日頃の不満
この関係も深くなる一方で、この先も崩れる未来は見えないくらい堅牢なものだ。例えそこに恋愛感情という最大の軋轢の根源が生まれたとしても、俺たちは変わらないと思う。
莉織の俺に対する独占欲も最近は薄れているし、当初抱いていた碧の俺への本気の不満ももう冗談や慣れで消化。結は元々好感を持って接していて、千隼も人の環境を理解する洞察力と観察力から、場を乱してしまうこともない。
それぞれのマイナスが、恋愛感情によって破壊されるようなことはないよう整えられた関係。だからあってもなくても、そこは正直どうだっていい。
ただ、その恋愛感情が俺が誰かに対して抱いたものなら、話は変わってくるだろう。その時はその時だ。今は莉織が飛び抜けているだけで、そこに小さな特別視する感情がある程度で、他の3人を特別視するような特別は何もない。
「ほら、次は私の番よ。いい加減貴方も離れなさい」
「千隼と仲良くするからって私と莉織が千隼の隣に座ったのに、結局あんたは七生が居ないとダメじゃん。まぁ、堪能したしまた次使えればいいけど」
「使うって言うな」
流石にもう拘束はしない。不思議と胸を触ったり頬に触れられたり、碧を拘束したりで疲れを感じていた。まだ朝の10時過ぎなのに、寝起きでこんなに疲れたのは人生初だ。
そうして俺の隣が莉織になる……ことはなく、以前ホラー映画を観た時のように膝の上に乗って、両膝を無理に開けてその間にスポッと入った。だから隣は碧のままだ。
「これよこれ、落ち着くわ」
「そんなに落ち着くんですか?」
「七生のこと好きな気持ちあれば落ち着けると思うよ」
「なら全員そうですね」
「私も落ち着けるのか?」
「多分いけるでしょ。七生ってこの世界のバグだから」
「そんなにお前の中で普通の男子の評価低いのかよ」
バグなのはあながち間違いではないので否定しない。
それより男子の評価が低いことが気になる。下心丸出しが苦手だろうということは既に知っている。だからこの前のお泊まり会で下心丸出しの変態になったんだから。
だが、それが影響したのが、俺に近づいても平気な理由なのかもしれないとも同時に思っていた。
同級生やクラスメイトを一方的によく思わず嫌悪していたから、自分に合った男子の理想が高くなって誰とも反りが合わなくなった。しかしその結果俺が現れてそのリミッターが外れた。そうして今、男子に対して触れるという普通ではない行為を普通と思うようになった。十分有り得る話だ。
「私も印象はそんなに良くないな。酷い時は遠くからの盗撮もあるし、無理に関わろうと私の筆箱とかを盗んで無くしたことにして、その後自分が見つけたようにして関わろうとする人も居たくらいだ」
「そんなことするの?気持ち悪っ……」
「少なくないですよ?私も盗撮は1日2回される日もありましたから、千隼に限った話ではありません。何度も死ねと思いながら会話する相手も居ますから」
「怜快学院は清く正しく美しい学校だと思っていたけれど、そんなゴミが跳梁跋扈しているなんて終わりね」
「……闇が深いなぁ」
きっと関わる人は、この4人を清楚だとか可憐だとか完璧とかという単語で評価するのだろう。それだけ上手い演技をしているのも天晴れだが、そう演技させる相手も逆の意味で天晴れだ。
この4人をこんなにも裏で気持ち悪がらせ、嫌悪させ、イラつかせるんだ。相当な手練が学校の中に居て犯罪者予備軍として待機しているんだろうな。怖い怖い。
「おっと、ついつい日頃の鬱憤が出ちゃった」
「いいのよ。私たちは理想の人間じゃなければ神でもない。こうして人への不満を口にしても何も罪はないわ」
どの世界でも、相手に面と向かって悪口を言ったり、ネットに書き込まなければ、どれだけ相手を嫌って悪口を言ってもいいと思う。匿名で名前を出さないで言うことがストレス解消になるなら。
他人を優先する4人の性格でも、他人を優先する思考を持った自分を何より大切にしなければならない。時にはこうして匿名で誰かを思い出しながら不満を言ったって良いだろう。
「でも、今の貴方は罪を犯しているわよ?」
そう言って俺を見た。
「何?」
「何故碧には自分から触れに行ったのに、私には何もしてくれないの?そろそろ抱きしめたり何かしなさいよ」
「背もたれの誘惑に負けてたんだよ。お前もそうするか?」
「勿論」
莉織の腹部に腕を入れて、抱きしめるように掴むと背もたれに背中を預けた。一緒に怠惰な姿勢へと変化したのだ。莉織は軽いので重くなくていい。
「まるで恋人のようだな。これもいつも通りなのか?」
「そうだけど、私の時はそう思わなかったの?」
「碧の時は仲のいい友達のように見えたんだ。どこか親友がじゃれ合うように。でも莉織はもう熟年夫婦のような阿吽の呼吸が恋人のように見えた。そこの違いだな」
「よく分かってるじゃない。大好きよ、千隼」
「ありがとう」
「なんか負けた気がして悔しいけど、別にそうだよなって思って納得する私も居るよ」
「私は多分妹と思われそうですね」
「見ないと分からないが、多分そうだろうな」
誰も気づかないで俺だけが気づいたのか、しれっと千隼が莉織と碧を名前で呼んでることに誰も何も言わなかった。自然体過ぎたのか、それとも別の魅力に惹かれて話の内容に引っ張られたからか。
こうしていつの間にか近づくのが、相性のいい関係なんだろうか。
「ところで、この後何するんだ?まだ昼前で、これからずっと駄弁ってのもいいけど、何か理由あってこの時間なんじゃないのか?」
「一応この後テーマパークに行こうかと思っているわ」
「うん、何でそれを早く言ってくれないのか不思議なんだよな」
「大丈夫だ、七生くん。私も今初めて聞いたから」
「主役もかよ」
俺も当然のように名前呼び。だがそれよりも計画を立てた側の問題が大き過ぎて聞こうにも聞けなかった。
「いいじゃない。どうせ今日も全員でこの部屋に泊まるんだから」
「そうか。私はそれも初めて聞いたぞ」
「クソ運営だな」
「だってそれ聞いて千隼が断ったら嫌じゃん?もう強制しかなかったんだよ」
「別に言ってくれたら用意して、泊まる気遊ぶ気満々で来ていたのに」
「一匹狼ってのが気になったからよ。結も最近そんなに関わらないから分からないって言うし」
「すみません。一応の保険です」
結とは深い関係でも、最近はクラスが変わってそんなに関わることは減ったのか。結は友人との関係に噂程度で離れたりしないが、一匹狼ということを信じてしまうくらいの態度で千隼が周囲に辟易していたのなら無理もない。
「どうするんだ?着替えとかないだろ?」
「ああ。手持ち無沙汰だ」
「それは外に出た時、帰りにでも買えばいいし、私の服もあるから問題ないわ」
たった2cm差。サイズは同じだろう。胸とかの関係も、見た感じ大丈夫そうだ。
「ならそれに甘えさせてもらうとする」
「結局行く流れに帰結するんだもんな。やっぱりお前たちは凄いよ」
「褒めてられても嬉しくないわ」
「褒めてねーよ」
ポジティブなのはいいこと。ポジティブになれと言ったのは俺だし、この陽気な莉織も好きだから良しとするか。
ということで、俺という存在が本当に必要なのか曖昧ながらも、5人でこのタイミングで初のお出かけということになった。楽しみ半分不安半分。思いつきじゃないだけまだ良かったと思うとする。




