また来よう
「終わったぁー」
花火がもう咲かなくなり、下からは拍手が聞こえた。それに釣られるよう、俺も感謝と感動の拍手をした。
「終わるとなんだかあっさりしてて寂しいな」
「あんたにそんな感情あったの?」
「ある。お前に暴言言われてる時いつも泣きそうなんだからな」
「バーカバーカゴミクズ野郎」
「小学生か」
感動中に他人のキス云々に興味を持っていかれるんだ。花火を見終えた今も余韻に浸るという考えは、この頭のおかしい珍獣にはないのだろう。悲しい生き物だ。
「帰りましょうか」
「人混みは避けたいから、少しゆっくり行きましょう」
「そうだな」
花火を見終わって広場に居た人たちは半分が居なくなっていた。残されたのはカップル3組と俺たちだけ。最後のカップルになってこの場でイチャイチャしたいのか。そんな考えを持ったのはきっと碧のせいだ。
そんなカップルたちを横目に、俺たちは歩き出した。ゆっくりと、下の人混みに当たらないよう。
「どうでしたか?莉織さんと七生くんの初めての夏祭りは」
「私は心の底から楽しかったと言えるわ。花火も綺麗と思えたし、記憶に残る価値のある時間を過ごせたと思う」
「俺も同じだな。お前たちを名前で呼ぶこと、そして呼ばれることになったのも嬉しいことだ」
今日は大収穫と言えるだろう。様々な経験に加えて、思い出も色濃く残せた。そして名前を呼ぶことで縮まった距離感。思えばたったの3時間が有意義過ぎる3時間になったのは、多分今後もあるかないかの出来事だ。
「反撃の回数減らしてくれてもいいけどね」
「攻撃の回数も減らしてくれたら減ると思うぞ」
「それは無理ー。鬱憤を晴らすにはちょうどいいアイテムなんだから、しっかり使われなよ」
「そんなこと言って険悪にならないだけ良かったと思えよな」
「それはホントに感謝してる」
嫌な思いをしないことなら、俺はなんでも言っていいと思っている側の人間だ。たとえ悪口でも、それを相手に言って相手が嫌な思いをしないと分かれば、俺は友好関係のためにも遠慮なく悪口を言う。
それと似ていて、碧も俺に対して日頃の本物の鬱憤をぶつけるのは、ぶつけられて俺が平気で居て、更に良いよと受け入れているからだ。だからそこに関しては碧にとって感謝される部分。
それでもそうしたくて形成した性格じゃないから何とも言えないが。
「そろそろ夏休みも終わりね」
「聞きたくないことを言わないでくださいよ」
「そう?学校始まってもそれはそれで楽しいと思うけれど」
今の俺もそうだ。学校に通うことで、碧と結とも平日は毎日会える。その時間が充実するかしないかは俺たち次第でも、一学期に比べて圧倒的に楽しみなのはその通りだ。
「今日はまだそう思えません。碧さんと合流してからこの瞬間まで、とても楽しかったんです。なので二学期が楽しみでも、今は余韻に浸りたいんですよ」
「あら、学校に行きたくない病を発症したのね。小学生あるあるだから仕方ないわ」
「莉織さんは耳が悪いんですね。耳鼻科に行っても治るか怪しいくらい重病のようで」
「おい、こっちバチバチし始めたぞ」
「子供同士の喧嘩かー、大人として見守らないと」
「お前も加わるのかよ」
一緒に観戦するかと思えば、2人から睨まれるように自ら死地に飛び込む。これすらも楽しみの1つだとカウントしているんだ。相当な親友好きだな。
そんなくだりもあって、俺たちは4人で夜遅くのんびり歩いた。そして21時45分頃、俺たちは第一の鳥居の前に到着した。集合場所がここということは、ここが4人で集まる最初の場所ということ。なので、別れる時もここだ。方向が俺と莉織、そして碧と結で違うから。
「ふぅ、下り坂って楽だね」
「めちゃくちゃ言われた行きからもう4時間近くか。早いな」
「4時間目の授業終わった時と同じでしょ?有り得ないよね」
幸福を感じていた時間の流れは早く感じる。その通りだな。
「ここでお別れですね。そう思うともう終わりかと思って寂しいです」
「まぁ、いつでも遊べるし、寂しいのも後少しだけよ」
「あんたは七生が居て寂しくならないからそう言えるんだよ」
「そうよ。これが同棲の強みよ」
否定しない。莉織もそれなりに寂しいだろうが、少しは俺のおかげでそれも薄まっている様子。受け入れられつつある関係の今、それは喜ばしいことだ。
