助け
それから10分弱が経過した頃、ミニバンは止まって私と4人の誘拐犯たちは見たこともない廃墟の中へと入った。ここで何をするのか気になるが、それよりも私はスマホを触ることだけ考えていた。
私は一度誘拐されており、足も悪い社長令嬢ということでそれなりに危機と隣り合わせの生活を過ごすことは分かっていた。なのでもしものために、父が私のスマホを改造していたのだ。
スマホの電源ボタンを10秒長押しすると、私の居場所が父に分かるようGPSが起動する改造だ。
なのでポケットの中のスマホを、どこかに拘束される前に触って長押ししようと、廃墟の中に歩きながらも私は器用に手を動かしてスマホに触れた。そして10秒長押しした。
「ほら、ここに座って待ってろ」
「もう少し丁寧にお願いしたいわね」
「傷つかなければどうでもいい」
廃墟にしては綺麗な椅子だ。私を座らせるために用意したんだと分かるくらい不似合いの綺麗な椅子だ。しかし安物で背中も腰も痛くなる。
「貴方たちの狙いは何?」
「金だ。お前を捕まえてそれ以外に何があるんだよ」
「まだ若いようだけれど、道を踏み違えたのなら今私を解放して最低限の罪を背負うことをオススメするわ」
4人共に見た目は若い。私より少し上の大学生くらいに見える。マスクと帽子があっても、目元や体格を見ればそれは分かった。
「失敗した方がデメリットがデカいんだよ。何も知らないお前は黙って金が振り込まれるまで待ってろ」
「それなら最初からしなければいいのに」
「金が欲しいんだよ。デメリットがデカくてもな。一攫千金ってやつだ。だからまだ簡単そうなお前を選んだんだよ」
「まだ私とそんなに大差ない歳でこの誘拐。闇バイトにでも手を出したの?」
「さぁな。それを知ったところでお前には関係ない。おい、さっさとこいつの会社にでも連絡して親の耳にこのことを知らせるようにしろ」
そんな事しなくても既に父には私の危険が伝わっているだろう。
「了解っす」
これが闇バイトだとして、実行犯を捕まえても根本的な解決にはならない。これを切り抜けた後も、父に迷惑をかけることは明白だ。親不孝だがこればかりは仕方のないことだ。
「明日には貴方の名前がテレビでもネットでも公開されているわよ?」
「どうだろうな。成功したらそうでもないと思うぞ。今はこの騒ぎを警察に伝えたら娘を一生返さないと言ってるから騒ぎにならない。そして成功後に捜査されても雲隠れして逃げられる。杞憂だ」
「日本の警察は優秀よ。貴方のような闇バイトに手を出す犯罪者は簡単に捕まると思うけれど」
「そうなったら必死に謝罪して助けてもらうさ。どうせ犯罪者になっても、1年もしたらどいつもこいつも顔忘れてるしな」
「っそ」
実に浅はかな考えだ。メリットデメリットを気にする世界で、誘拐犯を助け出すメリットは皆無。しかもそれが口約束なら反故にされるだろうし、犯罪者になればいつでもネットで顔を見れる。
確かに人は人の顔を忘れる生き物だが、印象強い顔は思い出せる生き物でもあるのに。
「取り引き終わりました!30分以内に指定口座に5億振り込まなければ娘は二度と返さない。これでいいんっすよね?」
「ああ。もう終わったのか?早いな」
「なんかあっちも俺のことすぐ信じたんで、すんなり終わりましたよ」
「ははっ!お前そんなに誘拐されてんのか?それとも心配されて疑うこともされないのかよ」
「悲しいわね」
既に私が誘拐されたこと知ってるからよ、バーカ。
この男性の反応から考えると、絶対的な自信からミスはないと思っているよう。それはつまり、信頼している仲間の作戦だろうか。
手慣れた犯罪者か、普通にこの人がバカなのか。どちらにせよ、指示役は初心者ではなく経験者。しかもそれなりの。
私をイジメていた先輩ならそういうことをして来そうだが、そんな細かなことを知ることは不可能なので考えるのを止める。
それから私は誘拐犯と20分近く話していた。暇だから付き合ってくれたようで、社会のゴミでも人なんだと思えて勉強になった。そして私の思うより、人は底辺に落ちるとこうも不快にさせてくれるんだと、七生と話す時と違って面白味もない不愉快な時間が過ぎることに少々苛立ちを覚えた。
そして、その苛立ちは一瞬にして消えた。
「よいしょー、全力で8km走ってこの速さ。結構早い到着かな」
「は?誰だお前」
私の斜め前に座ってスマホを見ていたお喋り誘拐犯は、何故ここに来れたのかという不思議から焦りを見せつつも聞いた。
「お前こそ誰だよ。自分から自己紹介して、相手に誰だって聞くのが常識だろ」
何も武器は持っていない。ただただ普通だった。
けれど、普通だからこそ異常に思えた。
