており、たった今人がそのロープに垂らされた器具に乗ってスリルを楽しんでいること。
命綱はあるだろうし、落ちても大丈夫なように地面は超低反発のクッションになっているアトラクション。
ジップラインだ。
「はい無理。地面との距離15mは離れてるじゃん。私は5mでも怖い高所恐怖症なんだけど」
「奇遇だな。私もだ」
「全然そんなことなさそうな2人だけどな」
碧と千隼。共にイメージとしては高いとこが好きそうなんだが。ちなみに俺は隆起した王城に住み、よく下を眺めていたので高いとこは大好きだ。
「そんなこと言ってたら、ジェットコースターも乗れませんよ?私は乗りたいです」
「そうよ。落ちても死なないし、大丈夫よ」
「いいよね、タワマン育ちは。こんなことにも怯えないんだから」
「羨ましい限りだ」
タワマンだから高いとこが慣れるという方程式は、1階が存在する構造上成り立たないが、音川家の財力を考えての発言なら成り立つ。実際高いし。
莉織と結は所謂タワマン育ち。しかし碧と千隼は一軒家育ち。そこにあるのは高低差だけで、裕福と貧乏という差は一切ない。だからこればかりは、生まれ育った場所で左右するだけだ。碧と千早はドンマイだな。
それにしても、金持ちトークがこれだけ普通に起こるのも結構面白いな。
誰か1人だけが金持ちなら、この関係は生まれなかった。全員が全員裕福で、しかし最高とは言えない人生を過ごして来たから成立する関係。運命には感謝だ。
「それで?高所恐怖症たちは乗るのか?乗らないのか?」
「草スキーでもいいと思うけどね」
「無理です。ジップラインがいいです」
「それは君がただ私たちの怖がるとこを見たいからだろう?」
「当たり前です」
「貴方たちに勝ち目はないわよ」
残酷な絵面だ。ここに来る時は千隼と俺を否定した碧も、今は後悔しているだろう。どれだけ苦手なのかは分からないが、しかしこのテーマパークに来たということは少なからず恐怖することは理解して来たということ。そういうことで受け入れてもらうとする。
「……仕方ないね」
「そうだな。吹っ切れるしかなさそうだ」
「今日の主役なのに何も言うこと聞いてもらえてないよな」
「ホントにその通りだ」
馴染んでいるから忘れがちだ。今日は結を除いて千隼と各々仲を深めるために集まったのに、気づけば各々が楽しむことに変わっている。千隼なんて付き添いの雰囲気出しても似合うくらい主役の面影もない。
「行くわよ」
「あそこにはロープウェイですか?」
「そうよ。流石にあんな遠くに歩きは疲れるわ」
距離にして400m程度。その距離の坂を歩きたいと思う人ではない。
「なら行きましょう」
「すぐそこだけどな」
「ホントに行くのか……」
「高所恐怖症にも乗れるジップラインとかないのかな」
「あるわよ。ここにはないけれど」
「だったら意味ないよ」
日本には四季が存在する。だからその四季の景色を堪能するためにジップラインがあるらしい。特に春と秋が人気のようで、その時の地面は5mもないくらいだ。
そういうことで、俺たちは仲良くロープウェイ乗り場に向かった。




