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楽しみます




 家を出てから電車に乗り、体を揺られること1時間弱。俺たちは5人で目的地のテーマパークへと到着した。時刻は12時前で、学生の大型連休が最近終わったにしてはまだまだ多い若人の姿が目に映る。


 これで減ったと言うのなら、流石の人気を誇るテーマパークだ。今年で開業10周年だそうで、比較的新しいテーマパークだからというのも理由だろう。アトラクションも豊富で、ホテルや商業施設も高評価される程に充実しているようなので、その点楽しめないとか不安はない。


 ちなみに千隼は既に黒のカラーコンタクトをしているので、綺麗な両目は一旦見れない。


 「へぇー、ここがフリーダムランド?」


 「地図が間違いでなければそうよ」


 「誰も来たことないのか?」


 「私はありませんね」


 「私は一度だけ。開業した年に連れて来てもらった記憶がある。だがそれだけで、何かに乗った覚えはないが」


 「なら全員初めての感覚ってことか」


 入口から見て右側の少し山のように盛られた場所が【自由】で、真ん中の圧倒的アトラクション数を誇る場所が【爽快】だ。そして雰囲気から暗く、黒寄りの色彩で埋められてそこだけ次元が違うかのような左側が【恐怖】をテーマにした娯楽施設だそう。


 電車に乗っている時に調べたが、テレビでも何度も紹介される人気と、アトラクションの多さは貸切でなければ1日では絶対に足りないという。だったらカリギュラ効果で1日で制覇してやると意気込みたくなるが、流石に目で見て分かる大きさは無理だと思った。


 それにしても全員が初めて感覚なのは僥倖だ。初めての気持ちを全員が味わえる新鮮な時。幼い頃から様々な経験を経て今を生きる4人が同じことを共有できる。それらは関係値を深めるに最適だ。


 まぁ、もうそんな必要ないくらいに仲良しなんだけど。千隼に関しては何でこんなに馴染んでるのか分からないくらいだ。


 「大きいね。これ全部乗るのにどれだけかかるんだろう」


 「平均待ち時間から移動も合わせて計算して、営業時間全てをアトラクションで遊ぶ時間に限定したら、確か4日は必要だと記憶している。それが今から10年前の話だ」


 「それくらいは必要ですよね。入口からこんなに広いテーマパークを見せられてはそう思います」


 「いいじゃない。どうせ今日限りではないんだから、またいつか来て残りを遊び尽くしましょう」


 テーマパークはアトラクションに乗って遊ぶだけが使い方ではない。お土産を買ったりテーマパークでしか買えない特別を買ったり、写真を撮ったりご飯を食べたり。それはもう好奇心に駆られてすることは湧き出てくる。


 だからアトラクションだけで4日だとして、俺たちが俺たちらしく普通に遊ぶなら、多分10日は余裕で必要になる。それを良かったと思えるのは、足が悪いことを気にしなくなった証拠でもある。莉織も変わって、いつからか足のことで懊悩することもなくなり始めているようで何よりだ。


 「それじゃ行くわよ。チケットは既に4人分あるから」


 「待て。お前、誰省いたんだよ」


 「入る時に気づくんじゃないかしら?今チケットを持ってない人が省かれたって」


 歩き出して4人からチケットを見せられる。


 「入る前に気づいた俺は賢いって思っていいのか?」


 多分莉織の部屋で渡されたのだろう。俺が私服に着替えに出た時にでも。


 「冗談よ。ほら、貴方の分も用意しているわ」


 俺をイジるのが好きなようで、自分のチケットと重ねていた俺の分を渡してくれた。


 「だよな。信じてたぞ」


 「当たり前よ」


 「ちなみにいくらしたんだ?」


 「7500円よ」


 1日遊び放題のチケットにしては高いのか安いのか分からないが、営業時間を全て遊ぶ時間にすると、自然と安いと思える。


 「莉織の奢りだってさ。ありがたく頂戴するよ」


 単純な掛け算で合計37500円となるが、日頃のお礼ということなら安いと思っていそうだ。逆に碧たちは高いと思ってそうだし、なんならお礼なんて必要ないとも思ってそうだが。


 とはいえ、莉織にとっての37500円は普通に高いという価値観なのは知っている。コンビニで400円のケーキを買う時も、スーパーで300円のアイスを買う時も、総じて高いわねと本心から言っていたから。


 だからそんな高価な支払いをしてでも来たかったのは、即ちどういう意味かは簡単に分かる。


 「お前に優しさってのがあったんだな」


 「優しい以外に何があるのよ」


 「凶暴、自己中、理不尽」


 「アトラクション乗る前に殺されますよ?」


 「莉織も恐怖のアトラクションだろ?」


 「ふふっ。そんなに莉織は日頃から怖いのか?」


 こう見えて結構笑う人。その通りだと思った。いつもの3人は、言い合いの喧嘩を見ても、普通に家で遊んだりする時も笑ったりすることは少ない。それは3人共に笑うということに不慣れだからだ。


