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夏祭り




 夏の風物詩として学生が思い浮かべるのは、きっと大半が夏祭りと花火だろう。だってテレビを観ればどこかの夏祭りがいつ開催だとか、どこかの打ち上げ花火がいつ開催だとか、そんな話で持ち切りになる。需要があるから放送されているんだ。日本人の頭の中に祭りと花火という風物詩が夏代表だとしっかり根付いている証拠でもある。


 だから、俺たちの普通の日常の中にも、その風物詩を経験したいと思う一コマが浮かぶのも至極当然だ。


 家を出て、歩いて向かう17時。成川と久下と合流する予定時間の18時には間に合う時間帯だ。


 空はまだオレンジ色に染められていて、暗くなる気配すら見せない。同じく海近くの夏祭り会場に向かう人たちは、ハッキリと区別可能なくらい浴衣と甚平を着用して歩いていた。


 そんな俺たちも浴衣と甚平。


 この世界で初めての和服というやつを着たが、実に涼しく風通りが良くて心地いい。隣の音川莉織という主様は見るだけで暑苦しい浴衣だと言うのに。


 「暑いわ……久しぶりに着たけれど、これを夏に着るなんて信じられない……」


 それでも着ようとしたのは、初めての友人との夏祭りだから。思い出を残したいと思う気持ちは誰よりも強いのかもな。


 「直近はいつ?」


 「記憶では10歳の頃よ」


 お互いに着ている和服は、共に5日前に注文を取りに行って購入した和服。つまり音川は、今の体躯に合う浴衣を持っていないくらい過去に着ていたということ。7年近く前ならよく覚えている方だろう。


 「へぇー、その頃も似合ってたのか?」


 「どうだか忘れたわ。あっ、貴方私がこの可憐な姿になってから一度も感想を述べてないけれど、何か言うことはないの?」


 いつもなら着替え終わった後にすぐ聞いてきそうなことを、今になって思い出したように言った。恥ずかしくて聞けなかったのか、それとも忘れるくらい楽しみが強かったか。何にせよ、見た時から思っていた感想をただ口にする簡単なことだ。


 「そうだったな。なら一言――綺麗だ。とでも言わせてもらおうかな」


 普段髪の毛は結うことなく、腰までロングヘアを靡かせているが、今は髪留めを使って後頭部でお団子になっている。そして白色を基調にした青色の花柄の浴衣と巾着は、いつもの音川のワガママでツンツンした態度に似合っている。


 何よりも、それらが似合う風采として存在する音川莉織本人がそもそも綺麗だ。


 だから一言の感想は、浴衣を着たことでつけられた褒め言葉ではなく、元々音川にあって、更にそれが似合ったことによって付与されたいつもの褒め言葉だ。


 それに何を思うのか、音川はその言葉を聞いて言う。


 「ありふれた当然の褒め言葉ね。でも、貴方からそう言われると、普通の言葉も普通以上に嬉しいわ」


 浴衣は人の見る目を変化させる。美しさに磨きがかかったように見える。だから音川の笑顔は、出会った中で最も綺麗な笑顔に見えた。


 可愛いも綺麗もクールも、女の端正な顔立ちってズルいよな……。


 「そうじゃないと、せっかく本音で伝えたことが無駄になる」


 「いつもは本音ではないような言い方だけれど?」


 「最近はいつも本音だ。というか、お前に対しては言いたいこと言ってるし、本音しか言ってない気がするぞ」


 「どうかしら。下僕の戯言は記憶する価値がないから、そんなこと覚えてないわ」


 「なら今後褒め言葉も慰めも何もかも適当だからな。上辺だけの関係で付き合っていこうな、主様」


 「どうせ私の魅力に本音でしか付き合えなくなるわ」


 「んー……確かに」


 否定したかったが、それは無理だと思った。


 何故なら俺は弱い、というか耐性がないから。何がって、それは音川に対してだ。


 こうして普通に男女平等で接しているが、実際内心では性別の区別がないから何事にも動じない性格になっているだけだ。俺の考えでは、男も女も同じ人間としての括りでしかなく、そこに性別云々の考えはない。だから音川や成川や久下と、普通では有り得ない男女の距離感で接している。


