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新たな出会い




 朝起きれば部屋には冷房をまだつけていて、日差しが夏を教える季節なのは変わることなく、俺は今日も日常を過ごしていた。


 実に濃い夏休みを過ごした俺だが、それは俺だけではなく、いつも同じ家で同じ経験をしたとも言える莉織だってその1人だ。


 夏祭りという最高の思い出から、誘拐という最悪の思い出。ジェットコースターにしては恐怖の上下が激し過ぎた日々を、俺は今後一生忘れることなく生きていくんだろう。そう思って、二学期という学校の始まりの日に始業式を終えた。


 そんな、慌ただしく不慣れで幸せな日々を過ごした俺だが、特別変化したことはない。莉織との関係にも、碧と結の関係にも、いつも通りの友人としての関係が確かに築かれているだけ。


 誘拐事件が起きたから、莉織を過保護に守るという考えはないし、一学期と変わらない付き人としての生活を過ごしながら、適材適所で支えている。


 だから莉織は1人になることは多いし、誘拐事件以降もコンビニに1人で行くことも、既に克服というか簡単に行えている。闇バイトで連れ去られたとしても、若い素人を使ったとこからそんなに必死に莉織を捕まえて金を要求するとは思えないし、大企業相手にリスキーなことをしたくはないだろう。


 危険は常に隣に居ても、犯罪に遭うことがそもそもこの世界では稀有だ。だから、そんなに気を張って常に警戒することもなかった。


 そんなこんなで、俺は今日も莉織の1人行動に心配はなかった。


 始業式の翌日、普通に学校に通って普通の学校生活を送る中で、今日も変わらず普通に昼休みを迎えていた。


 先に莉織を1人で食堂に向かわせた俺は、トイレから出て急ぐこともなく歩いて食堂へ向かう。俺の中で莉織は何事も優先対象だが、だからといって絶対に隣に居なければならないとか、支えれる距離を維持しなければならないとか、そんな細かいことは気にしない。


 自分のペースで自分らしく自分の考えで動くだけ。たとえ遅いとぶん殴られても、俺は俺のしたいように俺を貫くだけだ。


 そう思いつつ、莉織の歩く速さでも既に食堂に到着しているくらいトイレに居た俺は学食を食べようと向かった。


 食堂に到着して、莉織はどこに居るのかと見渡す。いや、正確には座る場所は固定されているから見渡すこともなかったが。


 「思ってたより早いな」


 まだ選んでいる途中か、俺を待っているかと思っていたが、既に自分で運んで馴染みの席に着席しているとは。


 ちなみに一学期の時点で俺がおぼんを持って移動しなくてもいいように自分で持って移動をし始めたので、今更落とす心配とかは皆無だ。なのでもう簡単に料理は運べる。


 莉織を見つけると莉織も俺を見つけたので、目が合って早く来いと眼力で伝えられた。


 「分かってるって」


 ボソッと言って早く向かおうと最後尾に並んだ。


 何頼むか……。


 一学期は丼物を制覇したので、次は定食にしようかと長い二学期でのことを考えて選ぼうとした。その時だった。俺の前に並んでいた女子生徒が、俺の存在を知らなかったのか後ろに一歩下がって軽く体が触れた。


 「――うおっ」


 ここ最近で分かったことだが、俺はこの世界に来てから元の世界での生き方の癖が消え始めている。たとえば人と寝れないことや、相手を見て弱点や癖を探すことなど。


 そしてこれもその1つ。自分に触れる存在に、無意識に脳は時間を止めて情報処理するが、しかし最近は時間が止まらない。安全だからと勝手に思っているからかどうなのか。とにかく、今ぶつかったことも避けれたのに、無理だったのはこの世界に適応し始めたからだろうな。


 そう思って最近の俺の中の変化を感じて、振り向いた女子生徒を見る。莉織より少し高い身長だ。


 「あっ、すみません」


 「いえ、大丈夫です」


 その女子生徒と目を合わせる。女子にしては低い声色だったが、それは風采に似合っているから魅力とも言えた。ポニーテールに結った髪は莉織の艶のある黒髪より更に黒かった。スタイルも良くて顔も小さい。


