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よく分からない




 まさかの最初からギブアップという予想外の展開。12話全部解いてやると言った時は、本当にやって見せる勢いだったのに、今では普通にアホな子供が無理な挑戦に挑んで予想通りになった感覚だ。


 ただただ可愛いだけ。


 「お前って推理は苦手なんだな」


 「学業だけが取り柄らしいわね。これで難易度最低よ?おかしいわ絶対に」


 「でも成川と久下は3話まで推理したんだから、お前がただ単にアホだったってだけだろ」


 「いいえ、あっちは2人で3話よ」


 「なら俺と組むか?多分2話も失敗して負けるぞ」


 「それは……そうかもしれないわ。別に貴方が足を引っ張るという意味じゃないわよ?」


 「分かってる」


 結局何をしたって俺たちに成川と久下に勝つ方法はなかったということだ。頼みの綱も蜘蛛の糸のようにあっさり切れたんだ。もう2話も余裕で解けるなんて口が滑っても言えない状況だ。


 「もう2話始まるから、次は解けるといいな」


 「励ましは嬉しいけれど、私に解けるという自信も可能性も感じないわ。1話で撃沈の私は、今の時点で碧に笑われることだけを考えているから」


 「すーぐ萎える。もう解けなくてもお前の負けが決まってるなら、逆に吹っ切れて解くことに集中したらいいだろ?楽しめるぞ」


 「……そうね。はぁ……解けるといいけれど」


 切り替えて次。既に雷なんて気にしていない音川は、ただテレビを見つめてまだ折れない解く気持ちを見せていた。雷はさっきより大きく轟いているというのに。


 その後、2話から始まって12話まで、音川は何度も言った。「彼よ」「彼女よ」「あいつよ」「あのキモイ顔よ」「お前だ!!」という話数を重ねる毎に口調も荒くなった。


 最終的にはテレビの中の架空の人間に指さして、お前じゃないと許さんとも言いたげに力を込めた。


 何故そうなったのか、それは言うまでもないだろう。最終話を観終わって時刻は3時前。こんな夜中でも元気にテレビを観ていた音川は、見事な結果を残していた。


 「……もう3時だぞ。ここ防音じゃないんだろ?」


 「ムカつくわ。どうして私の思うように犯人が捕まらないのかしら」


 「見たことないぞ。お前のような暴君」


 ついには作中の人間にさえ従わないことに不満を述べ始めたのは、多分もう末期だ。支えていかないといつか壊れるだろうな。こうなったのも、これまで長い間自分を殺したせい。悪いとは全く思わない。


 「もう嫌」


 ずっと布団で体を覆っていた音川。更に深く自分の体を覆った。


 「ついに作り物にも負けて拗ねさせられるなんてな」


 それにしても、この部屋に来てから今まで、音川は俺に対して喜怒哀楽全てを見せてくれたが、特に喜が想像を遥かに超える大きさだったのは以外だった。


 犯人を間違えて怒っても、その後はすぐに「失敗したわ」と嫣然を見せた。「もう無理よ」と言っても10秒後には声を出して笑っていた。俺にも積極的に「分かる?」「正解しなさいよ」「使えないわね」なんて鋭く厳しい言葉を浴びせたが、「私と同じね」と言って体を寄せたと思えば体当たりして笑う。


 音川とは思えない数の笑顔に、深夜テンションになると人は変わるということを思い出してそれに当てはまるのかと勝手に思っていた。


 やっぱり、音川莉織の心の中に秘めていた感情は大きかった。陽気でバカうるさい成川と同じくらいに。


 「もういい時間だし、そろそろ寝るか?」


 夏休みは夜更かしの連続だ。だからというわけでもないが、俺は深夜でも普通に眠気なく起きていられる。だが音川は今発散した元気の代償として、ネガティブを含んだ疲れが体に溜まっていて押し寄せているはず。眠気は少なからずあるだろう。


 「そうね」


 「なら、お前はベッドに移動してくれ」


 テレビも消して、後は消灯するだけ。いや、ベッドから布団を持ってソファに戻って、それで消灯だけ。


 だが、音川は動く気配がなかった。


 「あれだけ元気な後に拗ねるとか、お前の精神年齢は10歳か」


 「…………」


 「無言なら俺はベッドに寝るからな。ソファ使って寝ろよー」


 そう言ってベッドに向かうと、俺の移動に合わせてソファの上の布団が動く。なんだと思ってベッドからソファに動くと布団も動く。


 なんだこの可愛いの。


 「何を意味してるのか全く分からん」


 一旦ソファに座って変な物体に問うた。しかし言葉は返って来ない。無言の圧力があるだけ。


 「はぁ……難しい」


 音川莉織の接し方が。


 だから拗ねているんだと勝手に解釈して、謎が解ける問題でも出せばいいんだろうと思うことに。そして音川の真隣に座ると、布団を捲って頭と首だけが見える状態にする。それにすら何も言わない。抵抗もしなかった。


 「はい、これ何指でしょうか」


 簡単に解けるだろう。指の第二関節までを首に当てて、その指が5本の中で何指なのかを当てさせるゲームを始めた。


 「何してるの?」


 「こっちが聞きたい問いかけだけど、お前のアホさは理解したからこれも答えられないと思っての俺からの挑戦状だ」


 「っそ。人差し指」


 「おぉー、正解」


 負けず嫌いの音川でも、多分負けず嫌いじゃない音川でもこの挑戦状を受け取ってくれた。ただ近くに居てほしいだけなら俺もそれに応えれるが、それを音川の口から言われずに俺の判断で行動しろという意味だったなら、きっとこれは正解の行動なんだろう。


 声色がよくなったのがその証拠だ。


 「これは?」


 「中指」


 「これは?」


 「親指」


 「これは?」


 「小指」


 「流石だな」


 見事に全問正解。親指と小指は簡単でも、他は難易度が高いと思っていたが、そんな難しいことでもないのだろうか。


 「まだ残ってる」


 「ん?あぁ、これは?」


 「薬指」


 「正解」


 当てなくても残りは1本。間違うとは思わなかったので止めたのを、最後までしたいからとワガママで求められた。違う指にしようかと迷ったが、ここは機嫌を元に戻すために正解させた。


 「やっぱりお前は俺に関しては優秀だな」


 「当然よ」


 たった3ヶ月でも、俺たちの3ヶ月は普通とは全く異なる3ヶ月だ。だからこそ、お互いのことをよく理解している。例えそれが、体の部位だとしても。


 俺は多分分からないけど。


 「ん」


 言葉にしたら「ん」という発音と同時に、頭が向けられた。それくらいなら分かる。撫でろ、ということだ。


 「ワガママだな」


 だから撫でた。


 嬉しそうな声が漏れて、その顔も満足そう。笑う相好も好きだが、こうして弱ったり拗ねたりした時の音川もまた、別の可愛さがあって好きになれそうだと思った。

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