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無理は




 お好み焼きが好きなのは反応で分かった。こんな様々な屋台の匂いが入り混じる場所で、近くに来てやっとハッキリと香った匂い。とても食欲を刺激する。


 「結ってお好み焼き好きだよね。なんで?」


 「美味しいからです。特別な理由は何もありませんよ」


 「美味しいって思う中でも特に美味しいって思うってこと?」


 「そんな感じです」


 視線は常にお好み焼きの屋台と行列に。成川との会話なんて心底どうでもいいような対応に、しかしこれが普通の対応なんだと成川の普通そうな表情から察した。


 久下も耽溺というほどでもないが、何かに気を取られて片方を疎かにしてしまうことがあるんだと、人間味を感じた瞬間でもあった。


 「全員食べますか?」


 その問いかけに俺たちは全員頷いた。


 「なら私が並ぶので、皆さんは近くで休むか何か探すかしててください」


 「あんた1人は心配だから私も一緒に並ぶよ」


 「なら私たちは邪魔にならないよう屋台の隅で待つわ」


 「分かりました。ありがとうございます」


 そうして成川と久下は最後尾に向かった。長さから予想すると5分待ち程度だろう。それなら待つことは苦ではない。


 「行ったわね」


 「お前も並びたかったのか?」


 少し寂しそうだったから聞いた。


 「いえ、並びたくはないわ。でも、私は常に片手が使えないでしょう?だから買った物を持てない。それは少し申し訳ないなと思ったのよ」


 「なるほどな。でもお前は自分の分は持てる。それで十分だろ。普通に考えて、他人の分は持たなくていいんだからな」


 音川は優し過ぎる。だから今も、誰かの分も持つことを前提に買いに行くことしか考えられない。だが普通は自分のだけでいいんだ。他人のために、と考える必要は全くない。


 「……それは……そうね」


 「それに、俺はお前の付き人。従いたくて支えてるんだから、持ち物も列に並ぶのも、俺に任せていいんだからな」


 下僕と言うくせに、扱ったことは数える程度。それもワガママの範囲でのこと。善人の性を隠しきれない音川らしい悩みだ。


 「今思えばそうよね。貴方は私の下僕。私が悩むことじゃないわ」


 「そうだ」


 「いつもありがとう。そうして優しく支えてくれて」


 「おかしいな。優しくしてるつもりも、支えている実感もないんだけど。まぁ、お前がそう言ってくれるならそうなんだろうな。どういたしまして」


 「ふふっ。そういうとこも好きよ。あっ、私となら結婚してくれるかしら?」


 流れで成川の雰囲気を思い出したのか。好奇心の笑顔から三度目の求婚をされる。音川からは一度目だが。


 「流行ってんのかよ……」


 「どうなの?」


 「するともしないとも言わないのが答えだ。成川に対してもそうしてるようにな」


 「逃げたわね」


 「未来は不透明だからな、とでも言っとく」


 この先の関係によってどう変化するか未知だ。だから今から早計に結論を出すことはない。勿論冗談で聞かれているから冗談で返すこともできた。しかし、しないと答えるには成川とも音川とも関係が深すぎた。


 「それだけでもいい答えを聞けたと思うわ」


 「よかった」


 結婚よりも俺は恋愛に関して特に興味が薄い。幼い頃から常に頭の中には人の命を守ることだけがあって、15歳で死ぬと言われ続けたことにより、未来を捨てる選択をして感情も無駄な部分は削られた。


 だから好きということが分からない。これから知れると喜ばしいが、知りたいと無理に行動することはない。もし芽生えたらラッキー程度の軽い感覚。だからいつか本気で恋をしたいと思う時が来るなら、きっと想像以上の感覚なんだろうと思う。


