迷子で
「そろそろ時間もいい頃だし、花火見に行こうか」
ヨーヨー掬いから離れて、もう時間的に見れる場所へ向かおうと成川が言った。
「どこで見るの?」
「また坂を少しだけ歩くんだけど、上の方に綺麗に見えるいい場所があるから、そこで見ようかなって」
成川と久下はこの祭りに去年も来たらしく、そこで迷った時に見つけた場所が、打ち上げ花火を見る時に最善の場所だったのだとか。運がいいのか悪いのか、偶然が重なって見れるなら良かったのかもな。
しかし、場所は完璧でも、そこに行く手段が完璧ではないのは、綺麗に見える場所に行ける代償と言うべきか。どこで見るのか聞いた時から感じていたが、音川は歩き疲れたようだ。
歩く速さも遅くなり、体重の預け方も杖に頼り始めるよう傾いていた。
「成川、そこって人多いのか?」
「全然だよ。居ないとは言えないけど、多分居ても20か30くらいだと思う」
「そうか。なら音川をおんぶするか。そんなに見られても恥ずかしくないだろうしな」
既に花火を見ようと、屋台の場に人は少なくなっていた。だからここからまた人の少ない場所への移動なら、見られる心配もそんなにない。
「おんぶ?歩いて行けるわよ?」
「いいや、どう見ても疲れてるだろ。この先は坂なんだから、無理して怪我されたら俺も困る」
「……っそ。ならそうするわ」
否定を続けてもその否定が意味のないことだと分かっているから、音川も執拗に歩くとは言い続けない。本当に疲れているからこそ、もしもを考えて身を任せる。正しい判断だ。
「あんた疲れてたの?気づかなかったよ、ごめん」
「気にしないで。黙って我慢してた私も悪いから。こうしてバレることは分かってたのに」
「それでもいいと思いますよ。何もかも頼らず自立すると言ってたように、長坂くんだって多分、何もかも正直に言って欲しいとは思ってないでしょうから」
「よく分かってるな」
俺を頼ってほしい気持ちは本当だ。付き人として生きる以上、その役目を果たしたいと思うのは当然だ。しかし、この世界での付き人の意味や価値は大きく元の世界と異なる。だから俺はこの世界での付き人としての役割を模索している今、全てを任されたいとか自分で代行したいとは思わない。
今後を考えて、音川も自分で我慢することや自分の判断を信じることをした方がいいとも思っている。
「長坂くんこそ、よく音川さんの疲労に気づきましたね」
「音川のことは近くでいつも見てるからな。これくらいは普通だ」
「私たちが楽しいとか浮かれてる間も、あんたはちゃんと付き人してたってことね。相変わらず、ずっと普通じゃないよね」
「そうだな。こうしてしっかり役に立ってるしな」
お泊まり会の時と今日の合流した時に俺は不必要だと言われていたが、こうしてしっかりと役に立つことで存在意義を見せつけた。俺でなくても良かったんだろうけど。
止まって音川の前で屈み、ゆっくりと背中に乗せる。俺の首に音川の両手が巻き付き、手のひらでは杖が持たれる。
「乗り心地いいわね」
「それはよかった。俺からしても、軽い人を乗せるのはそれだけ楽で助かる」
161cmで46kgの音川。改めてその重さを体感すると軽過ぎて持ちやすい。
「ありがとう」
おんぶして歩き出すと、心のこもった感謝を鼓膜は聞き取った。それが何に対してで何を意味するのか、全ては分からなかったが、おんぶしてくれていることになのは伝わった。
「どういたしまして」
当たり前を当たり前にすること、所謂凡事徹底は、人から感謝されると思いながらすることではない。これも同じで、俺は付き人としてしたいことを当たり前にしているだけなので、感謝されることをしているとはこれっぽっちも思ってない。
だから不意の感謝には、やり甲斐を感じると同時に、綺麗な心を持つ主に仕えて良かったとも思う。
「ここから距離はどのくらいあるんだ?」
「100mくらいだと思うよ。坂道だからもっと長く感じるかもしれないけどね」
「ってことは、お前祭り会場から100mも離れて迷子になったのか?そのレベルの方向音痴は稀有だろ」
「ねー。私も正直驚いたよ。結がお手洗いに行ったから私も座れる場所で休憩しようと歩き出したら、人の居ない寂れた広場に来たんだから」
「スマホなかったら私帰ってたくらい意味不明な場所に行ってましたからね。今思うと見つけれて良かったですが、当時は呆れてましたし」
「小学生の頃も図書室までの道のりで迷ってたわね。治らないのかしら、その絶望的な方向音痴」
親友たちはそれぞれ経験済み。だったら俺もその方向音痴に巻き込まれて経験したいものだ。どういう思考で迷うのか普通に気になる。
「今更でしょ。スマホに聞けば道のりは分かるし、誰かと一緒なら迷うことないし。他力本願で何とかなるよ」
「これで学年2位か。学力と方向感覚は全く比例しないんだな」
「まぁね」
だからといって苦労もしない。なんだかんだ成川は方向音痴でも何も危なげなく人生を謳歌しそうだから心配もない。
「見えてきましたよ。あそこですよね?」
先に気づいた久下が指をさして場所を確認した。
「話してるとあっという間だね。あと少し歩くの頑張ろうか」
「そうね」
「お前は歩かないけどな」
「貴方は私の下僕よ?つまり私の手足なんだから、別に間違っているとは思ってないわ」
「そう言われると、そうだなって思うようになった俺自身が怖い」
染み付き始めた下僕としての生き方過ごし方。もうこの先離れることがないのだとしたら、別にいいかな、なんて思っているのも正直なとこだ。
「まだ歩ける体力戻ってないのか?」
「まだまだよ。戻ったとしてもこの場所はお気に入りにだから離れる気もないけれど」
「軽いからいいけど、座ったり別の姿勢の方がいいんじゃないのか?」
「確かにそうでも、思い出に残すなら、こうして貴方の背中に愛おしくバックハグするように乗りながら見るのも一興というものよ」
「そう言うなら俺は否定しない」
随分と気に入られているようで嬉しい限りだ。主従関係はお互いに好印象を抱いてお互いに気に入った相手同士だと、それだけ良好な関係を築ける。セラシルの時と同じくらい、今の音川には信頼があり好感もあるので、この先も最低ラインを今として付き合えたら尚良しと思う。
「今何分?」
「51分です」
ちょうどスマホを見ていた久下の即答により、残り9分で21時の開始時刻になることが分かった。
「間に合ったね。ここなら光もないし綺麗に見えるよ」
街灯すら照らさない、教室3つ分程度の広場。10人くらい人が居て、全員が同じ海の方向を見ていた。
「方向音痴に感謝ね。良さそうじゃない」
「私も役に立てたなら良かったよ」
「思っていたより人も少ないですし、人から離れて見れそうですね」
「これなら音川もこのままでいいな」
「ありがとう。頼んだわ」
「うぃー」
そうして、俺たちは広場の最も左に向かって歩き始めた。