恋バナ
「いやぁ、扇子貰っちゃったね。派手じゃなくて綺麗。私たちの浴衣に似合ってるよね。扇子だけにセンスあるよ。ね?」
「……この扇子を持つとオシャレに見えるわね。いい物を貰ったわ」
「はい。綺麗で私たちにピッタリです」
「それ私が言ったよ。ねぇねぇ、この扇子、センスあるよね?」
「そろそろ花火が打ち上がる頃だけれど、もう少し何か見てみましょうか」
「後45分ですか。移動考えてそうですね、1つくらいは行けます」
「ねぇー七生ー、2人が無視するぅー」
どう対応するか迷っていたが、隣の俺に抱きついて嘆き始めるという強行手段を選んだので、流石に幽霊ではないんだし無視はできない。
「なんでそこで俺も無視すると思わないんだよ」
「だって都合のいい下僕だから」
「お前のじゃないし下僕でもないけどな」
いつも通りべったりとくっついて、甚平とはいえ夏の夜に抱きつかれると暑さはそれなりに感じる。浴衣なんてもっとそうだろうに。
「あら、居たの?」
今気づいたと言わんばかりに成川を見る。そして同時に俺と成川の間に割り込んで。
「あんたこそ居たの?私と七生のデートだと思ったのに」
「それにしては随分と嫌われているようね」
「愛情表現が苦手なんだよ」
「これが俗に言う修羅場というやつですか?見てる側の私は面白いですが、これを勝手に受けている長坂くんはどうなんです?」
「暑くて苦しい。ただそれだけー」
今は解放されているが、数秒前までは暑かった。ただそれだけ。この修羅場も今からヒートアップするなら、再び間に入って宥め役を担うつもりだ。
「人気なのはやっぱり苦労しますね」
「だな」
意味は違えど、久下だって大人気の部類。人として、異性として、魅力が詰まった可愛い存在。日頃の苦労と今の俺を比べると、話にならないくらい久下は苦労しているだろう。
「それにしても、カップル多いよな。従兄弟とか友達とか幼馴染とか色々あるかもしれないけど、敢えてカップルってことでカウントすると、何組くらい男女1人ずつの組み合わせ見たかな。結構だと思うんだけど」
隣でギャーギャー言い合う2人は放っておいて、単純に気になった。普段なら気にしないしどうでもいいと思うが、あまりにも多過ぎて気にせずには居られなかった。
久下の言っていた、クリスマスやバレンタインよりも恋模様が強いというのを思い出したのも理由の1つだ。
クリスマスもバレンタインも何故恋模様が強いのか微塵も知らないが。
「60くらいですかね」
「もっと多いと思うわよ」
「聞いてたのかよ」
成川との言い合いでも声は聞いていたというマルチタスクタイプの音川。流石だ。
「100って言われても驚かないよ。そのくらい居た気がするもん」
「人気ということもあって、それだけ思い出を作りたいと思うんでしょうか」
「私たちが来てる理由とそう大差ないと思うわ」
「好きになったら、その人と楽しい面白い綺麗とかを分け合いたいんじゃない?そういう気持ちになったことないから分かんないけどね」
「成川は今後もそんな相手に出会えなさそうだし、金輪際分からないかもな」
「私も結構喧嘩売るけど、七生も私に普通に喧嘩売るよね」
つつく次は抓る。左頬を掴むと優しく力加減をされて抓られた。やはりこの夏祭りに来て確信したが、3人の中で圧倒的に成川の俺に対するボディタッチが多い。
「売られ続けるのも癪に障るからな。たまには反撃して余裕を見せないと」
「その方が私としても楽しいからいいけどね」
ボディタッチする時は決まって、一切の不満と不快が見受けられない。気分がいい時や高揚感に駆られている時に行動する心理とでも言えるか。
音川よりも多いのは少しだけ気になるが。
「それにしても、そういう点で見ると私たちって本当に寂しいメンバーだよねー」
「どういうことですか?」
「そのままの意味だよ。カップルとか多いけど、私たちにはそんなこと一切ないでしょ?」
恋愛感情を誰かに抱いてここに居ない、ということだろう。
「私たちに俺は含まれないな。傍から見ると両手に花だから」
