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頭のネジ




 「……この子手遅れだよ。頭のネジをどこかで落としたっぽい」


 それを成川が言うので、お前が言うなとツッコミたいが今は言える雰囲気じゃない。


 「そうね。もしかすると二重人格の片割れかもしれないわ。久下さんが心配よ」


 「……もう二度とそういうことは言いません」


 恥ずかしそうに下を見て珍しく顔を赤く染める久下。


 「久下にも苦手なことがあるんだって知れてよかった」


 「何もよくないですよ」


 「あら、普通の久下さんじゃない。大丈夫だったの?」


 「いつネジ取ってきたの?よかった、いつもの結で」


 ここぞとばかりに攻め続ける川川コンビ。いつも俯瞰されている分、久下を攻撃する協力プレイは清々しいくらいに悪だ。


 「これからは気をつけて発言しないとですね」


 「それでも粗探しに関しては上手いから、多分気をつけても何とか揚げ足取ろうとするぞ」


 「その時は武力行使ですよ」


 「だな」


 似合わない発言でも、一度俺のアロマプレゼントを買いに行った時に成川が受けているそうなので、イメージがないわけではない。


 「今やっと結がふざけたんだって理解し始めたよ」


 その瞬間、「うっ!」と後ろから聞こえたが、きっと気の所為だろう。


 そうして俺たちらしく待っていると、順番が来たので早速撃たれることに。


 「よし、撃たないといけない理由は皆無だけれど、好奇心から良心を痛めて撃つわ」


 「随分小さな良心だな」


 「褒めても何も出ないわよ?」


 「褒めてねーよ」


 良心だけでなく、随分とポジティブらしい。少しずつ変わっているようで何よりだ。


 「すみません、射的お願いします」


 「はいよ!」


 射的の店主に頼んで、5回分の料金500円を払って銃を手に取る。その時店主に注目していたが、人柄がいいことは何となく察していた通りで、音川の左足を見ても何も思った様子はなかった。


 「おぉ、これで長坂くんを撃てるのね」


 「楽しそうに言うな」


 玩具とはいえ、元の世界と似た作りの本物に見える。それを持ちながら好奇心を隠さない様子はやはり怖い。


 「なんだ嬢ちゃん、射的初めてなのか?」


 「あ、はい」


 「そうか。でもこれは隣の兄ちゃんを撃つ遊びじゃなくてな、景品を撃つんだ。遊びでも兄ちゃんを撃ったら危ないからな」


 元気に満ちた笑顔とともに、ごもっともなことが言われた。


 「それは大丈夫ですよ。彼、ドMなので撃たれたいそうなんです。だから一発だけ撃たせてあげてください」


 何故か後ろから成川が言った。


 「えぇ?そうか?でもなぁ……」


 優しさが伝わる。お祭りとはいえ仕事だ。そこで誰か怪我人を出したとなれば問題になる。それを気にしての大人としての心配があった。しかし。


 「心配していることは分かります。ですが、それに関してはもしもがある場合に限り私が責任を取ります。私は音川莉織。この銃を製造している株式会社オトカワの社長の娘ですので」


 「えっ、そうなのかい?」


 「初耳なんだけど」


 「今初めて伝えたから仕方ないわ」


 後ろの成川と久下を見る感じ本当のようだ。


 そういえばどんな会社なのか気になっていたが調べたことはなかった。一般常識や基礎的なこの世界について知ることで頭がいっぱいだったからだが、ここで知りたかったことを知れるとは。


 だから気になっていると言った時から、店側の心配をしていなかったのか。絶対にできると確信していたから。音川ともあろう秀才がそこを見逃すわけもないか。


 「ちなみに貴方が部屋で使っている家具も全てうちのよ」


 「幅広いんだな。日頃から感謝して寝るとする」


 「そうしなさい」


 玩具に家具。名の知れた大企業だとは聞いていたが、それなりに規格外だったようだ。聞く限り、他にも種類はありそうだな。


 「一発だけなのでいいでしょうか?」


 「俺はいいけど、兄ちゃんはいいのか?これ、イジメとかじゃないんだよな?」


 「はい。そもそも俺が弾を避けれると言ったことが発端ですので、大丈夫ですよ」


 「そうか……怪我すんなよ?一応こっちも出店だからよ」


 「もし怪我したらこいつに多額の請求してください。絶対に当たらないんで」


 と言うが、これで当たったら恥ずかしい上に責任が重くなったことで内心どうしようかほんの少し焦っていた。


 「なら兄ちゃん、信じてるぜ。俺もなんだか見届けたくなったからよ」


 「任せてください」


 そうして謎の実験が始まる。


 「ならいくわよ?」


 弾を込めた音川の一言。準備万端だ。


 「いつでも」


 脳の情報処理速度は変えられる。緻密には無理だが、大雑把には可能だ。だから常に時が止まったような長時間見続けることはなく、こまめに切りかえてその都度正しい正確な処理速度で対応する。


