いつものこと
「ここでもまた、七生くんのおかげで関係が築かれたということですね。流石です」
「偶然早乙女が俺に抱きついてくれたおかげだ。何もしてない」
「少々盛ってるけど、あの時早乙女さんが七生に触れなかったらこうはなってなかったかもしれない。だから七生の言う通り、七生は何もしてない無能だよ」
「お前、この部屋の中では全員治外法権適用ってこと忘れんなよ?しかも真横だからな?」
俺よりも無能で生意気を言う碧の首に右腕を乗せて、既に逃げられないよう力を込めた。いつでも暴力を振るえる状態だ。
「いやー、冗談ですよ冗談。仲良くしましょうよ。ね?」
「次攻撃したら速攻で反撃できるように拘束するからな」
「ヴァーカ!クズ野郎!!ゴミ箱入ってろ!!!」
「はい、赦さん」
信じられないくらいの暴言が飛んできたので、一瞬聞き間違いか疑おうと俺の脳は時間を止めた。しかし違うと理解して元に戻ると、すぐさま碧の首に右腕を巻き付けて、バックハグするよう完全に身体を固定した。
しかしそれを望んでいたように暴言を言った碧は言う。
「実は最近、七生に触れられると落ち着くってことを知ったんだよね。ホントかどうか確かめたいから今こうして拘束してもらったけど、案外悪くないよ。人肌って良いよねぇー」
「そうやってずっと寝てろ」
「私も最近思うことがあるの。結はともかく、碧はもう殺しても良いんじゃないかって。そろそろ実行しようかしら」
「断捨離の時期にしては早いですよ?」
「……これがいつものことなのか?」
早乙女は初見だから、俺たちのこの異常な距離感に驚かずにはいられなかった。普通の関係、男子同士女子同士でもこういった触れ合いは少ないというのに、男女で距離感を凌駕した関係に見えるのはあまりにも普通に見えないから。
「これが普通ですよ。千隼も慣れるとこうなるので時間の問題です」
「……だといいが」
「えっ、結って早乙女さんのこと千隼って呼んでるの?」
「はい。出会った頃、千隼のことは千隼が苗字だと思っていたので、千隼のことは最初から千隼と呼んでました。なので関わりが薄かった最近も、変わらず千隼と呼んでます」
「そうなんだ。なら私も千隼って呼んでいい?」
「好きに呼んでくれて構わない。私は千隼と言う名前も、早乙女という苗字も共に好きだからな」
何と呼ぶのか気になっていたら、あっさり聞けた千隼呼び。幼馴染として近い感じで名前を呼ぶと思っていたが、結の丁寧語に加えて名前を敬称なしで呼ぶ組み合わせは、結構俺の中で好きだ。
だから個人的に聞けてよかったと思った。
「いぇーい。それじゃ千隼って呼ぶー」
「私は仲良くなったら、いつの間にか千隼と呼ぶことにするわ」
「どうせ呼ぶことになるからもう千隼って呼ぼうかな。千隼って名前は響きが好きだし」
「嬉しいな。こうやって名前と目を褒められるのは」
微笑むとそれだけでその日を全力で生きようと思える魔法のようだ。一匹狼として噂され、笑うことも少なく感情を表に出すことがそんなにないと言われていた千隼。しかし、それはただ友人が居なくて心が寂しかっただけで、こうして関わって仲良くなれれば、何度だってこの嫣然を見ることは叶う。
しかしまぁ、見てしまったら他の人に見せたくないと思ってしまうのもまた、千隼パワーだな。
「可愛いねぇ。普段クールなのにそうやって不意に笑うと、人気があるのも頷けるよ」
「人気は不要だが、どうしてもそう見えるんだろうな。だから普段学校では笑うことはそんなにしないよう気をつけている。私はこう見えて結構笑いのツボが浅いから」
「私たちにない個性ね。大歓迎よ、千隼」
「もう名前かよ」
もっと期間があると思えば、それを裏切るかのように名前呼び。元々決めていたんだろう。ふざける莉織は最近よく見るようになったな。
「それにしても、こうやって馴染めるのも千隼の適応力の高さが伺えますね」
「私はここに呼ばれたから来ただけだ。居心地が良いのはそうだが、その雰囲気を作ったのは君たちだろう?」
「私たちが千隼を求めたから触れ合いやすく感じているのかもね。やっぱり私たちは天才なのよ」
「なんでお前はそんなに自己肯定感が高いんだろうな」
「狂ってるからでしょ。絶対王政ごっこやってるくらいなんだから、普通じゃないのは分かってることだけど」
「あら、今も拘束されていることを忘れているの?口の中に杖を突っ込んで天国への切符を渡せるのよ?」
「七生が言ってた」
「おい」
杖は家用と外用で分けている。同じ柄なので見分けはつかないが。
でもどちらの杖でも突っ込まれたくはない。多分杖の底を口の中に入れるだろうから、その時点で痛いに加えて汚いもあるので避けたいものだ。
「あっ、これ聞きたかったんだ。千隼って身長いくつ?」
恐怖に怯えたと思えば、次は何事も無かったかのように千隼に話を振る。その際、未だ拘束している俺の頬を、拘束の姿勢で仕方なく下から上へ何故か軽く両手でぺちぺちと叩いてくる。ビンタして遊ばれているが、子供の世話をしているようでなんとも思わない。
「164cmだ」
「体重は?」
「体重……確か……52kgだと思う」
「うわぁ……私と3cmも違うのに2kgしか変わんないの?おかしい。やっぱり私の周りはおかしいって!」
その感情が高くなればなるほど、比例して俺の頬も痛みを強く訴える。本当に叩かれている理由が分からない。ただ碧がそうして俺の顔で遊びたいだけなのだろうが。
俺の両足の間に挟まって、首に腕を巻き付けて固定している姿勢なので、碧は半分寝ている姿勢だ。だから膝枕しているような態勢で目を向けられるのは、顔だけは可愛いのでそれなりに可愛い。しかし口を開けば一瞬でその思いも消える。
「おかしいけど、普通の人からしたらお前も十分おかしいからな?体重は平均より下なんだから」
「慰めが下手。結婚するくらい言ってくれないの?」
「意味分からん。しかも可愛くないからな」
唇に人差し指を当てて可愛くおねだりするポーズを見せる。碧だから可愛くないということにした。他の3人なら可愛いと言うが、こいつだけは例外。今は頭のネジを付けてもらわないと。
「部活にも所属していないのよね?」
「そうだ」
「なら、正々堂々敗北者の気分を味わえるわね、碧」
「あんたの下僕は今は私のだからね?ここでキスしてイチャイチャ始めても良いんだけど?」
「なんで俺いつも勝手に被害者にされんの?」
「したらホントに貴方を生かしてはおけなくなるわ」
別に誰とキスしてもいいと思うんだけどな。そんな拘りないし。
まだこの世界に不慣れなこともある俺だ。