 しかし可愛いとか綺麗とか、女相手に持つ特有の価値観を持ち始めると、その価値観を持たされた相手に対して立場が弱くなったように接するようになる。


 騎士の家系に生まれてから毎日のように言われ、セラシルを守るという役目を背負えと根付けられたことで、セラシルという美しい女にだけそうするよう教育された結果だ。それが今もこうして俺の意思に反対して現れるのだ。


 それが今音川に現れている。現在自分自身が付き従う相手として意識しているから。


 ホント、困った教育だ。


 「でも、お前がそうやってずっと自分の魅力に惚れ惚れしてたら、そこに愛想尽かして適当に振る舞うかもな」


 「それはないわ。ホントに私に魅力があると思っているなら、今頃とっくに貴方は愛想尽かしてる頃だから」


 「そうかもな」


 成川も久下もそうだが、自分自身の容姿については可愛いとか可愛くないとかの考えを持たないようにしているのだとか。だから容姿の良さは他人に言われてそうだと自覚しているだけで、基本は無関心。


 一々顔の良さに反応することの面倒があると言っていたが、その他にも関わることの面倒や見られることの不快感から、自分の顔に対しての感想は持たないことにしているらしい。


 だから冗談で鼻にかけたように言うことはあっても、それは本音じゃない。それを知っているから、今更俺も本気でムカつくことはない。


 「今思ったけど、やっぱりお前たちって誰が見ても顔がいいと思うくらいの容姿してるだろ?それなら人が大勢来るとこに来てよかったのか?」


 夏祭りは人が多い。その分見られる頻度も増える。誰かと来る人は、3人の容姿に気を取られることもないだろうが、それでも3人も揃えばそれなりに通り過ぎる人には見られる。それを善悪関係なく嫌悪する3人が、そんな場所で耐えれるのか気になった。


 「大丈夫よ。見られる程度ならもう克服しているし、話しかけてくる人も貴方が居るなら心配してないわ」


 孤独の時は孤独だから気にしてしまった人の目。でも今は孤独とはかけ離れた存在。友人たちと会話するなら、そんなことに意識は割かないということか。先日の雷と同じだな。


 「お前なりに考えはあったんだな。じゃないと乗り気で行こうとか言わないか」


 「正直、見られることは悪くないとも思ってる。以前は足が悪いことや孤独を哀れんだ目だったり、高飛車な態度を嫌悪する目を向けられて鬱屈だったけれど、今はそんな態度ではないしネガティブ思考じゃなくなったから、私が可愛いから見られてるんだって思い始めるようにしてるわ」


 「成長だな。でもお前って、自分の容姿に関して興味なかっただろ?今になって思い始めたのか?」


 「私が可愛いとか考えたくなかったのは、可愛いことで他人からの視線を集めていると思うことが関係していたからよ。でも哀れみの目すら気にしなくなったら、今は私を可愛いと思ってもいいかもって思ったの。貴方のおかげでね」


 可愛いけど足が悪くて残念だよな。顔はいいのに足は……ね。可愛いのに勿体ない。可愛いのに可哀想。


 ただ足が悪いことを憐憫に思う人以外に、多数居たという顔と結びつけて哀れむ人々。そんな人たちと決別できると、胸を張って今度は容姿がいいから見られているんだとポジティブに思考するようにした、と。


 流石だ。出会った頃の曲がらない鉄パイプの決然を持っていただけあって、殻を抜け出した音川のポジティブへの道は、通行止めすら通用しないらしい。


 「俺は別に何も。でも、お前がそう言うなら支えてるって思ってもいいのかもな」


 「支えさせてる価値はあるわ」


 「上からだなぁ」


 ここで前言撤回だ。自分を可愛いと思い、他人の哀れみの目を蹴散らしていく音川は、これから俺に対して容姿の良さでワガママを連発しそうだ。だからこれからの衝撃に備えないとな。


 「だから今日も、私のサポートと皆のサポートを頼むわ」


 どれだけ上からでも、優しさは同じとこから。自分だけではなく、友人すらサポートとしろと。命令なら従うしかないな。


 「了解でーす」


 そんな了解してないような声で応えて、しっかりサポートすることを伝える。


 そうして俺たちは、多分もう合流地点にて待っているだろう2人のとこへゆっくりと向かった。その間、お喋りが途切れることなく。

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