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ちょっとそこまで




 夏休みも終盤に入り、来週からは二学期の始まりとなる今日、俺は普段と何も変わりない日常を過ごしていた。


 部屋の中に居るだけで、外に出る特別な理由はない。それは隣の隣の部屋に居る主の莉織に会いに行くという理由も含めてだ。だから俺は、部屋から出ない怠惰な生活を夏休みという期間を使って過ごしていた。


 莉織は毎日俺に会いに来るということはせず、自分なりに好きな時に訪れる。だから飽きることもなければ、慣れることもない。距離感としてはいい塩梅の関係を築けているのではないだろうか。


 特に最近は、夏祭りという豪華なイベントにて更に距離が縮まった。しかもこれ以上の関係があるのかというくらい、物理的にも縮まった。


 それがこの世界での普通とは思えないが、それでも何も気にした様子のない莉織たち3人を見ていると、別にそんなことは些細なことだと思えた。


 実際今も昔も、好感を持つ相手に触れられることで気を悪くした経験は皆無だ。だったら性格的にもボディタッチを良しとする考えが本能的に植え付けられているのかもしれないな。


 そんな最近のことを振り返って俺自身の分析もする。したところで特に何もないが、暇つぶしには十分だ。


 そうして色々とベッドの上で過去のことや今後のことについて考えていると、2日ぶりに部屋のドアがノックされた。これは音川莉織のノック音。


 「どうぞー」


 体を起こすこともなく、ただ天井を見て応えた。俺の返事を聞く前に開かれ始めていたドアはゆっくりと開くと、その奥に用事を持ってきた俺の主様が姿を見せた。先日購入した俺とお揃いのパジャマを着用して愛用の杖をついての登場だ。


 「おはよう。元気にしてた?」


 「おはようって、もう11時だぞ。元気は元気だけど」


 「来週から学校だけれど、夜更かしが習慣化されて寝れなくなったのよ。貴方も気をつけなさい」


 「勿論」


 俺はこの部屋に寝始めてから基本同じルーティンで生活している。時々早寝時々遅寝ではなく、お泊まり会とか莉織が特別な何かを用事として持ち込まない限りは、常に1時を超えて寝ない。


 だから今の莉織に比べて健康だ。2時から4時の間を右往左往して寝ているらしいので、来週から学校に行くルーティンに変化させられるかが俺の仕事になりそうだな。


 そんな、俺の怠惰に比肩する怠惰を極めている莉織は、部屋には入るが奥まで来ることはない。つまりその程度の用事だということだ。


 「で?何用?」


 「何?早く出ていってほしいの?」


 「面倒な女になってるぞ。そういうことじゃなくて、ここに来て俺の隣にもソファにも座らないなら、聞きたいことを聞くだけの用事なんだろ?お前も手短に済ませたいんじゃないかと思ってな」


 「よく分かってるじゃない。優秀よ」


 「どーも」


 とは言っても、莉織は俺が家に居る場合に限りスマホで連絡をしないので、聞きたいだけの用事だとは確信していない。他にも、洗濯しろとか掃除しろとかの命令が下されることもあるので、一応聞き返して確かめることは今でも怠らない。


 「これはただ、私がさっき動画を観ている時に美味しそうなアイスが出たから、コンビニに買いに行こうかと思って、そのついでに貴方も何か欲しいものないか聞きに来ただけよ」


 「ふーん。なるほどな」


 「何かある?食べたいものとか必需品とか。まぁ、片手で持って提げれる程度の品物限定だけれど」


 「特にないかな」


 食べ物も必需品も、全て満足しているので無理に買う必要もない。片手で提げるとしても、それなりに苦労するだろうから一応で買わせることすらない。


 「分かったわ」


 「ついて行こうか?」


 「大丈夫よ。コンビニなんてそんなに距離離れてないから」


 「了解。気をつけてな」


 俺は過保護になる時はあっても、過保護ではない。最近は特に、自立を始めた莉織の背中を押すことはしても、隣に並んで押すことはしていない。背中をそっと倒れないように押して支える程度。


 だからこのコンビニに行くという選択にも、俺は同行しなくても大丈夫という選択肢が現れて選んだ。莉織のこれからを考えて、そして今の状況も加味して安心だろうから、と。


 しかしそれは、元の世界の全盛期の俺に見られたらきっとこう言われる行為だ。


 ――怠慢だな。


 安心してしまい、この世界の甘さに油断し、この先の未来の可能性を絶対にないと決めつけたことによる怠慢だと。


 慣れとは怖いもので、かつて誰もが傷をつけられず懊悩し苦労した存在ですら、世界が違えば簡単に隙を見せてしまう。生涯で俺は、この日以上に後悔した日は生まれないだろう。


 「いってきます」


 「いってら」


 一言だけ伝えて別れた俺たち。俺は目を合わせることすらなく、手を振って莉織の言葉に応えた。


 ドアが閉まると気づく。部屋の電気をつけないと、外から入り込む陽光の量では部屋は真っ暗だと。


 黒雲が空を覆い始める。それは不吉の予感とも受け取れたが、俺は然程気にしなかった。慣れからの安心故に。


 雷が苦手な莉織のことを思い出すことすらなく、自分がこれまでどういう経験をこの世界で経たのかを思い出す。そしてこれからどうするかを決める。そんな自分自身のことを莉織より優先したのも、こんな天候では初めてだ。


 最近の、特に夏祭りが俺を大きく変化させた。幸せに浸りすぎたのだ。


 そして暫くしてから、外に大粒の雨が降り始めた。

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