勝負
小さな山の中にある大きな神社にて行われる夏祭り。そして打ち上げ花火。それらを経験してこれまでで最大級の思い出にしようと足を運んだ俺と音川。
人がまだ集まらず少ない第一の鳥居の前で合流しようとしていた俺たちは、18時前にその場に到着した。そしてそこには当然のように、残る2人も浴衣姿で待っていた。
「あっ、来た」
予想通り、最初に見つけてニコニコするのは成川だった。
「間に合うなんてしっかり者じゃん。たまには使えるんだね、あんたも」
「出会って早々なんでお前から下僕扱いされないといけないんだよ」
「アロマの敗北者から譲り受けたから私の下僕だよ?」
驚いたように真顔で言われると、喜びのメッセージが脳裏を過った。
「だったら回収しに来るぐらいしろよ」
「えぇー、下僕は自分の足で歩いて来いよー」
右頬をツンツンして煽ってくる。
「はぁ……バカ同士の会話は分からないわね。何故いつも喧嘩を始めるのかしら」
「どちらかと言うと成川さんが問題なだけで、長坂くんは悪くないと思いますよ」
そんな俺たちを眺めて高みの見物。学年2位にしては俺に毎回喧嘩を売ってくる頭の悪さをしているので、被害者としてはその頭の悪さで被害を受け続けるのは辟易する。成川の取扱説明書も欲しいな。
「まぁ、何はともあれ、無事に合流できてよかったです」
「無事?莉織と七生は知らないけど、私たちはナンパされたんだから無事じゃないでしょ。ねぇ、凄くない?ナンパされたんだよ?あははキモかったぁー」
これは本気で嫌悪している時の成川。笑い声が笑い声ではなかった。
「でも元気そうだな。撃退したのか?」
「はい。突然話しかけられたと思えば、同時に肩に手を置いて話し続けたので、後はちょちょいのちょいです」
「面白かったよ。嫌悪感丸出しで『触らないでください』ってその手を思いっきり叩いた時は見てて最高だったもん」
「正しい行為よ。よくやったわね」
右手に巾着を提げているが、持ちながら久下に手のひらを向けてタッチした。結構こういう行為を音川と久下の間でするようになっているので、今は違和感なんてなく可愛いが渋滞している程度に思うだけ。
「やっぱり久下は魅力あるもんな。でも成川はチョロそうだから狙われたんだろうな」
「チョロそう?よく言うね。この中で1番あんたを嫌ってるのは私なのにねー」
「それは嬉しいな」
嫌いな分、遠慮をしない相手としては1番好ましい相手だ。
「でもチョロそうとか関係なしに、ナンパってホント面倒だよね」
これもまた本音の成川。嫌悪感を抱いた相手にはとことん抱き続けると久下から聞いているから、男が苦手な成川らしい目の奥の負の滲みが見えた。
「でもこれからは長坂くんが居るから、私たちは楽しむことだけに集中できるわ」
「俺も楽しむことに集中できるから、俺のことは気にしなくていいぞ。なんなら1番楽しむ気だからな」
「私が1番楽しむけどね」
「毎回張り合おうとすんな」
見た目は久下が1番幼くても、心は成川が1番幼い。それでも今を楽しみたいと思う気持ちの差は4人に大差はない。張り合おうとする気持ちも分かるから、俺も案外子供なのだろう。未知に飛び込みたくなる好奇心は、子供故に抑えられないのだから。
「それじゃ行きましょうか」
階段と階段なしの坂道がある。当然俺たちは坂道を選択。意識したのではなく、ただ偶然のように。
「と言ったのはいいですが、少しでも坂道があるのは大変ですね」
第二の鳥居まで約30mで、目的地の第三の鳥居までは第一の鳥居から約70mもあるらしい。その間、傾斜は緩やかとはいえ、坂道を歩いて行くのは疲れてしまう。それを避けたい気持ちはよく分かる。
「誰?ここを合流地点にした人は」
「七生」
「お前だ成川。人のせいにすんな」
即答で罪を擦り付けられるので、更にそれに即答してやった。
こいつに罪悪感はないのかよ……。
いや、少しはあるようで、言い訳を言い始める。
「ごめんて。でもさー、ここの方が人少ないし、集まりやすいと思ったんだよね。しっかり調べた上でのことだから赦して」
人の多くは第二の鳥居から第三の鳥居にかけて集まる。駐車場があって、坂道も短いからだ。楽を求める人間にとって自然の成り行きだ。それを考慮して第一の鳥居にしたのは、正直俺も賢い選択だと思った。
「私は赦しません」
「私もよ」
「なら俺も」
「クソ野郎共め!」
赦すもなにも怒ってないし迷惑だとも思ってない。だが成川は不満を口にした。女子からは聞けないような単語に付き合いの良さを感じる。
「そろそろ人に聞こえるので、そういう暴言は言わない方がいいですよ。社長令嬢として」
「そういうの考えて喋ってるから大丈夫でーす」
友人としての空間は友人としてある。そういうことに配慮可能なら、人として下僕に対しても善を感じさせてくれてもいいと思うが。
「人増えて来たな」
進めば進むほど、第二の鳥居から前に進もうとする人たちが増えているように見え始める。子連れが多く、若い男女もやはり多い。ショッピングモールと違うのは、年寄りも多い事だ。老若男女全てが均等に見えるくらい、活気に溢れていた。
「避けて通りたいです」
人混み苦手な久下らしい発言だ。
「エスカレーター欲しいわね」
「神社に向かう途中あったら違和感過ごそうだな」
「でもこれを見たらそう思いたくなるわよ」
「それはそうだな」
左右から階段と坂道に向かって来る人が減らない。渋滞しそうなくらいの人の数。しかしそれでも体が接触しないよう人が気を使っているのは国民性というやつか。当たらないのは芸術にも思える。
「それにしても男女関係なく和服多いよね。私たちみたいにガチガチに楽しむ格好してるの少ないと思ったけど、やっぱり人ってたまには頑張るんだね」
「1年に1回行くかくらいの頻度だから、それくらいはするんじゃないかしら」
「思い出を作りたい人も多いということですよ」
綺麗に着飾った私を俺を僕を、いつか思い出した時に楽しかったと思える時間にしたい。その気持ちが強いから、私服に比べて圧倒的に面倒な和服すら着る。人の思いは簡単に図り知ることは不可能だな。
「そっか。それじゃ早速、私たちなりに思い出作ろうか」
坂道を歩き始めてから嫌な予感はしていた。いつかその時が訪れることを、俺は雰囲気で察していたのだ。
「何をするの?」
「決まってるでしょ?誰が1番浴衣似合ってるか選手権」
「……そうなるよなぁ」
3人が種類の違う浴衣姿になっている。それだけでこの変人が何を言い出すかなんて予想はつく。本当は合流した時に聞かれると思っていたが、油断した。ここでその流れになるとは。
「負け戦に挑むのなら好きにするといいわ」
「同じ意見です」
「最近最下位を取った人と、1位にすらなったことのない小学生相手に負けると思わないけどね」
「お前その発言がマイナスになるって思わないのかよ」
「似合ってるかどうかだから関係ないもん」
「そうですかー」
勝負を始める成川もだが、それに楽しそうに乗っかる2人もどうなんだか。
穏便に済めばいいんだけど。




