被り物
「入って分かる広さ。これは人混みだけで疲れるよ」
「そうですね。もしこの場に碧さんと2人で来ていたら数秒で倒れます」
「え?あんたたち今日は私に喧嘩売る日?」
「人気者羨ましいな」
「後は私が売るだけか。考えておこう」
「ノルマじゃないからね?」
日頃の行いとして粛清されてくれれば御の字だ。
それにしても広くて騒がしい。そして人が多い。音楽は鳴り響くし声は交差するし、アトラクションの音もそれなりに聞こえる。悲鳴は左から聞こえて、興奮の叫びは真ん中。右からは落ち着いて楽しそうな笑い声が聞こえる感じだ。
時々奇声も聞こえるのが人の多さを感じさせる。
「最初どこ行くの?」
「何か被り物でも買って、この場の雰囲気に馴染んでアトラクションに乗りたいから、そういった物が売ってあるお店へ向かうわ」
「被り物か。私に似合うだろうか」
「お前は何被っても似合うと思うぞ」
「ふふっ。ありがとう」
クールで一匹狼のイメージが強く、実際そういう性格にも思えるし、はしゃいだりする性格ではないんだろうが、でも華奢な笑顔は可愛い。この笑顔を何度も見せるのが千隼と自分でも言っていたので、これからの楽しみは増える一方だ。
可愛いも兼ね備えたクール美人。で、ハイスペックか。どうなってるんだよこの世界。
「近くにありそうですね。なかったとしても見て回るのも楽しそうで良いですし」
地図を見ながら結が言った。すると碧は言う。
「あんたは何も買いに行かなくていいでしょ?」
「何故ですか?」
「あんたもう被り物してるじゃん。猫被り」
「ふっ」
自慢げに過去の失敗を記憶喪失して言った。しかも堂々と。その後に千隼は理解して1人てクスッと笑った。しかしそれは今隣の俺にしか聞こえなかった。
「行きましょう。昼食中の今の時間が最も空いていると思うますから」
「そうね。不審者も居るようだから早くここから去りましょう」
「えぇー、結構面白いと思ったのに!」
その嘆きすら無視して歩き出す。目的地までそう遠くない。すると碧は不満と安心の目を向けて俺を見ると、近づいて腕を掴んだ。
「ねぇ、七生は面白かったと思うよね?」
「……そうだな。面白かった面白かった」
「ホントに?」
「私も面白かったと思う。反応には困るが」
嘘をついてもつかなくても面倒が始まると思って覚悟を決めた俺に、千隼は助け舟を出してくれた。いや、出したつもりなんてないだろうが、偶然の優しさには救われた。
でも千隼もボケるんだよな。反応困るとか分かってたのか。
「ホント?!やっぱり千隼大好き」
千隼に抱きついて、相変わらず外でもボディタッチの多い接触を変えない。
「これからはバケモノ駆除を千隼に任せるわ」
「そうですね」
「それなら時々お前たち2人も駆除される側になるぞ」
「あら、何か変なことを言っている奴隷が居るわ。あれこそ駆除すべきよ。いや、やっぱり私が飼って躾てもいいわね」
「ふふっ。何を根拠に駆除されると言うのか全く分かりませんね」
「都合のいい女王共め」
莉織はまだボケてないが、それなのに謎にスイッチが入る。ただ俺を自由に扱いたいだけなのが痛いくらい分かる。そして結は記憶喪失らしい。でも覚えているような笑顔の奥の真っ黒な部分は、ボケた記憶を持っているようでもあった。
「ほら、そんなこと言ってると到着よ」
「早いね。もっと千隼とラブラブしたかったのに」
「店の中でしたらダメな理由はないぞ」
「ならいいか」
「大変だな、千隼も」
「歩きにくいだけで困ることは何もない。好かれることは嬉しいからな」
なんて清らかな性格なのか。結を見た時の神聖な感じが、今こうして千隼に引き継がれている。純粋っていいな。心底そう思う俺が居た。
日頃扱いが酷いからだろうな。
「わぁ、可愛いのがいっぱいあるね」
入店してすぐ目の前に広がる被り物やぬいぐるみなど。
碧は性格に似合って可愛いものが好きらしいので、こういう場所には興味が湧いてそそられるのも普通だった。
「あっ、可愛い!何だっけ?自由エリアのマスコットだ!」
「私の天敵ライクマよ」
子供を見守る親のように、的確にその被り物のモチーフとなったキャラクターを答えた。
自由エリアで好きなことをする。好きなこと。好き。like。ライクマ。安直だがクマに落ち着く時点で可愛くなるので、正直どんな組み合わせだって可愛く思えてしまう方程式だ。
天敵と言ったのは、ライクマはカミナリとクマを合わせたキャラクターだからだ。
ちなみに爽快エリアはジェットコースターや観覧車、急降下を楽しめるアトラクションが体をふわっとさせるので、ふわっきーという風船のキャラクター。恐怖エリアは恐怖から魂が抜け、それが具現化したということで、ソウルックという魂のキャラクター。
他にもアトラクションごとに様々なキャラクターが存在するが、この3つがそれぞれを代表するキャラクターだ。
「私はこの中だとこの子が可愛いと思う」
「それはふわっきーよ。私と同じね」
「私はこの子ですね」
「それはソウルックよ」
「俺と同じだな」
「えぇ?あんたたち見る目ないでしょ!このフォルムと顔と色合い見て!こんなに可愛いのに!」
唯一誰とも被らなかった碧。しかし、僅差でソウルックが可愛く思えただけで、碧が激推しすると心変わりしそうなくらいだ。微々たる差でソウルックに軍配が上がる。
「私はこういう幸せそうで何を考えているか分からない惚けた顔をした子が好きだから、分からないな」
「同感よ」
「私は絶対弱いのにオラついている感じの子が好きなので」
「同感だ」
何となくそうだと分かっていたが、結の選んだ理由が、威張っているのを上から見下ろすような、そんな上から目線で可愛いと思っていたことに流石だと思いたい。
「はぁ……シンプルな可愛さがいいのに」
悲しむ碧だが、心の中では俺もそう思うと伝えて慰めるとする。