普通なら焦りながらも、私が無事そうなことに安心して憤りを露わにしてもおかしくない性格をしている。しかし今の七生は普段私と関わる時の七生だ。陽気で一切怖くない優しい七生。
それが私には心底異常に見えた。
これはきっと、七生にとっても想像以上の怒りが煮えたぎっているんだろうと、その普通という異常から理解した。
それでも、ギフテッドを持った七生が私のために憤怒してこの場に助けに来てくれた。その事実が私の最大の安心だった。どう武力として使うのか未知だが、七生の顔を見てきっと助かるんだと思えた。安心できたのだ。
「俺の名前を聞いても偽名で答えられることは分かってることだろ?無意味なこと聞かないで俺の問いに答えろ。お前は誰だ?」
「バカだろお前。なんでお前が偽名使うのに俺が使わないと思うんだよ。義務教育受けてんのか?それに誰だってのは俺がどういう人間で、今捕まえたその子とどういう関係にあるかって意味だろ?なのに名前とかマジどうでもいいこと答えさせようとしやがって。クソ社会不適合者が」
「ちっ。何しに来た?」
「見てわかるだろ」
「どうしてここが分かった?」
「その子のストーカーだからだ」
実際七生にストーカーされたら嬉しいと思う私も居るが、それは結構危ない方向に進んでいる証明でもあるので、ストーカーとか盗撮盗聴に関しては、もしされたら注意するくらいはしないと。
絶対そういう私の嫌がることしないだろうけど。
「よかった、とは言えないけど、そんなに傷を負ってはなさそうだな」
少し歩くと私の体が徐々に見えたらしい。顔や腕の露出部分に傷がないことから安堵したように息を吐き出した。しかし七生が安堵の息を吐き出すくらい、今の状況に本気で焦っていたということだが、やはりそれは表に出ない。
「取り引き終わったのか?終わったらならもう連れ帰ってもいいだろ?」
「ストーカーに渡すかよ。そもそも取り引きは終わってないからな」
「まぁそうか。そもそも振り込むこともないだろうしな」
「それはどうだろうな。お前だけしかここには居ないことから、お前は助けに来たんじゃなく連れ帰りに来ただけだろ?振り込まないなら娘を絶対に助ける方法でここに来るはずだ。お前1人に娘の命を託すとは思えないな」
「えっ、お前バカじゃないのかよ。それなりに考えれたんだな。義務教育は受けてそうで安心だ」
お互いにある絶対の考え。圧倒的に七生の方が余裕があって確実にこの場を抜けられると未来視しているよう。それは私の私情から思うことなので正解かは分からない。でも、七生のギフテッドは敗北を知らないことを私は知っている。
「でもまぁ、猶予は30分あるんだろ?30分……って言ってももう始まってるから違うか。なんであれ、10分でお前たち4人を泣かせて反省させたらいいんだろ?その間は振り込まなくても問題ない時間だからな」
「お前1人でどうするんだ?こっちは鉄パイプもナイフもあるんだぞ?」
「面白いな。それならこっちは鉄パイプ並の硬い助ける意思で、ナイフ並の殺傷力を行使させてもらう」
再び歩き出す。顔は少し笑っていて、目は笑っていない。普段からふざけることが好きで陽気な七生だが、私を支えるということに於いては真面目以外の何者でもなかった。
そんな存在がこの状況で私を助けるということで笑った。それだけ精神的にダメージがあるのだろう。
それでも前に前にと歩くのは、七生がするべきことだと思っているから。
「待て!それ以上進むとマジで殴るからな!」
ミニバンを運転していた男性が七生の前に飛び出る。するとそれを見て呆れたように嘲笑うように七生は口を開く。
「手の震えは、取り返しのつかないことをしたことで、今も自分がどうしたらいいのか迷って混乱してるからだろ?しかも犯罪に手を染めて、内心では落ち着いていない。そもそも非日常な人を殴る行為を、日本人が軽々しくできるとは思えない。ほんの少しだった後悔が、今では肥大化してどうしようか自分でもパニック。金が欲しいけど人を殴る勇気はない。少し冷静になって考え直してくれ。その程度の一時の感情に身を委ねるのは良くないって分かると思うから」
懐かしく感じた、相手の感情を我が物にしようとする観察眼。それは不思議と正解していると思えたのは七生への信頼から。
「……お、俺は……いや!もうやるしかないんだ!!悪いが殴られてくれ!」
図星でもこれ以上下がれない。だからミニバンを運転していた男性は構わず鉄パイプで殴りかかった。しかしそれは、きっと止まった時間の中で分析されたのだろう。
「え?普通に嫌だ」
そう呟いた次の瞬間、男性の下顎を手のひらで突き上げ怯んだところを、鳩尾に掌底を入れ込むことで一瞬にして男性を封じた。