 視線、接触などで日々のストレスがある中、いつしか普通に声を出して笑うことが少なくなった人たち。そんな人たちの中に、新しく入った1人が、過去のこと関係なく普通に笑う子だったら、こうもこの雰囲気が色鮮やかに見えるんだと今知った。


 千隼の万能笑顔だ。


 「自由が許されないからな」


 「おめでとう、七生。主の心を傷つけた貴方を今日から奴隷に昇格させるわ」


 「ほらな?」


 昇格という言葉が全てを物語っているように、俺には謀反なんて起こせはしない。忠実なる下僕としていかに怒らせないよう立ち回れるかが生き残る鍵だ。


 まるで脱出ゲームだな。


 「入る前に盛り上がって喧嘩して大丈夫?子供のお世話をする暇なんてないからね?」


 「お前に言われたくない」


 「はぁ?何?喧嘩する?」


 「2秒前の自分を鏡で映して見せてあげたいですね」


 「いいな。私もこんなバカになりたい」


 「えっ、七生の次はあんたが喧嘩売ってんの?」


 「あぁ、違う違う!そういうことではないんだ。ただ、見ていて美味しそうなものは食べたくなるように、見ていて楽しそうな関係に私も憧憬を抱くんだ。だからそういう意味で、バカになりたいと言ったんだ」


 即刻訂正するが、ここで千隼は純粋なんだと分かった。多分千隼は、今の碧がバカを演じているように見えたのだろう。しかし残念ながら碧に演じるということは不可能なので、本性から千隼にとってのバカになっている。


 俺に対してだけは短絡的な思考になって噛み付く。反射的になったそれが、千隼の憧れになるとは。とても面白い皮肉に聞こえる。


 「……まぁ、そういうことなら?いつか千隼もバカになれると思うよ」


 流したな。


 「千隼は学力テストでも私たちに勝てなかったんだから、実際バカよ」


 「お前はどこにでも殴りかかるよな」


 「なんだと。私は確かに空気が読めないバカだと思うが、折角殴られたんだ。反撃しようじゃないか」


 どこか嬉しそうにこのシチュエーションを歓迎した。やっぱり変人である。


 「莉織さん、多分負けますよ?」


 「何が?」


 「千隼は小学生のテストで一度として満点以外を取ったことがないんです。中学は学校が違ったので分かりませんが、高校に入って1年生の頃に勉強しなくても高順位いけるからと言っていて、テスト期間に一切勉強せずに今回の期末テストで14位でしたから」


 「……死んだわね、私」


 「そこは私のことを隠して、次の中間テストであっと言わせる流れだっただろ?」


 「すみません」


 碧の見立てで20位以内と言っていたが、ノー勉でしかも14位は意味が分からない。しかも小学生の頃に99以下を見たことがない?それが1番意味不明だ。機械の話を聞いているなら分かるが、相手は1人の人間だ。


 才色兼備のハードルが高過ぎるだろ。


 「自分では、勉強したらどうなると思ってるんだ?」


 「多分900点満点だ」


 「次のテストで私は3位に下がるのか……上には上がいるもんだね。ってかハイスペック過ぎるでしょ。運動だって勝てないのに、スタイルも顔も。あれ?天は二物を与えずって何?」


 「今日1番の恐怖アトラクションを乗り終えた気分よ。乗る前から分かるわ。今聞いた人間離れの話が1番確定だもの」


 「その分人間関係は君たちと会うまで、結を除いて絶望的だとしたら釣り合いは取れると思うが」


 過去はまだ知らないが、釣り合いがどれだけで取れるか大まかに分かっている千隼が言うんだ。きっとそれなりに忌避を経験して来たのだということは理解した。


 「皆さんが千隼のスペックに驚くのを見ると、そんな人と最初の友達になれたことが誇らしいですよ」


 「だろうな」


 「嬉しいことを言ってくれる。ありがとう」


 しっかり感謝も伝えるいい子。ギャップがあって、でも裏表のない純粋な子だ。癒し枠に認定だな。


 「入る前から驚かされたけど、一旦忘れよ。これからもっと物理的に驚くんだから」


 「そうね。優劣より、楽しむことだけを考えましょう」


 「よし、なら私が今日主役ということだから1番楽しむ!」


 「いえ、私が1番楽しみます」


 全員がこれからを楽しみにしている。その光景だけで来て良かったと満足しそうだが、今はまだ容量を増やして良かったと思えるように準備する。


 そして俺たちは騒がしくも俺たちらしくテーマパークへ入った。

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