「おっと?なんでかその両手に私は入ってない気がするんだけど?」
「仕方ないじゃない。3位なんだから」
「現実を見ろ、です」
「夏祭りに来てからお前は負け続きだな」
「違うよ。負けさせられてるだけ」
そう言って扇子で肩を叩く。扇子のセンスとか言っていたことを、扇子で叩くことで思い出させようとしているのか。だとしたら策士だ。絶対に無視する。
「でも恋愛感情なんてないなんて言っても、今の長坂くんと成川さんを見ているとカップルに見えますよ?」
「それは誰にでも言えることよ。私と長坂くんが隣でも、久下さんと長坂くんが隣でも、碧と長坂くんが隣でも、結局私たちは3人共に長坂くんと仲がいいんだから」
「そうだね。私にも明確に七生を恋愛対象として見てない……いや待って、ハッキリは分かんないかも」
「あら、それ以上は私と今後の決別を意味するけれど?」
絶対にないと言おうとした口を止めると、音川の殺人鬼スイッチがオンに切り替わった。しかしいつもよりも穏やかで、気にしなくなったと言ったことが本当のように感じれた。
「だって恋愛してると楽しいとか幸せとか言うじゃん?でもそれだけなら七生にだってそういう感情抱くから、恋なんて興味なくて知らない私からしたら判然としないの」
「……それは……言えてるわね」
「そういう視点から見ると、私もハッキリと違うとは言えませんね。自覚してないだけかもしれませんから。モテモテですね、長坂くん」
「久下だけでいいんだけど」
「主様ー、下僕が浮気してるぞー」
「ふふっ。敗北者の囀りは心地いいですね」
「これもう私より悪でしょ。女王気質の莉織と横柄な態度の私。多分そんな私たちより染まってる側だって」
もう久下が何言っても久下らしいと思うようになっているが、やはり笑顔の裏の本音のような似合わない言葉は強かった。それは親友の成川ですら驚きを見せるくらいで、今まで隠してたんだと思うと相当な日々のストレスもやはりと言うべきなのだろう。
「これを学校で見せたら私はどうなるのか気になりますね」
「多分人気出ると思うわよ。私の時も、そんな人だとは思わなかったと言いながらも積極的に関わろうとした人は幾人か居たから」
「マゾだけでしょ。よかった、私はそっち側の人じゃなくて。普通の悪の方がまだいいよ」
人間関係では特に女子の世界が気難しいと聞くが、多分その通りなんだろうということは、この3人が自分を偽っている時点で察していた。この3人だけが特別なのもあるが、久下の友人もそのタイプだと聞いているので、類友だとしても難しいのは本当だろうな。
「一応こういう恋愛話はできるんだな。聞いてるだけだと結構面白い。お前たちの性格も知ってるから尚更な」
「いっそ恋愛とかしたいと思わないなら、最終手段で七生と結婚するかー」
音川が間に居るからだろうが、俺ではなく音川と肩を組んだ。ということは、俺だけ特別というわけでもなく、ただ隣に俺が居たから肩を組んでいただけということだ。肩を組まれても音川はビクともしない。体幹が強いのだろうか。
「最終手段じゃないなら考えたのにな。一生独身で居ろ」
「私たちが疎いとか興味ないだけで、恋愛の話はするわ。それでも長くは続かないけれど」
「成川さんの理想が高いので、それに毎回困らされて終わってますからね」
「どこでも成川って成川なんだなって改めて思った」
親友にだけ見せる特別な言動。それは俺が居る居ない関係なく発動するらしい。
「どうせこの先も恋愛なんて考えることないと思うし、私はこの関係があればいいよー」
「そうね」
「ふふっ。さっきも聞いた気がします」
「バカだから記憶力ないんだろ」
「42位が吠えてるぅー」
「私じゃなくて長坂くんにくっついて。暑苦しい」
珍しく俺への接触を許可。そんなに俺に対して独占欲がなくなっているんだろう。成長だな。
そんな会話をして、俺たちは時間確認した後にヨーヨー掬いに向かい、終えて次、漸く本日の外出の狙いである打ち上げ花火を見に向かい始めた。




