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視線は誰の?




 俺が注文したのは牛丼、音川は親子丼だ。同じ丼物を頼むつもりはなかったが、先に親子丼を注文する音川の声を聞くと、どうも俺の頭は丼物に引っ張られて他の定食などに意識が回らなくなった。


 だから音川からは、「丼物で揃えたの?気持ち悪いわね」なんて言われて、言い訳することもできずに頷いてしまった。普通に食べたいと思ったから注文したが、何故か気持ち悪がられるとは。音川も辛辣なものだ。


 「はい、お待たせ」


 受け取り口でお互いの品が同時に届く。湯気が立つくらいの温かさ、見た目も美味しそうで食欲をそそられる。


 「ありがとうございます」


 共に感謝を伝えておぼんと一緒に持つ。しかしそこで気づいた。片手を杖に使っている音川は、親子丼とて重さのある何かを片手で持って移動することは簡単ではないことに。


 それが料理なら尚更、落としては迷惑になるだろうし勿体ない。足が悪いことを全くデメリットだと思わないからこそ、意識外にあったことだ。今回は誘った側として、サポートの義務はしっかり果たすべきだろう。


 「さて、これ持つぞ」


 一言声掛けして、右手を伸ばしていた音川の手より先に、親子丼の乗ったおぼんへと手を伸ばして持つ。それにキョトンとしたように不思議そうな音川は、そういうことかと聡明故に簡単に理由に気づいたらしい。


 「ありがとう。でも、別にこれくらいなら片手で持てるから大丈夫よ。それに貴方だって片手で持ってるじゃない」


 第一声が感謝の言葉なのは、やはり初手から他人を跳ね除ける音川は仮面をしていたということなのだろう。普段俺にツンツンしているが、それも本性であって性根の優しさもまた本性。


 そんな人間に心配されるのは悪くない。


 「俺は片手でも持てる力があるからな。それに、普段学食を食べに来ないお前が、不慣れで落としたりしたら下僕の俺が拭かないといけなくなる。それは嫌だねー」


 少しだけ頭の中に、もしかすると片手で持つと落としたりする恐怖があったのかもしれない、先輩が自分に無理に接触して落とさせることを危惧したのかもしれない、という学食を拒む明確な理由があるのかと思った。


 それは実際どうなのかは分からないし聞かない。でも可能性として浮かぶことが、俺にとっては問題と思えるくらいに悪辣なことだった。


 「っそ。それなら任せるわ」


 そう言って、杖で俺のケツを軽く2回突いた。


 「なんだよ。感謝の表現か?それとも嬉しいの表現か?」


 「どっちもよ」


 「素直だな」


 嘘か本当か見抜けなくても、今の音川を素直と思う方がなんだか気分が良かった。


 それから両手に料理を持って長距離移動は嫌なので、受け取り口から最短の空いた場所に向かって、音川と向き合うように座った。


 時間も大切にしたいという音川のこともあり、座ってすぐ合掌して食べ始める。


 「そういえば、食べるのは早い方なのか?」


 「いいえ。どちらかと言えば遅いわ。味わってるからとかではなく、普通に噛むのが遅いのと一口が小さいから」


 「まぁ、その小顔だと納得だな」


 「じっと見ないでくれる?美味しい料理が不味くなる」


 「傷つくー」


 メンタルは強靭なので、本気で悪口を言わてもネットで叩かれても俺は正直気にしない。だからこの程度本当だとして造作もない。いや、本気で嫌われてたら衣食住を失う危機なので少しだけ揺れ動くか。


 それにしても、やはり音川莉織の際立つ端正な容姿は美しい。他人を避ける性格を作らなければ、今頃引く手数多なのは容易く想像できる。そんな人の顔を見るなと言われて従う方が男としては難しいくらいだ。


 「ところで」


 「何?食事中もお話大好きなのね」


 「出会った頃のマシンガントークには負ける」


 「…………」


 音川を黙らせる手段を手に入れたのを確信した瞬間だ。


 「話して良いですか?」


 「……好きにすれば」


 拗ねられる手前か。女子に対する扱い方は、俺の中で1人しか取扱説明書を持っていないので、ここは無視して話すことに。


 「それじゃ、さっきからお前の後ろから凄い睨んでる人が居るんだけど、お前背中刺されるんじゃないか?」


 「……その人は、貴方が見てることに気づいたの?」


 少し間があった。何か知っているのだろうか。


 「いや?可愛い可愛い音川莉織様と楽しく食事をしている下僕として、視線は常に牛丼かお前にしか向けてない」


 「可愛いはそうだとして、楽しく食事はしてないわ。まぁ、それなら問題ないわ。どうせ何もしてこないから」


 可愛いの肯定に何か言ってやろうかと思ったが、空気も違うし何よりその通りだったので諦めた。


 「知ってるのか?」


 そう聞くが、一応今、瞬間的に視線を自然と動かしてその人を見ると、俺も見たことがある生徒だと理解した。クラスメイトの1人。名前は知らないが、頭の中にクラスメイト全員の顔は記憶されているので確かだ。天才的な脳のおかげで簡単に把握ができた。


 「髪色は茶色。ショートボブヘアで身長は私と同じくらい」


 「大正解。覚えるくらい睨まれてんのか?」


 「まぁ……そんなとこよ。でもイジメとかは当然、接触して何か嫌がらせをすることもないわ。人畜無害の変人と思って無視していいわよ」


 「なるほどな。有害ワガママ音川よりいい人ってことか」


 「あら、そのお喋りで汚い口に杖の底を食べさせましょうか?」


 「冗談だからな」


 とはいえ、無関係の人間とは思えない。音川の口ごもったことも何か理由があるのだろう。イジメはなさそうだが、これもまた難解だったら大変だ。まぁ、嫌いじゃないが。


 「何かあればその時は何とかするか」


 「できるといいわね」


 その言葉には、微かにお願いが入っているように感じた。何とかしてほしいな、という。


 そんなこんなで、人生初の学食を終えて俺たちはその後何事もなく教室へと戻った。そして教室でほんの少し会話をして、残り7分の昼休みを有効活用しに向かった。

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