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隠すのは




 放課後になって、昼休みの早乙女との約束を思い出す。俺1人でと言っていたので、待たせるのも悪いので久しぶりに莉織には1人で帰宅してもらうとしよう。


 「これから早乙女と用事があるから、今日は1人で帰れるか?」


 「浮気デート?」


 「全く違う。早乙女の相談事だ」


 「1人ね……私も残るわ。多分私を帰そうとしてるから、私が居ると早乙女さんが困るのよね?だから図書室で待ってるから終わったら迎えに来て。それが無理なら連絡して」


 「分かった。ありがとな」


 察することも得意な莉織の、あっという間の理解。それには不必要な時間もなくなるし、面倒な遠回しの言い方もしないで済む最高の利点だ。勉強も何も、脳のギフテッドのおかげて理解の早い俺にとっては、相性のいい理解相手だ。


 「それじゃ、浮気とか変なこと、特別なこととかしたら貴方の帰る家はないから。また後で」


 「しないから、ゆっくり待っとけ」


 そう言って莉織は教室を出た。莉織が出た今、教室には俺だけが取り残されたように1人だった。普段から生徒たちが部活に行ったり帰宅してから帰る。帰るまでは碧と結も駄弁に参加するが、2人はゆっくりしていられるほど自宅は近くないので、少し話していつも先に帰宅する。


 今日もそれは同じだ。


 「さて、待つか」


 何を話されるのか。何をさせられるのか。全く何が起こるか不明瞭な今、昼休みに碧から言われたことを思い出しながらその時を待った。


 「ごめん、待たせてしまった」


 「全然大丈夫だ」


 隣のクラスのホームルームが長引いていることは知っていたので、莉織と別れてから待つことは覚悟していた。早乙女も自分のクラスに人が居なくなった状況で話したかっただろう。そもそも待つことは慣れているから気にしない。


 早乙女は入ってすぐ、俺の前の席に座って後ろを向いて目を合わせた。やはり両目とも不自然だ。莉織、碧、結、茂。この4人の目は幾度となく見たが、統一して綺麗に澄んだ目をしていた。しかし早乙女千隼の目は、まるで死人の目のように黒かった。


 他のパーツは美しいのに。


 「それで、話って?」


 「早速本題にいくのか……よし、では話そう。まず今日の昼休みのことは誰かに言ったりしたか?」


 「昼休みのことが、その目の違和感のことを意味するなら誰にも言ってない」


 「そうか、それは良かった……」


 安堵の表情から、やはり言わなくて正解だったと思った。反応からどうも異常を感じたから、人の得手不得手、好き嫌い、善と悪を理解できる才能を持っていて良かったとつくづく思う。


 そして安堵しつつも、どこか観念したような早乙女は覚悟を決めたように深呼吸して言う。


 「多分、君にはもう分かっているかもしれない。もしくは近々分かることかもしれない。だからこの場で私の秘密を言う。それを誰にも言わないと誓ってくれないか?」


 「それを求めるなら、従わない選択肢はないな」


 「ありがとう。では少し待ってくれ」


 何をするのかと思って見ていると、その目の違和感が徐々に消えて解明されていった。早乙女は両手で両目にそっと触れると、そこから初めて見る、カラーコンタクトとやらを取り外して本当の目を見せた。


 「……久しぶりに人に見せたが、私の目はこうなっているんだ。右目が君たちとほとんど同じの黒。でも左目が薄藍色。遠目では分かりにくいがこの距離なら分かるだろう?私は俗に言うオッドアイなんだ」


 生まれて初めて見るオッドアイ。珍しく希少だから俺の脳もしっかり覚えていた言葉だ。委細は置いておいて、簡単に言うなら両目が違う色をしていることを意味する言葉。


 「これがオッドアイか。へぇー……気分悪くしたらごめんだけど、早乙女のパーツが綺麗だからその目も綺麗に見えるな」


 「そうか?それはありがとう」


 少し微笑んで、本心からの感謝を伝えられた。


 目が大きいからというのも関係しているが、1番はやはりカラーコンタクトを外したことで、カラーコンタクトで第一印象を持っていた俺にとって、本当の目がそれだけ美しく映ったことが大きい。


 カラーコンタクトをしていても美しく感じた容姿。それに両目から違う色彩と共に輝きを放たれては、それだけ心に響く美麗さがあるというものだ。


 「でもカラーコンタクトしてるってことは、何か理由があるんだろ?」


 「勿論だ。もう君も察しているんじゃないか?」


 「目立ちたくないとか?」


 「それもだが、私にとって1番気にするのは、この目をイジられたりすることだ。オッドアイなんて稀有な存在は有名になるだろう?そうなれば私はイジられたりするんじゃないかと思うんだ。それに高校生にもなると、恥ずかしさも感じてしまった。だから私は、幼稚園を卒園すると同時にカラーコンタクトで目を隠すようにしたんだ」


