矛先
何故か始まった選手権。似合っているかどうかの判断だけなので、既に俺の結果で全てが決まる状況。誰が勝ちで負けで高みの見物をするのか、それらを俺が決める。俺に何のメリットもないが、仕方ないのでここは見た感じで答えるしかなさそうだ。
「もういいのか?誰が1番なのか言っても」
「いいよ」
主催者から承諾されたので、俺の意思に従って決めた順番を伝える。
「1番は音川、2番は久下、3番は成川だな」
成川と久下を見た時から1番は決まっていた。やはり音川の浴衣姿は似合っていて、普段付き合いが長い分、綺麗だと思うことが強くて魅力に惹かれた。だからこの順番だ。
しかし差は皆無に等しい順番だ。3人共に私服や寝巻き、制服では感じられない色気など含めると、俺の価値観では平行線だ。
全員似合っていて美しい。これが答えでいいと思うんだけどな。
それでも優劣を決めたい3人は勝負を望んだ。そしてそれぞれ結果に反応する。
「ほら、忠告を守っていればこんな悲惨なことにはならなかったのに」
ドヤ顔で心底満足そうに上から目線で言い放つ音川。その先は主に成川へ向いていて、殺傷力の高い攻撃なのは間違いなかった。
「有り得ねぇー。審査員買収されてるんじゃないの?それとも視力が悪くて可憐な美少女見えてないのかな?取り敢えず審査員は頭がおかしいぞー」
「お前が一生独身の未来が見える」
不貞腐れた態度で納得いかないと審査員をディスる成川。常に勝負に自信があって勝手に俺を巻き込んで始めるのも自由だが、付き合ってあげてる立場からすると、それで不満を言われると成川をイジメたくなる気持ちも湧かなくもない。
しかしそれはそれで受け入れてくれるので、冗談の範囲と思えば何も気にすることではない。
だから今回の勝負で最も不満を見せることもなかった。では誰が不満を募らせたか。それは常に2番で勝負を終える久下結だ。
「長坂くんは、私を2番にすれば怒らず受け入れて、2人の煽り合いを見れるからって適当につけてませんか?」
「それは違うけど……そう思われても仕方ないな」
完全に無意識だ。久下は最下位が似合わないからと思っていることはないし、1番にしても面白くないと思ってもない。だから普通に選んだのだが、久下にとっては適当に扱われているようで気に食わなかったのだろう。
「普通に決めてたら、久下がいつも2番になってただけだ」
「本当ですか?」
「ホントだ」
「いいじゃん、2番が似合う丁度いい女ってことで。最下位にならないんだし、お似合いだと思うよー」
自分の最下位は認めないのに、2番の久下は認める。都合のいい頭をしていて人生が楽そうだ。
「確かにそうかもしれません。着付けに2時間費やして3位になった成川さんより、45分費やした私の方が似合っているということを知れただけでも、2位に居続ける価値はありますから」
「――なっ!?」
45分と刻んだとこ、若干負けず嫌いが漏れている。
「2時間?私ですら1時間半よ?」
「相当なダメージだな。頑張ったのに似合ってない評価されるなんて。悪かったな」
「べ、別に?不器用なだけだし」
「お前も十分綺麗だから気にすんなよ」
流石に似合ってないと言うのは酷な話だ。せっかく楽しみにしていた夏祭りに、不器用が嘘か本当か関係なく、着付けに時間を費やしたのなら、それは褒めるべきだ。そもそも3人共に綺麗だから、嘘でもなくご機嫌取りで言ったんじゃない。本音から伝えた。
「なんか負けた後に言われると悔しいんだけど。まぁ、嬉しいけどさ」
「長坂くんの優しさに免じて殴ることは止めておきます」
「勝負始めて何もいいことなかったわね。不運に取り憑かれてるんじゃない?」
「取り憑かれてたら今頃、結に殴られて莉織に罵倒されて七生に愛想尽かされてるよ」
「確かにな」
よく俺たちのことを理解している。その通りだ。
「はぁ……勝負しなければよかった」
「次は確実に勝てる勝負をして煽り始めるといいわよ」
そんなアドバイスをするが、成川は勝ち負けに関係なく煽るだろう。負けても勝ってもそれでいい。ただ、勝負をしながら煽ってその場をその瞬間楽しみたい。そんな思惑があることを、既に音川も気づいている。それが成川碧だと。
「まっ、次は私が勝つけどね」
「懲りませんね」
「負けたいのよ。頭悪いから」
散々な言われよう。このストレスを俺にぶつけているのだろうか。日頃の喧嘩の原因は意外と身近に理由があるのかもしれないな。
元気が戻っていつも通りに。そうして人混みに紛れながらも俺たちは坂道を進んで行く。
「この時間帯から増えていくんだな。やっぱり祭りは夜ってイメージか」
「あんたの中では違うの?」
いつも成川と会話する時は喧嘩の準備のように荒々しい言い合いからはじまるので、今のように優しい成川が顔を出して会話をしてくれると調子が狂う。
「いや、同じだな。ただ経験したことないから、イメージ通りなことに感動してるんだよ」
異世界という名の病院に居たから、この日本という国の祭りを経験したことがない。そして見たことがなかったから、左右に灯る提灯にすら美しいと感想を持つくらい今の俺は感動している。
「そっか。あんたは短命の病だったね。治ってよかったじゃん。夏祭りと打ち上げ花火を、こんな可愛い私と見れるなんて」
これが成川のいいところ。気使いをしれっとしてくれる。自分の性格に合わせて、素直になれないから自分の魅力を伝えつつ、その上でよかったねとも伝える。いい友人だ。
「正確には私たち、でしょう?」
「そうですよ。1人だけ可愛いと自惚れないことです」
全員が容姿の良さを理解していて、しかし可愛いとか思ったりすることはない人たち。以前そう言っていたが、さっきの音川を始めとして、3人共に自分の容姿に関して認め始めたのだろうか。
だとしても、俺にはそう関係ないことだが、3人がここ最近で「別にいいかなって思って」ということが増えたのはいい事だと思う。顔の良さを自覚することで武器にされるのは困るけど。
何にせよ、今の発言は冗談だと思うが。
「仲が良いのか悪いのか、親友ってこんな感じなんだな」
各々悪い部分も見せながら、時には辛辣にも適当なことを言ったりして敵を作る。俺の思う親友とは少し違っていて、しかし今では普通だと思うようになった関係性。やはりこの世界に来てから、俺にとって普通じゃないことが普通になっているようだ。
飽きなくて楽しいものだ。
「多分、この夏祭りに来てる人たちの中で私たちが1番仲が良いと思うよ」
「同意見です」
「そうね。私もそう思うわ」
数秒前は喧嘩していたのに、ここでは一丸となる。情緒不安定のトリオは、俺にとってこの世界での最大の安心材料だ。
「だったら、目的地着いたら1番楽しめるのも俺たちだな」
そう思って、気分よく友人たちと、いや、親友たちと屋台の広がる広場へ向かおうとした。しかし。
「あら、いつから貴方も親友の枠に含まれていると思っていたの?」
「自意識過剰は恥ずかしいよ。あんたは下僕なんだから、『私たち』の中に含まれるわけないでしょ」
「仲間入りしたい気持ちは分かりますが、流石に親友と思って長坂くんと一緒に夏祭りを楽しめるとは思えません」
こいつらはいつだって団結力が高く、俺を弄ぶことに全力になる。それを親友と言ってもいいと思うんだけど。
「ははっ。お前たちのことが大嫌いだ」
心の底から出た笑い声と、偽りの発言だった。




