体重
そんな下僕に染まったような思い込みをしながらも、箸は止まることを知らないで食べ進めていた。
「監禁されたらお見舞い行くよ」
「お前も一緒に監禁されろ。いや、お前だけ監禁されれば問題ないだろ」
「確かにそうね。碧だけ拘束して監禁しようかしら」
「1つ増えてるよ」
それだけ下僕に近づくなという意思表示かもしれない。
「こんな話してる時も久下はずっと食べてるな」
「美味しいので仕方ないですよ」
そこにある本心からの笑顔。最近よく見る闇深い笑顔ではなく、目の奥まで透明に澄み切った綺麗な笑顔だった。久しぶり見れて心が浄化される。
「美味しいからって食べてたら、太ること気にしたりしないのか?」
「しないですね。私、太りにくい体質なので」
「私も同じよ。太りにくいから、体重も軽いわ」
46kgだと聞いたことがある。161cmでの体重にしてはとても軽い。筋肉が少ないことが最も軽い理由として挙げられる。
「羨ましいよねー。普通の体質の私からすると嫉妬で狂いそう」
「確かに。3人の中でお前が1番太ってるもんな」
「はぁ?!信じらんない!女の子に太ってるとか言うのは人としてどうかと思いまーす!」
「そんな怒るなよ。どうせ50kgとかだろ?」
「えっ、ピンポイントで当てるのキモい」
一瞬で変態を見る目になった。
「奇跡だな。でも50kgなら平均より全然下だろ?」
「それでも莉織より重いもん」
「謎にプライド高いな」
けれど、音川の足が悪いということを考えず、普通の人間として勝負しているのはやはり親友だ。平等公平に勝負して負けている。だから嫌なんだと、幼い精神の成川らしい矜恃だ。
「体重なんて気にしても無駄よ。現状私たちは綺麗なスタイルをしているんだから」
「そうですよ。体重はただの数値です。肥満じゃなければ気にしなくていいんですから」
「それをあんたたちに言われると釈然としないよ」
それでも気にしてはないだろう。ただ音川に負けているだけで、平均と比べれば圧倒的下。脂肪もそんなにない腹部をしているのは、お泊まり会の時に知っている。今既に落ち着いた様子なのも気にしてない証拠だ。
「それにしても、夏祭りって食べ歩きの他にすることってないのか?」
「雰囲気ぶち壊すようなこと言うわね」
「でも分かりますよ。夏祭りが楽しみだと思うのは、好きな人と一緒に来たり、好きな人と結ばれようとしたり、好きな人と関係を深く結ぼうとする付加価値のようなものがついて更に楽しくなるというイメージがあります。なので、恋に全くと言えるほど無頓着な私たちには、そういうドキドキが足りないのかもしれません」
久下の言うことでスッキリした。俺の中での夏祭りのイメージは、テレビやスマホで調べたことで偏見として作られた。そのイメージは、やはり恋人と来たり家族で来たりと、何かしら愛に関しての関係が強く印象づいていた。
そんなとこに恋愛無頓着集団が来て、友人として思い出を作ろうとしたら、恋愛するという視点では物足りなさが生まれるんだなと理解した。
「夏祭りは学生にとって大きなイベントですからね。それこそ、クリスマスやバレンタインデーよりも恋模様は強いと、個人的に思います」
「へぇー。成川も久下も、そんなに恋愛興味ないんだな」
「する機会がないだけだよ。後、そういうの苦手」
男が苦手な成川は恋愛も苦手。しっかりとした因果関係だ。
「私はしたいというか、いつの間にか恋してることに気づくような恋をしたいですね。今はあからさまに私に好意を持って接している人ばかりなので、それだと刺激がなく面白くありませんから」
もう飽き飽きしたのだろう。他人から好意を向けられて、関係を持たれるようなことは。だからそれに気づかず、苦労もなくいつの間にか幸せを掴めるような瞬間が訪れることを願う。
「相当モテるのね。よかったわ、人を避けるよう自分を殺してて」
「音川も人気だろうしな」
その点、足が悪くても庇護欲の湧く男は多いからこそモテただろう音川は、先に人から嫌われるよう行動していて大正解だ。
「でも最近は落ち着いてるけどね。もう高校生活も半分終わったし、私たちがどういう人なのか理解もし始めたっぽいから」
「そのタイミングで長坂くんと音川さんと出会えたことは僥倖でした。こうして気にすることなく楽しめてますから」
「つくづくタイミングが良かったな」
俺たちからしても、成川と久下に出会えて仲直りしたことは僥倖だ。そのおかげで、こうして今を充実させて、幸福だと感じることができているのだから。
「だから七生はその点、男としては結婚したい相手に相応しいと思うよ。こうして関われてる時点でね」
「下僕として生涯を共にする気は皆無だけどな」
「そもそも私の監禁部屋から逃れられると思っているの?」
「だってよ。俺は生涯自由を奪われるから結婚は諦めろ」
「ふふっ。その監禁部屋を眺めながらご飯食べると、きっと倍以上に美味しく感じますよね」
「……お前が1番怖い」
成川も音川も心底悪を抱えた社長令嬢という感じだが、最も悪なのは風采からは想像できない闇を抱えた久下だ。幼い頃に何があったのか、高校生になって視線を浴びることでストレスの限界値に達したか。とにかくニコニコした双眸の先に負の滲みが見えるのは、相変わらず恐怖だ。




