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おはよう




 「ありがとう。機嫌が良くなったわ」


 「それ自分で言うんだな」


 撫で終えると満足そうな笑顔そのままに伝えてくれた。雷も少なくなって、雨音も今では微かにしか聞こえない。怯えることもなくなった今、心の底から安堵していることが影響していそうだ。


 顔色も元通り。普段の音川と比べれば、今の方が英気に満ちているように見えるくらいだ。


 「結局貴方はソファで寝るの?」


 「お前がベッドで寝るならそうなるな」


 「下僕としては正しいわね。私に貴方如きが一緒に寝られるはずもないし、ベッドで寝れるはずもないから」


 「元気そうで何よりだ」


 元に戻り過ぎたか。出会った頃並の辛辣さは感じた。これが飴と鞭の真骨頂だろうな。可愛いと思ったのが間違いだったかもしれない。とはいえ、可愛いと思ったことに後悔なんてないが。


 「でも、今日くらいは一緒に寝てあげてもいいわよ?」


 「それは魅力的なお誘いだな。でも遠慮する」


 「っそ。私と寝れる最初で最後かもしれないのに、勿体ないわね」


 「それは残念だ」


 俺は同じ部屋で誰かと寝れても、真隣は寝れたことがない。セラシルの時だってそうだ。隣で寝ていたのが守るべき人なら、俺の体は過剰に反応して、睡眠中に動いただけで起きる癖がついた。だから遠慮した。寝ないのではなく、寝れないのだ。


 「それじゃ、ベッドを使わせてもらうわ」


 自分の意思で動き出した音川は、ゆっくりとした足取りでベッドへ向かった。先程の布団に覆われて移動した時より断然遅いペース。確か足が悪いだけで、負荷をかけ過ぎると悪化することはないらしいので、それなりに早歩き程度は可能らしい。


 「よいしょ……あー、疲れたー」


 ベッドにうつ伏せで倒れ込み、顔を横に向けて騒いだ感想をポツリ。欠伸もその後に一度。普段の言葉使いやツンツンとは違った雰囲気と言葉。久下の第一印象のような雰囲気だ。


 「俺も疲れた」


 徒労ではない、付き人としての仕事を果たしての疲れだ。


 「アニメを観るのは、1人よりも2人の方がいいわね。貴方が私の隣に居てくれたからかもしれないけれど。改めて今回は色々と助かったわ。ありがとう」


 「俺も暇が潰れてよかった」


 電気を消して、ほんの少しの灯りだけが俺たちを照らす。


 「また一緒に観るわよ」


 「その時は怒らないで楽しめるだけのアニメを観たいな」


 「あら、さっきのアニメは4期まであるらしいわよ?」


 「おやすみー」


 何も聞かなかった。また拗ねられて今日と同じことをしろと言われるなら、寝て聞かないことにした方がいいと思った。


 「ねぇ、4期まであるのよ?勿論付き合うわよね?ありがとう」


 「……もう拗ねんなよ?」


 「貴方の隣で観れるなら、多分拗ねないわ。今日は雷があったけれど、次はないと思うから、その時は貴方と観れるだけで満足してると思うわ」


 「ならありかもな」


 雷と拗ねることにどんな因果関係があるのか不明だが、次観る時には関係も深まっていることだろうし、きっと今日より更に楽しむことができるはずだ。そう信じたい。


 「そうだ、今度私も新しいパジャマを買おうと思うの。貴方も私のお揃いを着たいと思うでしょう?後々冬用も買うけれど、夏用も買っていいわよね?」


 「増える分には文句はない。お前とお揃いも、まぁ悪くないからいいよ」


 「ふふっ、ありがとう」


 顔は見れないが、笑顔はきっと年相応だろう。まだ幼くてワガママで、でも嫌われない範囲を弁えている賢い音川。相性は抜群だから、今もどんな顔をしているのか何となく分かる。


 「ふわぁぁ……眠い」


 「そうだな」


 「長坂くんの部屋って……寝心地いいわね」


 徐々に声が小さくなって、言葉も途切れてくる。


 「それはよかった」


 「……あぁ……寝そう……おやみー」


 呂律が回らなくて正しい発音もできず、音川は瞼を閉じて夢の中に誘われたことを分からせるように静かになった。寝息は聞こえない。それくらい離れているから当然だ。


 「おやすみ」


 雷からも孤独からも解放された音川は、安心と疲れのダブルパンチにより快眠へ。


 「さて、俺も寝るか」


 ぐっすりの音川を見ることはなく、きっと布団も適当にかぶってうつ伏せで寝てるんだろうなと思いつつ、俺もゆっくりゆっくりと眠った。


 そして次目覚めた時、それは10時を過ぎた頃だった。


 人の気配を感じて、強制的に脳の処理速度が時を止めると、すぐにその理由を把握して集中も止めた。


 「おはよう」


 「……おやすみ」


 「もう10時よ。起きて日光浴びなさい」


 「えぇー……仕方ないな」


 外は晴れ。雲は所々あっても、曇りではない。日光もしっかり部屋の中に届く。カーテンを開けてくれたのはありがたい。


 体を起こして背伸びする。気持ちのいい朝を迎えれたのは、音川の声を第一に聞いたからかもな。


 「何時に起きたんだ?」


 「貴方が起きる数秒前よ」


 「そうか。寝顔見れなくて残念だ」


 「惜しかったわね」


 どうせいつか見れる。今は快眠したことをよかったと思う。


 「今日中にエアコンは直るのか?」


 「業者には頼んであるから大丈夫。もし直らなかったらまた泊まるわ」


 「ダメだ。今日は晴れだし、お前は俺に依存し過ぎだ」


 「いいじゃない。貴方は私の付き人なんだから」


 「永遠じゃないけどな」


 「……イジワル言うと泣くわよ」


 「それは困る」


 寝起きに仕事はハードスケジュールだ。今はまだ眠気もあるんだ。少し休みたい。


 「でもまぁ、もし貴方が居なくなったとして、私は1人で生きていけるとは今は思わないわ。だから、自立というか、私も貴方にばかり頼らないよう気をつける」


 少しずつ、音川も音川なりに変化はしているらしい。


 「それはよかった」


 「まだ高校生の間は貴方には依存するだろうけど」


 「お好きなように」


 俺は自分の意思で音川の前から消えることはない。その点、俺は音川に依存しているとも言える。だがそれは関係の依存で、プライベートや心の依存とは違う。


 だからもし、俺が再び異世界に飛んだとして、その時の保険に動くのは仕方ないことでもあった。


 それも今は考えたところで、だが。


 多分俺は、この世界から転移することはないだろうしな。


 何故かその自信だけは明確にあった。


 「それに、私は貴方としたいことも多くある。だから依存がなくても、私は貴方と一緒に居ることを望むと思うわ」


 「下僕に言う言葉にしては心に響くいい言葉だな」


 「そうでしょう?夏祭りもその1つよ」


 来週の週末、成川と久下とも合流して行くことになっている夏祭り。俺と音川は共に初めて。だからこそ、その共有を可能にする関係の俺と一緒を望んでくれた。実にありがたい話だ。


 「楽しみだな」


 「そうね」


 きっと俺たちにとって大きな思い出になるだろう。そこで、更に音川の未来を一緒に見たいと強く思うことにもなるはずだ。だから、俺の私情が強くこもっているが、どうか音川と中途半端に別れることだけはないよう、神に気に入られたいものだ。

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