「ふふっ。では、今日はありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
「はい。またね」
「ええ。また」
そうして手を振り、俺たちは別々の道に歩き出した。
「七生!あんたと祭り来れて楽しかった!またねー!」
少し離れたとこから、素直になった碧の感謝が届く。実に心地いい。そして可愛らしい。
「俺もー!」
「今度婚姻届持っていくねー!」
「お前より歳上の俺が17だぞ、バーカ!」
この日本という国では、男女共に18歳でなければ結婚は認められない。それを分からない学年2位ではないだろう。それを証明するよう、ニコッとしたのが見えると両手で大きく丸を作って見せてきた。
「正解の返事ってことかしらね」
「かもな」
そうして完全に背を向けて再び歩き出す。やはり碧の存在は俺にも大きく影響を与えていて、別れることがほんの少し寂しいと思えた。
「今日はホントに充実してたわね」
「そうだな」
「2人とも更に仲良くなったようだし」
「お前の独占欲も減ってきたっぽいしな」
「そうでもないわ。ただ、貴方を独占しない方が2人と楽しく関われると思っただけよ。だから今こうして2人と違って貴方と帰れてることと同棲していることは絶対に私だけのものにしたいから」
自分だけでなく、他人も気遣える音川莉織の善の部分。自分優先ではないから、こうして独占欲にも作用して他人との幸せを分かち合う。人としての完璧を求めたかのような性格には尊敬で頭が上がらないくらいだ。
「それならずっとそうだろうな。俺はお前から離れるつもりはないし」
「それは嬉しいことを聞いたわ。ホント、貴方じゃなければプロポーズされていると思うとこよ」
「違うとも言い切れないけどな。まぁ、お前がこの先俺が居なくても大丈夫になって、大学や社会に出て生涯を共にしたい人が現れたりしたとしたら別だけど」
「それ、本気で言ってるの?」
少し睨むように斜め下から目を合わせて聞いてきた。
「うん」
「はぁ……貴方ってどこまで行っても付き人なのね」
「ん?それは付き人だからそうだろ」
「……それもそうね」
何故か呆れるように失望するように幻滅するように間を置いて更に鋭く睨まれたが、全くどういう理由でそうなったか理解していない。女心は難しいので、最近は理解することも諦め始めているので分かりそうになる未来もなさそうだ。
「なんだか変な感じね、七生」
睨んだと思えば、しかしそれが嘘のように笑って名前を呼ばれた。そこに意味があるのかどうか、俺は知れそうになかった。
「それはいつも通りってことだな」
「そこは私の名前を呼んで返すとこよ。全くダメね。付き人として、主の思惑も汲み取れないなんて死刑よ」
「現代日本とは思えないな」
「貴方には日本の法律より大切なことがあるのよ。ほら、早く名前呼びなさい」
「はいはい。――莉織」
初めて莉織に対して真面目に名前を呼んだが、そこに恥ずかしさとか新鮮さなんてなかった。でも、呼べたことで更に心の距離が近づいたように感じた。
「ふふっ、やっぱり嬉しいわ。ありがとう」
「どういたしまして」
この笑顔を見れると、そう思えたんだ。
「それで?名前を呼ぶくらいなんだから何か用事があるのよね?何かしら?同衾?添い寝?」
「どっちもほとんど意味同じだろ。それに自分で呼ばせたんだぞ。興奮して記憶飛んだのか?」
「しっかりと覚えてるわ。これで今日が更にいい日になったんだから当然よ」
「変なやつ」
「その変なやつからもう1つ。もっといい日にするには一緒に寝てくれてもいいのよ?」
「同衾じゃなくてソファでいいなら」
「はぁ……仕方ないわ。今回はそれでいいから、いつか同衾よ」
「そんなにかよ。まぁ……問題ないか」
いつか俺も、一緒に寝ることが可能になるだろうか。その時が来るならば、同衾くらいならしてもいいかもしれない。
「そう言えば――」
それから俺たちは他愛ない会話を始めた。自宅に戻るまで、初日を超えるマシンガントークを聞かされても、俺は一切不満はなかった。
聞きながらも楽しそうに話す莉織を見て、これからもそんな莉織を見続けたいと、そう誓って俺たちは帰宅した。