 今も音川がいつ引き金を引くのかに目を凝らしつつ、進む速度は10分の1にした。


 そして音川の腕の筋肉が弛緩したのを確認して、更に処理速度をグンッと上げた。その瞬間時は止まったように視界に映る。人差し指が引き金を引く。狙いは頭。それを見て左に避けようと頭を動かし、同時に右手を動かし始めた。


 しかしそれを追尾しようと性格の悪さを見せた音川。絶対に当てようという心意気が見える。相変わらずだと思いながら、頭に狙いを定められた今、右手を最短で移動させた。


 そしてポンッとコルク弾が発射された。それを予め弾道予測で置いていた手に重ねることで、見事に俺は弾を捕まえた。


 集中から解放され、処理速度は戻る。


 「おぉー、ホントに避けて捕ったわね」


 「マジか!兄ちゃんすげぇな!」


 「有言実行ですね。私たちにとっては一瞬でも、長坂くんには相当な時間に感じたんですよね?お疲れ様です」


 「まぁ、こうなるよね。やっぱり普通じゃないとこが七生らしいよ」


 友人各々当然の結果にそう驚くことはなかった。だから店主の男性が大騒ぎするのが過剰に思えた。しかし本来ならその反応が普通。刹那の中で弾を受け止めるということは、たとえ玩具とはいえ難しい。それを容易くやってのけた俺は、この世界では異質なんだろう。


 「……疲れた」


 そんなにだが。


 「これで貴方の凄さを改めて理解できたわ。付き合ってくれてありがとう」


 消えた好奇心は満足な嫣然へと変化した。それを見せられては、よかったと思う以外感じることはなくなってしまう。魔法の相好だ。


 「どういたしまして」


 「すみません、勝手に遊んでしまい」


 「いいや、結果すげぇの見せてもらったし何も文句はないさ」


 「よーし、これで莉織の弾一発減ったし、私たちと勝負ねー」


 「いいハンデよ」


 「ボコボコにしましょうか。景品落とした数で勝負ですよね?重さ大きさ関係なく」


 「それでいいわ」


 夏の暑い夜に、更に熱を加えるような勝負をするとは。3人共に勝負となれば目つきは変化する。久下の言っていた、体重なんてただの数値という言葉。なのにその数値を求めて勝負に真剣に挑むのだから、人はいつも口だけという生き物なんだと思わされるな。


 「今度は嬢ちゃんたちの勝負か。いいねぇ!全部落とす勢いで撃ってくれや!」


 「そうさせてもらいます。準備はいいかしら?」


 「いつでもどうぞ。ボコす準備は常に整っているので」


 「言い訳の準備しときなよ。腕の長い私が絶対に勝つんだから」


 腕の長さで語るなら、見ただけではどちらが長いかは分からない。しかし、音川と比べると1cmないくらいだが、成川の方が長いことは知っている。それだけで有利とは言えないと思うが、実際どうなのか、それは今から知れるだろう。


 そうして始まった3人の勝負。その行く末を店主と共に見守った。ポンッポンッと音が鳴り、景品に向かって飛んでいく。それが続き、決着はあっという間についた。


 「……お前たち……勝負しろよ」


 「あっはははは!嬢ちゃんたちの気合いには驚いたが、こんな勝負になるとはなぁ!」


 結果は景品獲得数全員0だった。しかも弾は一度として景品に命中していない。なので当たらないようにできてんじゃないのか!という流れにすらならなかった。


 「これが似た者同士か」


 「まぁ、私は初めてだから仕方ないわ」


 「心か弱い私は銃を持てませんから当然ですね」


 「普通に難しかった。私苦手かも」


 音川と久下が素直にならない中で、成川だけは素直に無理だと認めた。


 「面白いなぁ、嬢ちゃんたち。立て続けにいいもん見れたお礼に、この祭り限定の扇子をやる。ほら、兄ちゃんも」


 「えっ、いいんですか?」


 「当たり前だ。久しぶりにいい客に出会えたからな。特別あげられるもんはないが、これくらいならな」


 「ありがとうございます」


 「やったぁ!扇子ゲットー。ありがとうございます!」


 「おうよ!また来てな!」


 「はい!」


 音川と久下に比べて圧倒的な陽気さを誇る成川は、こういう感謝の場でとても重宝される。相手からしても、こんなに嬉しそうにはしゃいで別れてくれると、やり甲斐を感じて嬉しいんじゃないだろうか。


 俺だったらそう感じてるだろうな。


 そんな成川と共に全員店主に一礼して、射的屋台から離れて行った。

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