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今日も




 もう入浴も終えて自室で無気力にテレビでも観ているんだろうかと思って、私は七生の部屋をノックした。しかし応答はない。


 「七生?入っていいかしら?」


 それでも何も反応はなかった。ならば入らない方がいいのかもしれないが、私を七生が自分の思いで否定するとは思わないので、信じて勝手にドアを開けた。


 すると目の前に広がるのは真っ暗な部屋だった。窓の外は雨なので、陽の光は届かない。だからその分部屋も暗かった。私の部屋は電気をつけていたし、廊下もつけていたから、誰も居ないかのような部屋には正直驚いた。


 こんなに落ち込んでるの……?


 どうなのか、そっと確認しようと七生を見つけて近づいた。


 「七生?」


 「……ん?莉織?いつ入って来たんだ?」


 やはり気づいていなかったらしい。ベッドに寝て、右腕を目の上に乗せて完全に光を遮断していた姿勢から起き上がって対応した。


 「良かった。生きてたのね。入ったのは今よ」


 「そうか」


 「何してたの?」


 聞きながら隣に座る。ずぶ濡れから着替えてもないので、それなりにベッドも濡れていた。しかし気にすることなく座った。


 「……考え事……とは思うけど俺もよく分からないな。何も考えてない無の時間って感じだ」


 「疲れてるのね。お疲れさま」


 「お互いさまだ」


 私はミニバンに乗っていたので、歩いたのは椅子に座らせられる時と帰宅の時だけ。七生は走って助けに来た後、また同じ距離を歩いて帰ったので、疲れの度合いは段違いだ。特に七生は体力も少ないのに、無理をして来たのだから尚更に。


 「何か用事があるのか?部屋に入ってくるなんて」


 「貴方を慰めに来たのよ。どうせ子供のように泣いてると思って」


 「……それはありがたいな」


 やはり気にした様子だ。


 「また次守ってくれたらいいのよ。過去は取り消せないんだから」


 「でも守れなかったのも事実だ。それは赦されない」


 「はぁ……面倒な人ね」


 私並に卑屈になった七生は、それはそれで見応えがある。普段から私の下から発言するが、どこか余裕もあって私よりも大人な態度を見せる七生が、こうして私に弱ったとこを見せる。今後見れるかどうかの七生だ。しっかり目に焼き付けておかなければ。


 そんなことに夢中になりながらも、私はこの部屋に来た理由を思い出して、卑屈な七生の頭を軽く叩いた。


 「貴方らしくないわよ。確かに赦されないのかもしれないけど、私が大丈夫だって言ってるし気にし過ぎよ。それとも、私に気にするなと命令されないと気にし続けるどうしようもない下僕になったの?」


 「なりつつあるかも。日頃のお前のせいで」


 「それはごめん」


 いつも毎日のように下僕として関わることに慣れてしまってから、無意識に七生に対して高圧的な態度を慣れさせているのも事実かもしれない。それに関しては本当に申し訳ない。楽しいと思った私のミスだ。


 「でも、いつもの貴方なら違うと言って元に戻るでしょう?だから早く戻りなさい。今の七生は私の知ってる七生じゃないわ」


 「なら新しい七生として記憶してくれ」


 「……卑屈を相手にする面倒がよく分かったわ」


 「嘘嘘。冗談だ。悪いな、少し調子に乗った」


 「この雰囲気でその冗談は笑えないわよ……」


 いつどこで七生が七生らしくなるか、そんなの私に分かるはずもない。だから冗談を冗談と思えないのも当然だ。しかしそんなことは一生分からなくていい。七生が七生として居てくれるなら、それ以上望むことは何もないから。


 「ほら、元に戻ったなら早くご飯食べてお風呂行って来なさい。そんな濡れた服着てると風邪引くわ」


 「お前はどうするんだ?」


 「今日は天気悪いし、この部屋に寝るわ」


 「また?1人にしてくれないんだな」


 「嫌よ。貴方と関われるならそれを逃したくないし、私は雷が鳴ることを恐れていて守る人が欲しい。だったら貴方が今適任なのは間違いないわ。早速私を守る仕事ができたわよ」


 「そうらしいな」


 1人にさせたい思いもあるが、元に戻りつつある七生とならワガママを言っても拒否されない。それを利用するのも悪いが、それで受け入れてもらえるのなら私は構わない。七生が嘘でも良いと言ってくれるなら、私はきっとそれでも喜ぶから。


 「それじゃ、準備してから行ってくる」


 「ゆっくりね」


 立ち上がって着替えを取り出し始める。暗いのによく見えるなと思いながらその姿をじっと見つめる。気づいているのかいないのか、何も言わずに準備を整え終えた。


 「遅くなるかもしれないから、好きに寛いでてくれ」


 「ベッドで寝たり、下着漁ったりしていいの?」


 「なんでだよ。お前はそんな変態じゃないだろ。普通に寛いでってことだ。ちなみに普通っていうのは俺の普通な。変なことするなよ?」


 「分かってるわ」


 下着を漁ることはないが、ベッドで寝たりはするかもしれない。七生の匂いは落ち着くので、安眠の道具としても使えて変な趣味とか性癖ではなく単純に利用価値は高い。


 だが一応まだ冗談で言っている。


 「ごゆっくり」


 「貴方もね」


 そうして七生は入浴と食事を済ませに向かった。


 「……この暗い部屋に1人は怖いわね」


 面倒だが、立って杖を使うことなく歩いて電気をつけた。眩しいと思ってすぐ、七生の部屋で1人という珍しい状況にも落ち着いていた私。一緒に暮らし過ぎて普通の感覚が麻痺しているのだろう。七生との関係のように。


 実際今も付き人として親友なのか付き人なのか、それともそれ以上なのか以下なのかは判然としない。親友という部類で括ってはいるが、それ以上にも思える関係を築いている最近は、私にとって混乱の要因だ。


 それでも今は、親友なのだろう。私はそう思う。


 「早く戻って来てくれないかしら」


 口ではゆっくりしてと伝えたが、寂しいし怖いし、今は1秒でも早く七生が戻って、七生の横であわよくば触れられると嬉しいと思いながら、戻って来るのを楽しみに待った。


 勿論ベッドの上で、七生が濡らした場所を避けて寝ながら。

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