 「今はまだ疲れてないか?」


 楽しそうに笑う姿に疲れは見えないが、絶対じゃない以上気にする事は悪いことじゃないだろう。


 「んー、正直坂道で疲れたわ。人混みもこんなに激しいと、不慣れが祟るわね」


 体力が少ない音川には、浴衣を着て坂道を歩くという行為は大変以外の何でもない。更に人混みで疲れるし、暑さは増えるばかり。夏祭りとやらも命懸けだな。


 「そうか。無理はするなよ?」


 「無理をして楽しむのはダメ?」


 「……いいや、お前が楽しめると思った行動に俺は反対しない。サポートは万全にするから」


 「嘘よ。限界は知っているつもりだから、貴方も無理をしたらダメよ」


 「了解」


 判断が難しいことばかりだ。楽しみたいから無理をする。しかし無理をしてしまって体調を崩してしまえば本末転倒。塩梅を考えて完璧に思い出に残すには、それなりの苦労が必要だ。どこの世界も完璧はハードルが高いな。


 「ふぅ……疲れるけれど楽しいわ。ここに来るまでに話したことですら面白かった。来てよかったわ」


 「これからもっと楽しくなると思うけどな」


 「ならその景気づけに、疲れを癒してくれる?」


 「魔法は使えないぞ」


 「いいえ、使えるわ。私にだけ有効な」


 そう言うと音川の頭が俺に向けられる。


 「こんなので魔法になるなんて夢がないな」


 「そうでもないわ」


 よく分からないが、人は撫でられることで元気になる、ということだろうか。だとしたら、使用し続けると相手に効果が薄くなる魔法のように、これもまた効果を薄くするのだろうか。摩訶不思議なこの世界の、いや、音川へ有効な魔法は、今後解明するのに面白そうではあるな。


 撫でるだけなら容易いこと。右手を伸ばして丁寧に疲れを吹き飛ばすよう撫でた。


 「ありがとう。疲れが取れるわ。――2人ともおかえりなさい」


 音川を見ていて気づかなかったが、成川と久下は隣並んで歩いて戻って来ていた。成川の左手にビニール袋が提げられている。それなら誰が行ってもよかったな。


 「ただいま、仲良しお2人さん」


 「結局1人でよかったな」


 「そうですね」


 「高飛車の権化が袋持ってるってことは、どっちが持つかの勝負で久下が勝ったのか?」


 「おぉ、流石長坂くんです。大正解ですよ」


 「私へのイメージが悪いことだけは分かったよ。これは私が持つって言って自主的に持っただけ。結に持たせると袋破れるから」


 身長的に、ということだろう。


 「正直になりなさい。負けず嫌いはよくないわよ?」


 「何も言ってないのに勝手に敗北者扱い。これが因果応報ってやつですか。別に気にしてないけど」


 善行すら認められない。結構不憫だが、その状況を作り出したのは紛れもなく成川本人。こんなに綺麗な因果応報を見たことはない。


 「ほら、どうせまだ買うのあるんだろ?冷めないうちに行こう」


 そう言って成川の提げていたビニール袋に手を伸ばす。渡せと。


 「あんたに渡したら、ホントに荷物持ちにしようとしてたみたいになるから大丈夫だよ」


 「しっかり気にしてるんだな。でも、これから沢山買うつもりなんだろ?できるだけ軽いの持たせたい俺の優しさを受け取ってくれ」


 「……あんたってホント不思議。本音を言う時は常に下から目線って感じで優しいよね。結婚しよ?」


 「結婚したがるお前の方が不思議だ」


 そうしてビニール袋を受け取る。4つのお好み焼きがあるので、それなりに重い。


 「今日何回求婚するつもりなんですか?」


 「無限」


 「恥ずかしくて一緒に居られないわよ……」


 確かに頭のネジが吹き飛んだ成川は、誰にだって制御不可のようだ。


 そんなこんなで、俺たちは暴走している成川を連れて屋台を巡った。焼きそばとりんご飴、そしてお茶。俺の両手はそれらで使えなくなってしまったのだった。

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