こんなこともある
私服に着替え外に出た私だが、1人でコンビニくらいは行ける。だから、七生も私のことを必要以上に心配することはない。たとえもう少し遠い場所でも、多分気をつけてと言葉を伝えてくれるだけで、同行拒否しても文句は言われない。
私との距離感を一定に保った素晴らしい付き人だ。
だが最近は、その付き人という立ち位置に疑問を抱くことがある。何故かって、付き人になったのは、私と友人になる前だからだ。
付き人として私に従わないといけないから。そう思ってしまう私も居て、何だか無理に付き合わせたような言葉で違和感を感じる。七生はしっかり私を好いて付き人になってくれていることも分かっているが、それでも最初の付き合いが付き人からスタートした以上、不思議と仕方ない付き合いと思ってしまう私も居る。
違うと分かっていても。
だから今は、友人として意識して距離を詰めている。
しかし、七生は優秀な付き人だから、そう私が思っていることも察している様子だった。
だから、というわけでもないだろうが、七生は私に必要最低限のサポートしかしない。今もこうしてコンビニへ1人で向かわせたりするように、私が私の意思で動くことをしれっと支えるだけ。
そういうとこを含め、やはり普通ではない。元々付き人として生きたような慣れた感じ。生涯を病室で終える人とは思えない考えや発言。そして優しさ。私にとって七生は、まだ謎多いミステリアスな男だ。
それでも傍に居て、共に笑って過ごして幸せになりたいと思うのは、七生がそれだけ私にとって必要不可欠な存在になりつつあるからだ。私の中でも芽生え始めた人への興味が、七生にだけ格段と特別に抱かれるのを最近は強く感じる。
だがまだ私の中に無意識にある、足の悪い私を好いてくれる人なんて誰も居ないという決めつけの自己嫌悪が、それを阻害している。だからその気持ちが何なのか意識して気づくことはない。
いつかこの呪縛が解けることがあれば、その時私は更に私らしくなれるだろう。無意識の自己嫌悪さえ消えてくれれば。もしくは、それを超越する何かに気づけるなら。
そんな、最近の七生に対しての違和感に対して様々なことが私の頭の中で交差する中、私は1人寂しくもアイスを買いにコンビニへと到着した。
七生たちにとって5分の距離が、私には10分以上かかる。それを悪いことと捉えなくなったのは、紛れもなく私の親友たちのおかげだ。
「あった。七生にも何か買おうかしら」
特にないとは言っていたが、それなら私の自由で同じアイスを食べて共有することは可能だ。必要ないとか要らないと言われていたら買わないが、言葉を上手く利用して七生と関われる機会を一度でも多く増やす。
手に取ってこれだけを買いに来たので会計へ。済ませてコンビニの外へ出る。マンションから出た時に思ったが、雲行きが怪しく、今にも雨が降りそうだった。
「これは……鳴りそうね」
雷が。
だから少し歩くペースを上げた。早歩き程度なら可能だから。
「僥倖ね。これで部屋に行く口実ができたわ」
自然と笑顔が咲く。長坂七生の部屋に行くということを自分が勝手に決めただけで気分が良くなる。不思議だ。自分勝手でワガママなことなのに、受け入れてくれて一緒に笑い合える未来が見えていることが。
それでも別に悪いこととは思うなと言われ続けた結果、今ではワガママすら言い続けるダメな人間に成長した。七生にだけだが、許してしまった七生が悪いのでそこのお咎めはされないだろう。
そうして私は曇天なんて関係なく、半年前は恐れて帰宅中も恐怖して歩いていたこの状況を、未来の不確定な楽しみに喜ばされて帰路に着いていた。
「なぁ、ちょっといいか?」
だが、この世の中は私に厳しいということを忘れていた。幼い頃から私は常に――社長令嬢だったというのに。
「はい?」
誰だろう。知らない人に話しかけられた。
その後ろには2人の黒服の男性。手前で話しかけた男性は黒マスクに黒帽子。最近のファッションにしては、結の絶望的ですね、という言葉が聞こえそうなくらい不似合いだった。
でも、同時に理解した。しかもその理解は途轍もなく早かった。
「お前、音川莉織だな?」
「違います」
だから即座に否定した。無意味だと分かっても、口は否定して僅かな望みに懸けた。
「違くないだろ?あのマンションに住む、杖をついた高校生くらいの女はお前だけだ、音川莉織」
「…………」
それでも結局無意味は無意味になり、確実に私を犯罪の手段の1つに加えようとしているのは分かった。
誘拐されると分かったのは、3人の男性の後ろからミニバンがタイミング良く出てきた瞬間だ。それを見て思い出される人生初の誘拐の時。実に不愉快だが、それでも私は初めての誘拐の時と同じく、恐怖で身を震わせることはなかった。
私はこういう人生を歩むことを、足の悪さから何となく察して諦めていたのかもしれない。
「残念だが、俺たちに捕まってくれ。少しの辛抱だからよ」
「っそ」
「ん?怖くないのか?」
「聞いてどうするの?」
「流石は足悪の社長令嬢。こういうのに慣れっこってか?」
「…………」
この時、真っ先に七生の顔が思い浮かんだ。助けてくれると信じているから、父の顔よりも先に。
けれどそんな奇跡は起こらない。今は部屋でゆっくり夏休みを過ごしているだろう。そう思いながら、私は手前の男性に体を拘束され、近づいたミニバンの中へと連れ込まれた。
叫ばない。暴れない。睨まない。抵抗をしても私では勝ち目がないから、今は黙って従う。
コンビニより少し歩いた場所だったので、人はそんなに居なかった。居たとしても、ミニバンの死角によってスムーズに連れ去られた私を誰も誘拐とは思わない。
「なんで抵抗しないんだ?」
「…………」
「まぁいい。お前は黙ってればそれで十分だ」
思い出される過去の誘拐。当時は6歳のまだ子供。それでも足の悪さを理解していた6歳だから、その時から人生の諦めは始まっていた。
もしその時、碧が居なければ私は今頃この世界には居なかっただろう。それくらいの絶望。それに比べれば、今の成長した心にこの誘拐も恐怖ではなかった。
彼らの目的はお金。それは私に危害を加えないとこから見て分かる。
はぁ……これは迷惑かけるわね。
自分の心配ではなく他人への迷惑を気にする私。つくづく他人優先の考えは変わりそうにない。
外を見れば、ちょうど雨が降り出した。この先私はどうなるんだろうか。不透明な今、私は確信していることがある。
七生は絶対に私を助けに来る。
ただそれだけを。
そして私は両腕を拘束されながら、そのままミニバンに乗ってどこかへ連れて行かれた。