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少し違う




 無事に連れ帰られた私は、入浴を済ませて自室に戻ろうとしていた。しかし、偶然父の部屋に灯りがついていて、そこから話し声が聞こえたので耳を澄ますことにした。


 盗み聞きは趣味が悪いが、気になっては仕方がない。七生と出会った日を思い出しながら、私は部屋の壁に背中を張り付かせた。


 「この度は、ホントに取り返しのつかないことをしてしまいました。すみません」


 七生の憔悴したような声が聞こえた。心の底から申し訳ないと思っているのがよく伝わった。七生の印象にはない、七生の真面目な部分。そこがダメージを受けているのだろう。気にしなくてもいいと言っても、七生はそんなことは赦さない。頑固な性格は私と同じだ。


 「いいや、そんなに謝ることではないよ。莉織は1人で行動する子で、コンビニなんて日頃から通うのが普通だ。毎回君に付き添われても困るだろうし、1人になってしまうのは仕方のないことだ。遅かれ早かれということだったんだ。だから君は悪くない」


 ごもっとも。私は1人で生きることを望んだ人間。だから1人で買い物にも行きたい。いつか私は連れ去られたと思えば、今この状況で七生が悪いことは何もない。


 「それに君は、日頃から莉織を支えてくれているそうじゃないか。元気になった莉織を見れるようになったのも君のおかげだ。もう昔のように足のことを気にして悄然とする子じゃなくなっている。それだけでも十分だ」


 「それは違います」


 頼んだことを今既に余裕で遂行していると言った父さんに対して、七生は素早く否定した。


 「俺が約束したのは、足が悪い莉織を足が悪いからという理由で支えることではありません。音川莉織という1人の人間を支えて守りたいから、俺の意思で約束しました。正直足が悪いことなんて俺は気にしてません。足が悪くてもそれは普通の人間と何も変わりのない存在。そんな莉織を俺は支えたいと思いました。だから今回の件、守れなかったというだけでも、褒められることではないんです」


 薄々気づいていた。


 七生は私を守ると、支えると言うのに、それにしては少し冷たかった。


 支えると言うのに足が悪い私を気遣うことはしないし、守るというのに積極的に自分から動いて行動をすることもない。出会ってから1ヶ月半は、やはり口だけの私と関わりたい男子程度に思っていた。


 けれど徐々に理解した。


 七生は私の自立を望んで、しっかりと背中を支えてくれていたのだと。


 脳のギフテッドを持ちながらも、私が躓いて倒れた後に手を貸してくれる。私が疲労して歩けなくなってから手を貸してくれる。私があれしてこれしてと言ってから手を貸してくれる。


 七生は、私が倒れないように、躓かないように、疲れないように支えるのではなく、倒れた後に、躓いた後に、疲れた後に手を貸して支えてくれていたのだ。


 それはつまり、足が悪いからという理由で壁に当たる私ではなく、普通の人間として壁に当たった時に普通に対応していただけ。


 碧が倒れた時に、結が躓いた時にする対応と全く同じ。私を1人の普通の人間――足が悪くない普通の人間として支えてくれていたんだ。


 だから私は不慣れな場所で躓いた。更には疲れるし、倒れそうにもなった。それが冷たい態度だと思わなくなったのは、1ヶ月半を過ぎてから。七生の私への対応が、碧と結に対するのと同じだと薄々気づいてから、私はそれが心底嬉しかった。


 冷たい人だと思うかもしれない。けど、私が気にしていたことを七生は気にせず関わってくれた。それが私にとってどれだけ常闇の光に見えたか。


 今この場で聞いて、薄々気づいていたことが確信へと変わった。


 七生はやはり、私にとって運命の出会いだったんだ。


 「……これは……」


 体が熱く感じて、胸の鼓動も高鳴っているようだ。普段感じたことのない速さ。焦りや恐怖、不安や緊張などから感じる鼓動ではなく、不思議と落ち着いていて高揚感に駆られるような感覚。


 七生の態度が確信に変わってから、私の中で特別に何かが変化した気がした。スッキリしたという感覚だ。不純物が消えたようなそんな。


 「やはり君に莉織を任せて良かった。足のことを気にせず、普通の女の子として接してくれているなんて、本当にありがとう。そんなに思ってくれているのなら、私からもこれ以上慰めることも言わない。だから2つだけ言わせてもらおうかな。1つは、今後は同じことが起きないよう気をつけること。そしてもう1つは、莉織を助けてくれてありがとう」


 部屋の中は見れないが、きっと父さんは深々と頭を下げているだろう。幼い頃から、ありがとうとごめんはハッキリ伝えろと教わっているので、親がそれを守らないとは思えない。


 それにどう思ったか、七生は言う。


 「はい。今度は絶対に守ります。そして、助けて感謝されないよう尽力します」


 助けてくれてありがとう。それを聞きたくないのは誰だってその通り。だから、助けるということになる前に、己で何とか対応するという意気込みがとても伝わった。二度と起こさないと、その決然は私の過去をも超えた決然の声だった。


 「それでは私は残していた仕事を片付けるよ。君はいつも通り自由にしてくれ」


 「はい。その前に1ついいですか?」


 「なんだい?」


 「今回の誘拐は闇バイトで集められた可能性が高いと莉織が言っていました。その後の処理はどうなりましたか?」


 「あぁ、それに関してはもう尻尾を掴んでいるから安心してくれていい。闇バイトで当たりだったようだから、大人の権力でこの件を徹底的に片付けるつもりだよ」


 「それは良かったです。助かります」


 父さんがそう言うんだ。多分関わった犯罪者たちは悉く警察のお世話になるのだろう。前回の誘拐の際も、1年という長期間に亘って執拗に犯人を追い詰めた後、見事刑務所に放り込むことができたらしい。10年も経過した今、技術力も飛躍的にアップしている。送り込まれるのも時間の問題だろう。


 そうして父さんとの会話を終えた七生はドアの方へ歩き出した。なのでそうなることを予め知っていた私は先に私の部屋に戻った。


 「絶対落ち込んでるわよね……」


 七生のことだから、どうせ今からも落ち込むだろう。なのでそれを癒すために、私は私なりに七生の役に立とうと少し時間を空けて七生の部屋に向かった。

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