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気遣い




 「沢山買ったねー」


 歩き回って購入した数にしては少ないが、食べる量として考えるなら沢山に当てはまる。栄養バランスなんて考えない夏祭りらしい種類だ。


 「長坂くん、重くないですか?」


 「重いけど全然持てる。心配ありがとな」


 「七生、重くない?大丈夫?」


 「重いし、お前に心配されても嬉しくない」


 「これが私と結の差だよ。見た目で区別してるの?それとも性格?どっちにしても差別は最低だよねー」


 「日頃の行いから見直したら、それを差別と呼ぶには都合がいいことに気づくと思うぞ」


 自分のことは棚に上げる女。それが成川碧。自分の最低発言に気づけば、少しは俺にも優しくしてくれるだろう。起こりえない話だが。


 「そんな喧嘩は置いておいて、疲れたからベンチで休みながら食べるとしましょうか」


 「そうですね。お腹も空いてますし」


 俺含め全員が疲れた。人混みと暑苦しい浴衣での長時間歩行。日頃から不慣れなことをしている音川は特に、その疲れが強そうだった。だから、休憩する場所があるのはよかった。


 ベンチが1基。その前にテーブルが1卓ある。向かい合うようにベンチが2基備え付けられている場所は人で埋められていて座れない。だから仕方なくそこで休憩するため向かった。


 「これ、1人座れなさそうじゃない?」


 到着してから成川が気づいた。その通りで、平均より細い3人が横に並んでもギリギリ座れる大きさだ。それならば自然と選択肢も絞られる。


 「俺が立つから、美しいお姫様たちは座ってくれ。あっ、これは絶対に譲らないから反対は受け付けないからな」


 先に封じる。この中で最も疲れていないのは俺だ。他3人の疲労度は知らないからなんとも言えない。だからこそ、俺が最も疲れてないと思い込める。そういうことにする。


 しかし、珍しくそれに反対する者も居る。


 「それはダメ。あんたこそ荷物持ったりしてくれたんだから座るべきだよ」


 「……お前、ホントに成川碧?」


 「心外なことを思われてるようだけど、私は成川碧だよ」


 優しさはあっても、俺に対しては常に反発するやつだと思っていた。だから不意の優しさは心に沁みる。


 「ほら、早く座ってよ。地べたに」


 「お前はホントに成川碧だな」


 ベンチとは言われてない。確かにそうでも、ここではベンチと思うのが普通だろう。そもそも座って動く気配すら見せなかった違和感に早く気づくべきだったな。


 「いぇーい」


 ピースを向けてきた後、手のひらを見せる。タッチを求められていたので、この前のように力を込めて叩いてやった。するとパチンっ!と痛い音が響いた。しかし、痛いと叫ぶことはなかった。


 音川と久下、俺と成川。謎のタッチが生まれているのは日本人特有なのか。多分仲のいい俺たちだけの奇行だろうな。


 「それ以上仲良くしてるとホントに拳出るわよ。久下さんもお腹空かせて気絶しそうだから、いつの間にか食べ始めてるし。貴方たちも食べなさい」


 嘘か本当か分からない脅し。普通嘘だって分かるが、最近の音川のことだからあやふやだ。


 「久下って影薄いんだな。いつから食べ始めてたんだよ」


 「一緒に食べ始めようかと思ったんですけど、長坂くんと成川さんの喧嘩を見ながら食べたいと思ったので、喧嘩始まる瞬間からですね」


 「はい、七生が悪い」


 「立ってる俺の方が何しても有利だって忘れんなよ?」


 「何もされないって信じてるから大丈夫」


 「都合のいいやつめ」


 お茶をかけることも、顔にお好み焼きを叩きつけることも可能だ。しかしそれをこんな場所でしてなんのメリットがあるというのか。楽しむ場に場を乱す存在は不必要だ。よって俺は何もしない。ここがもし俺の部屋なら、予め準備して生クリームくらいは顔面に擦り付けていた。


 「早く食べないと冷めますよ?」


 「美味しー!」


 俺との会話を終えると成川はすぐにお好み焼きを食べ始めた。だから久下の一声は俺に対して。


 「そうだな。それじゃ、いただきます」


 3人揃えるつもりなくお好み焼きを先に食べている。流石は親友たち。ならばそれに乗っかって俺もお好み焼きから食べた。


 立って食べるから、座って黙々食べる3人がよく見える。そして当然だが思うこともあった。


 「こう見るとお前たちってやっぱり可愛いよな。いつもは騒がしかったりワガママだったり命令したり、俺に対して辛辣なのに、こうして見ると普通の可愛げあるやつらなんだなって思う」


 疲れて元気が少し失われた今、静かに食べている絵面は見応えがあった。パクパク食べて頬を膨らませ、美味しい時はしっかり顔に出す。普段俺は見れない、しかしクラスメイト男子が見ている可愛らしい部分。やっぱり普通じゃないな。


 それに対して、お茶を飲んで音川は言う。


 「ギャップ萌えを狙ってるのよ」


 「疲れてるだけだろ」


 ギャップ萌えなんて狙う性格じゃないことくらい知っている。


 「こんな私たち見なくても、いつも可愛いと思ってくれないの?」


 「え?お前には思いたくない」


 「クソ野郎め」


 そんな暴言を吐きながらも食べ進めるお好み焼き。声では可愛くない発言が飛ぶが、それに反比例するかのように食べ方はとても綺麗。寄せ箸涙箸といった行為は当然せず、手を添えて食べる所作は美しい。


 そんな驚きを覚えていると、流れで今度は久下から聞かれる。


 「なら、私には思ってくれますか?」


 「それはもう、久下はいつも可愛いと思ってる」


 「ふふっ。ありがとうございます」


 「主様ー、下僕が差別して浮気してるんだけどー」


 「構わないわ。家に帰って躾し直して、その後半年は監禁するから」


 「俺は下僕でも一応法律にバックハグされてるからな」


 本気だったらどうしようか。逃げ出す方法を今から考えるのは、夏祭りを最後まで楽しめないから家に帰ってからだな。でも家に帰ったら躾が始まるのか。詰みだな。

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