 どれだけ美しくても、恥ずかしさがあればそれは美とは思えなくなる。


 確かにオッドアイは珍しく、人からいい意味でも悪い意味でも注目を集める。それを恐れるなら、最初からオッドアイなんて消してしまえばいい。そう思う早乙女の気持ちは、痛いくらいに分かる。


 まだ幼い頃、俺もこのギフテッドがなければと思って、一度頭を壁に打ち付け、2週間に亘ってギフテッドを失った演技をしたものだ。たった2週間なのは、2週間で俺がギフテッドを失ったことを誰も信じてくれなくなったから。


 そんな思い出も懐かしく、久しぶりに似た境遇を経たような人と出会えたことは僥倖だ。


 「そうだったのか。悪いな、勝手に綺麗な目を凝視して言いたくもないことを言わせて、更には俺に教えてくれて」


 「いや、いいんだ。久しぶりに目について言われたから、その反応がオドオドし過ぎてバラしたようなものだから」


 ただニコッと笑って悪くないよと言ってくれる。早乙女もまた、自分より他人を優先するタイプだな。


 「だからこのことは君だけの秘密にしてくれないか?誰にも言わないでほしいんだ」


 「早乙女の秘密を俺だけが持てるんだ。誰にも言ったりしないさ」


 「ありがとう」


 「でも、ホントに綺麗だから、隠すのは勿体ないと思うぞ。たとえその目について俺の友人が知っても、絶対にバカにはしない。何なら早乙女と仲良くなりたいって言ってたくらいだしな」


 「それでも成川さんは私をイジって来そうだ」


 「その時はカウンター打ち込むし、人が大勢居るところでその目について言わない性格だから大丈夫。そもそも碧は結の親友だから、それで言うなら結と幼馴染の早乙女も信頼できるんじゃないか?」


 一応、碧から言われていた仲良くしたいという任務を遂行可能かやってみる。強引だが、俺も早乙女と仲良くなることで更にこの関係が楽しく築かれると感じたから、俺の意思で動いていると言っても過言ではない。


 「そうか、思い出した。結と成川さんは仲良しだったな。どこか聞いたことあると思っていたが……そうだった。結の……」


 顎に手を置いて考え込むように黙る。


 幼馴染は伊達じゃない。名前を敬称なしで呼ぶくらいの間柄なのは、それだけの関係をこれまでに築いたということ。結と話しているとこも見てみたい。


 「早乙女は一匹狼って聞いたけど、それがもし目を隠すことが理由だとしたら、隠さないでいい関係になれたら最高だと思わないか?」


 「それは……そうだな」


 考え込む。でも思っていたより深刻なことではないらしい。


 「もしイジられたら、恥ずかしいと私が思ったら、その時君がカウンターを入れてくれるんだろう?なら隠さない関係も楽しそうだ」


 「いいのか?」


 「勿論。結と関わって長いから分かる。結と関われている人は普通ではないし、同時に普通ではない優しさを持っている。それは分かっているんだ。だから大丈夫」


 「結を相当信頼してるんだな」


 「そうだ。結だけに、()一無二の親友だからな」


 「……お前もかよ……」


 これでもし仲良くしてくれて友人に加わったら、俺の友人は莉織以外毒されたギャグを言う変人の集まりになる。やはり莉織は普通なのだろうか。いや、もう俺の身の回りは優しいとか可愛いとかそういうメリットを持つ代わりに、他のとこでダメダメなんだと思うことにする。これがこの世界でのこいつらの代償だな。


 「まぁいいか。だったら後はこっちで目のことは伏せて話を進めて、その結果良さそうなら目についても話せばいい」


 「助かる。実は私も寂しかったんだ。結ともクラスは違って話すことも減ってしまったから。だからこうして君と話せたのは良かった」


 「それは俺もだ」


 莉織と碧に比べたら素直なんだろう。そんな感じがする発言だった。


 「あっ、もう時間だ。ごめん、今日は忙しくてここで終わっていいか?」


 時計を見て用事を思い出したようだ。少し焦っている様子。


 「いいよ。ちなみにそんな急ぐ理由を聞いても?」


 「一昨日から始まった、帰宅途中にある個数限定のケーキを買いに行くんだ。ふふっ、似合わないだろう?」


 自分でもそう思ったのか、立ち上がりながら俺を見て見せた嫣然は、印象とは違うクールさがあった。でも可愛い。悪魔の久下結スマイルにおかしくされた俺の心は、早乙女のギャップに癒されたのだった。


 「さっきのギャグに比べれば似合ってると思うぞ」


 「もう言わないからしっかり記憶しとくといい」


 どうやら恥じらいはないようだ。だが二度と言う気もなさそう。


 「そうする。悪いな、引き留めて」


 「大丈夫だ。今日はありがとう。またね、長坂くん」


 「また」


 手を挙げて別れる。


 莉織たちとは違った「またね」は、早乙女らしく最後までクールだった。

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