 そして何より――目に違和感を感じた。


 「……ん?何か?」


 だから俺は目を凝視してしまった。両目を見て、不思議と普通の人間ではないような異質な感じが伝わる。


 なんだろうな……これ。


 「いえ、少し目に違和感を持ってしまって。すみません、失礼なことを言って」


 軽く頭を下げて一応何故見られたかの理由は聞きたいだろうから、それをしっかりと嘘偽りなく伝えた。すると女子生徒は数瞬固まってすぐに口を開いた。


 「……は?」


 その表情は何と言えばいいのだろう。焦り?怒り?不安?とにかく負の感情が顔を驚きへと変化させたことだけは理解した。それはつまり、女子生徒にとって良くないことが起こったことへの反応。何かしたかと思ったが、思い当たる節はなかった。


 それでも女子生徒は複雑な感情を見せつつ、スマホを取り出すとカメラを起動したのか、自分の顔を確認するかのように動かした。


 「どうかしたんですか?」


 学年は同じだ。青色のシューズとネクタイは2年生の証明だから。それでも俺は敬語を使う。どこか歳上のような雰囲気がそうさせたから。


 「……いえ、何でもありません」


 スマホから視線を外して安堵したようにポケットに入れた。それでも何でもないようには見えないが。


 「あの、良ければどういう違和感を持ったか教えてくれないか?」


 「えっと……何となく、人と輝き方が違うように感じたので不思議に思ったんです」


 「……そうか」


 やはり焦りは消えていない様子。元の話し方がそうなのだろうが、女子にしては少々稀に思える話し方がそう思わせた。元の世界では多かったが、それは威厳と矜恃があったからで、この世界では初めて見たカッコイイ、クールなタイプだ。


 それにしてもこの人……。


 そう思った時、後頭部に軽い痛みが走った。


 「――痛っ」


 「何してんのー?」


 まぁ、突然意味もなく後頭部を叩く人なんて、俺の知る限りこの世界では唯一だ。成川碧。最も俺と相性が悪く、故に友人として相性が良い相手。


 「……何で人の頭を罪悪感なく叩けるんだよ」


 「身分が下だから」


 「新学期早々に清々しいくらいの扱いに涙が出る」


 慣れても慣れても、更に下僕扱いが染み付いて強化される俺への扱いは、いつになったら慣れるだろうか。どうせそんなこと思っても何も解決しないだろうし、思うだけ無駄か。


 「あれ?流石に独り言じゃないと思ってたけど、まさか早乙女(さおとめ)さんと話してたの?」


 「……君は?」


 「あぁ、私は隣のクラスの成川碧。よろしくね」


 「成川……聞いたことはある。私のクラスでもよく聞く名前だ」


 「それは良かった」


 覚えててくれたことに良かったと思い、よく聞く名前だということに良かったとは思わない。日本語は難しいな。この流れだと、何も知らない人は有名で良かったと思っていると思うだろう。友人として性格を知っていて良かった。


 「七生が話せるような人じゃないと思うけど、薬でも盛ったの?」


 「するわけないだろ」


 俺を何だと思っているのか。しかしそれはどうでもいい。俺が話せるような相手ではないと言われると、やはりそうなのかと思った。だから聞こうとしたが、聞く前に早乙女という女子生徒から言われる。


 「ごめん。少しいいかな?えっと……」


 「長坂七生。隣のクラスでこのバカと同じだ」


 話の邪魔をしないようにだろうか、無言で横腹を殴られた。


 「ありがとう。私は早乙女千隼(さおとめちはや)。好きに呼んでくれて構わない」


 名前と雰囲気は似るんだろうか。


 「なら早乙女で」


 「では私は長坂くんと呼ぶが、今日の放課後2組の教室で1人で待っててくれないか?話したいことがあるんだ」


 「突然だな。いいけど」


 「ありがとう。では一旦ここでお別れだ。少し考えたいことがあるから」


 「分かった」


 時間に余裕がないのか、早乙女はすぐに振り向いて注文を終えると、俺たちと駄弁することもなく受け取り口に向かった。

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