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俺が居るから




 整備されず草木が繁茂している広場を想像していたが、そんなこともなかった。足首にすら届かない雑草たちは、今日ここに人が来ることを見越したように整えられていて、踏み間違えたりして怪我しそうな石ころもなかった。


 ただ街灯がないだけで、祭り会場からの微かな灯りや、スマホの灯り、少し進んだ先にある街灯の灯りがこの広場を照らしている。だから真っ暗とは違う、豆電球1つの輝きはあった。


 「到着ー。疲れたね」


 「しっかり備え付けベンチあるんだな」


 「ここで花火を見ようとする人が居ることを知ったんじゃないでしょうか。まだ新しく見えますし」


 さっき座った備え付けベンチと比べて、塗料も剥げてなければヒビが入ったり砕けている場所も見当たらない。スマホの灯りだけだとそう思うのかもしれないが。


 「まだ始まるまで時間あるし座ろうかな」


 「私もそうします」


 「俺も座ろうかな」


 「ダメよ。この態勢が崩れるわ」


 「座ってもその態勢で後ろから抱きしめてれば問題ないだろ。俺も体力少ない方なんだから、今は少しでも回復したいんだよ」


 「それならそうするわ」


 ただ俺の背中にくっつきたいだけ。それなら座っても支障ない。だからあっさり承諾して俺は成川の隣に腰を下ろした。


 「あんたたち見てるとカップルってより兄妹に見えるね」


 隣から、嫌悪とか否定とかの視線ではなく、見ていて思った単純なことを率直に言うだけの成川。


 「見慣れた光景だからだろ。それか、普通じゃないから」


 恋人でもない幼馴染でもない男女が、こうして恋人のように抱きしめて抱きしめられる様子は普通じゃない。だからこういう行為を堂々とするのは家族だと思うのは至極当然だ。


 「カップルに見えてほしいのが本音だわ。長坂くんと添い遂げられないじゃない」


 「何?俺は今プロポーズされてんの?」


 「さっき私にプロポーズしたくせに何嬉しそうにしてんの?これだから美少女に囲まれる男は鼻の下伸ばして調子に乗るんだよ。有り得ねぇー」


 「ゴミクズ野郎ですね」


 「んー……理不尽だな」


 冗談に反応してそれに冗談で返すと、何故か別方向から鋭利なナイフが投げられる。それも冗談の範囲だが、毎度久下の一言のインパクトが強過ぎて調子が狂う。魔女だな。


 「ここに居る人たち見て分かるけどさ、学生っぽい男女2人組が4つあるんだよね。それを見ると、やっぱり私たちって寂しいよね」


 「貴方と久下さんだけよ。私は今体の前に彼氏居るから、巻き込まないでくれるかしら?」


 「俺を巻き込むなよ」


 何が寂しいのか、それはさっき話したので分かること。理解してすぐ音川はマウントを取った。常に勝負魂が輝いているだけある速さだ。


 「何を言ってるの?七生はみんなの七生でしょ?都合よく使えるあんたの下僕なんだから、あんたが彼氏なら私たちも彼氏だよ」


 「ホントに最低な男になってるぞ」


 「そういうことにして、二学期始まって三股していたことを暴露してクラスメイトや学年の男子の皆さんに注目の的になってもらいましょう」


 「いつもお前の考えることだけ段違いに悪質だよな」


 特別久下に悪い事をした覚えはない。だからこれは、単なる嫌がらせ。それだけなのに嫌がらせの質の違いを毎回見せつけられる。久下の評価が下がるにつれて驚きもなくなっていくが、恐怖だけは増していく一方だ。


 「まぁ、冗談はこのくらいにして、でもやっぱりカップルは羨ましいよね。恋愛感情を持って夢中になれる相手が存在するってどんな感じなんだろう」


 「夏祭りっぽくて、私たちっぽくない話ですね。でも興味あります」


 「もうその人さえ居れば幸せと思うんじゃないかしら」


 「そうなのかな」


 「今のお前たちに、ただ相手を好きだっていう概念が生まれるだけで、多分今それぞれがそれぞれに向けてる態度と変化は何もないと思うぞ。好きになったら変わることって、お前たちにあるようには見えないし」


 「確かにそうかもしれませんね。好きな人というのは私たちにとって性格を見せられる相手ということですから、その時点で今のこの充実した時間の共有をすることになるだけかもしれません」


 今こうして親友たちと関わる時に見せる性格が本性だから、それを見せれる相手を好きになることは当然として、それなら今親友たちと共有している時間を好きな人と共有することになる。


 ただそれだけだ。


 後は、相手の肌に触れたいと思うことが追加されるだけ。3人のように自分の本性を隠して生活する人たちにとって、それだけが好きな人と関わると変化する内容だろう。


 「それなら、別に恋人とか必要ないよね。今後好きになってまでこの関係を築きたいと思う相手は現れないと思うよ」


 親友同士で満足している、と。


 「俺以上にお前のサンドバッグに適任なやつなんて居なさそうだもんな。良かったな、都合のいい下僕見つかって」


 「ありがとー」


 頭に触れて高速で撫でられた。嬉しくないがそれで良かった。


 「そもそも長坂くんが居るから、そういった恋愛感情が生まれないんじゃないかしら。私たちにとって都合のいい男子として既に親友のように関係を築いてる以上、長坂くんより優れている男子なんて見つからないと思うわ」


 この多様性の時代、しかし3人共に恋愛対象は男だ。だから男という恋愛対象として俺が居るが、その俺が3人のしたいことを満たしている以上、他に恋愛対象が生まれないんだと音川は言った。


 「うわぁ、それありそう。そもそも私たちって恋愛興味ない人たちだし、その上求めなくても長坂七生っていうバケモノ居ればそれ以上は求めないよ」


 「罪な男ですね」


 「そうらしいな。怪獣たちに好かれてると思うと、なんだか複雑な心境だけど」


 「失礼ね。これでも可愛い揃いなのよ?顔だけでも満足するべきよ」


 「関わると顔だけじゃ満足できないんだよ」


 関わるなら性格を求める。正直顔なんて俺はどうでもいいと思っているので、重視するのは性格一択だ。人に仕える以上、自分の扱いを大切にしてくれる人の方が、顔だけいい人間より何億倍もマシだ。


 「どんな気持ちになるかとか気になってたけど、考えれば考えるほど今の気持ちと同じって思えて興味薄れるよ。やっぱり恋愛なんてしたいと思わないね」


 「それも自然の成り行きに任せます。いつの間にか恋愛してたらいいな、程度の感覚で」


 「いつか私の長坂くんを狙い始めたら容赦しないわよ」


 「いつからあんたのになったの?」


 「ホントにその通りだ」


 付き人という意味では間違いではない。しかし今は状況が違ったので否定した。いつか本当になる日が来たとしても、どうせこの関係が崩れることはないだろうから気にしてすらいないが。


 そんなことを話していると、スマホを取り出して時間を確認した久下が言う。


 「あっ、後1分です」


 その言葉に心躍らされて、人生(この世界)で初めての打ち上げ花火を今か今かと待った。

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