ぶっ壊れ
その笑顔を不思議そうに見つめる3人。しかししっかり歩いていて、もうすぐ目的地の第三の鳥居を通り過ぎようとしていた。だが、3人の顔は驚きが含まれていて、俺は意味も分からず首を傾げていた。
「……何?」
その問いに答えるのは音川だ。
「……いえ、ドMのような反応に驚いたんだけれど、1番驚いたのは……貴方が笑ったことよ」
「俺が笑ったこと?」
ドMは分かる。罵倒したのに嬉しそうに笑うのは、誰から見てもそういう趣味を持った人と思うだろうから。しかしそれよりも、俺が笑ったことに驚きを見せたと言う。それを聞いて俺も自分の過去を遡った。そして思う。確かにその通りだと。
「私も今貴方の笑うとこを見て気づいたくらい、意識してなかったことよ。でもそれを見てから一瞬で気づいたのよ。貴方って陽気で適当でヘラヘラしている雰囲気があって、それでもしっかり者で真面目なとこもある人じゃない?」
「何故か褒められてる気はしないけど、うん」
「なのに貴方が笑うとこを見たことがなかったのよ。いつも笑っているように思っていたけれど、記憶を遡れば一度だって私の前で笑い声出して笑ったことはない。だから今この瞬間、怖いくらいの真実に気づいたようで少し私も驚きを隠せないわ」
言い終えても驚きの面影は消えない。だが、その通りだと俺も今理解した。この世界に来て3ヶ月以上になるが、俺は心の底から一度だって笑ったことはない。
微かに笑みを零した時はあった。音川と出会ってセラシルの面影を感じた時や、音川がハンバーガーを食べて笑った時に。しかし、楽しい面白いと思って声を出して笑ったことは皆無だ。自分でも気にしてなかったから、言われて初めて気付かされた。俺は今この瞬間、初めて笑ったんだと。
「私だけかと思ったけど、一緒に住んでる莉織もなの?それって凄くない?今日雪降る?」
「私も今気づきました。そんな笑顔を見せる人だったとは、少しどころか結構驚きです」
反応は本物だ。それぞれが感じた俺の笑顔に、物珍しそうに見ては驚くだけの時間。
「言われるとそうだな。なんか今まで笑ったりしなかったけど、今のは理不尽過ぎて笑ったんだと思う。そう思うと、笑わなかった俺が笑うって相当なんだな……」
セラシル相手には何度か笑った記憶がある。それでも結構前のこと。代償を感じ始めて以降は、笑ったかどうかあやふやだ。それくらいの俺の笑顔。たった3ヶ月で出されるとは、俺も適応が早くて、適応を早くさせた3人の相性がそれだけのものだと語っていて、多分この世界に来て1番の驚きだ。
「いやぁ、めちゃくちゃよかった。普段神聖なる私の体に触れる男子多くて、執拗に話しかけてしつこく関わろうとする男子も居て辟易してたんだけど、今の笑顔を見て全部吹き飛んだ。なんか癒されたって感じ。普通の男子とは違うとは思ってたけど、やっぱり七生って凄いよ。もう一生一緒に居たい。結婚しよ?」
「何言ってんだよ」
「落ち着かせるために首絞めるわよ」
「音川さんが落ち着いてください」
暴走気味の成川だが、本気で言ってそうなくらいの勢いなので忘れることにする。日頃から男子が苦手という性格上、どうしてもクラスメイトや同学年の男子に人気があることでストレスはあるのだろう。
しかも親友久下と一緒なら尚更。それがどれだけのストレスか、今の暴走を見て垣間見た気がする。
音川の暴走はいつも通り。依存による独占欲というやつだろう。これもまた後々解消するとして、今は無視して大丈夫だろう。
久下だけはいつもと変わらない。可愛らしい147cmの癒し枠だった。
「不意の笑顔は万能薬になるのにー。私が欲しい、莉織の付き人」
下僕からランクアップしているのは、それだけ求められているということか。
「私の付き人よ。そもそも仮面を外して、嫌なことは嫌って伝えれば終わることじゃないかしら?」
音川からも、付き人へとランクアップしたことから本気度が伺える。下僕扱いから解放されるのは結構嬉しい。
「そうしたら私のイメージ壊れるし、悪口言われるじゃん」
「それは……んー……」
親友居るからいいじゃん、とは言えない。学校はクラス活動や隣の席の人との関係を多く求める交流の場でもある。そこで確実に親友と一緒に活動することはまず不可能だ。だから体裁を保つことは必要なのだ。
音川のように初めから人を避け続けた例外以外は。
「まぁまぁ、二学期からは私たちも音川さんと長坂くんと関わることが増えますし、今は気にすることでもないと思いますよ」
「そうだぞ。暇ならいつでも相手してやるから、音川の席に来て文句でも何でも言ってくれ」
「それくらいなら私の下僕も貸すわ」
たった一度の付き人呼び。噛み締めよっと。
「それもそうだね」
「はい。そんな子供っぽく不貞腐れないで、今は夏祭りに来てるんですから楽しむことだけ考えましょう」
「一言余計なんですけど」
「何のことでしょう」
日頃の恨みというよりかは、先程の恨みだろう。早速投げ返されるとは。
「さて、喋り疲れて足も疲れてきたら、ようやく目的地よ。しんどかったわね、ホントに」
それでも疲れを見せない音川は、ただこれから何をするのか楽しみにしている様子だった。
「これから食べて食べて食べまくれば、しんどいこともなくなるでしょ」
「お腹空きました。何を食べましょうか」
時刻は18時半前。晩御飯にしては丁度いい時間帯だ。何を食べるか屋台を見渡して決めるとしよう。