難しい
こんな会話の間も雷雨は続いている。雷が鳴り響けば、音川は耳元の布団を耳に押付けるように音を遮断する。それでも不完全なそれは、雷という恐怖を鼓膜に轟かせる。
「よし、このままだとお前の卑屈さに疲れそうだから、何か観るか」
ここは気を紛らわすことを最優先に考える。この部屋に来てから俺と話す時は、僅かだが両手に込める力が弱まる。会話をしたいと言ったのも、会話をすることで雷から意識を逸らせるからに違いない。
だから集中することが今の音川に大切なんだと理解した。
「普段観てる映画、ドラマ、アニメ、舞台とかないのか?」
お泊まり会以降、音川も俺と同じように動画配信サービスを利用することが増えたのだとか。
好きなジャンルは違っても、俺は音川の観るものに興味があった。だから知るきっかけにもなりそうということで聞いた。
「最近はアニメ観てることが多いわ」
「どんな?」
「バラバラよ。アニメも観たことがなくて、人気作から観ようと思って見始めただけだから、ジャンルは絞ってないわ」
「そうか」
自分が観たいと思った作品ではなく、誰かが面白いと高評価した作品を観る。だから好きなジャンルもシリーズも今のところ存在しない。俺と同じタイプだ。
「俺たちが好きそうなジャンルか……」
せっかくなら俺たち2人の好みを合わせた作品を観たい。そう思ってスマホで探していると、先に見つけた音川が言う。
「これ、碧たちが面白くて苦戦したって言ってたアニメだわ」
「どれ?」
興味津々にスマホを覗くと、どうやら探偵が主人公のアニメらしい。
「近い」
近づきすぎて真隣も真隣。体は接触するくらいだったから、音川はそれを離すように一言だけ発した。
「お前が隣に来いって言ったから来たんだけど?」
音川と逆の隣は久下が3人は座れるスペースが空いている。それでも詰めないのは、音川から私の隣に来いと言われたから。なのにそれを拒否されると、不思議過ぎて混乱する。
「まぁ……違うわ。今のは反射的に言っただけ。別に近くてもいいわ。なんならこの布団の代わりになってくれても」
本当に反射的なんだと分かるよう、申し訳なさも込められていた。
もしかすると、過去にそういう経験をしたのかもしれない。
「この距離でお前が十分ならそれ以上は近づかない。全てはお前次第だからな」
求められた分だけ遂行する。以上も以下もない。
「今は十分よ。今後は分からないけれど」
「それは何事にも言えることだな」
「ええ。さて、これでいい?」
「ホラー映画じゃなくていいのか?」
「性格が悪いわよ」
「確かに。いいよ、それで。面白そうだ」
内容は、話数が増える度に難易度が上がる殺人事件専門探偵の話。原作は漫画でもラノベでもゲームでもない、オリジナルアニメだ。
難易度が上がるというのは普通のアニメでは有り得ないのだとか。理由は原作が漫画、ラノベ、ゲームだと、話の進行上ストーリー性が失われるから。
一話完結のストーリーとして元々作られているなら話は別だが、成長、決別、新発見など、読者を楽しませる要素を入れ込むとどうしてもストーリーが生まれる。それを上手く組み込めば問題ないが、しかしそんな芸当は容易くできないから、オリジナルアニメとして作成した。
評価も高く、碧が苦戦した、という言葉だけで興味が湧くので、再生した今からでもワクワクは止まらない。
「このアニメ、既に碧と久下さんが一緒に観たらしいんだけれど、4話でギブアップしたらしいわ」
「そんなに難しいのか」
300人弱居る学年の、学力2位と3位が4話でギブアップ。どれだけ高難易度なのかそれだけで分かる。しかし、だからこそ、学年1位は何話でギブアップを迎えるのか気になった。
俺は既に諦めて解明される瞬間を待つだけの見物人になる。
「お前なら何話まで解けると思う?」
「12話」
即答だった。
「頑張れよ。もし2人に負けたらしっかり報告するから、嫌なら真剣に観て解くんだな」
その方が今も鳴った雷が、音川にとって鳴ってないのと同じように感じるだろう。少しだけ煽って、音川の負けず嫌いを発動させて利用する。
「そうするわ。その代わり、もし12話全部解けたら私のお願いなんでも聞いてくれる?」
「1つだけならなんでも」
「分かったわ。ありがとう。それだけでやる気が出るわ」
いつもと何が変わったというのかいまいち分からないが、音川にとって特別なお願いがその1つだとしたら、今まででは想像のつかないような大きな願いを言われるのかもしれない。
さて、結果はどうなるのか、一緒に観ている俺は全く解く気もなく、ただ隣に座って真面目にテレビを観る音川を見ながら楽しませてもらう。
ちなみに、音川の部屋にプロジェクターはあるが、俺の部屋にはない。だから大型のテレビで観ているが、これもまた色彩がハッキリしていい。
そうして観始めたアニメ。
序盤はキャラクター紹介。主人公やその助手。警察や被害者など様々な紹介がされる。そして場所は山奥の、家主が住んでいる屋敷。そこで家主の妻が殺され、証拠が見つからずにお呼ばれしたという話。
主人公はそんな絶望的な状況の中、触れた物の過去を知れるという異能力を使って謎を解き始めた。元々この花瓶はここにあった、この包丁はここになかった、この靴は、この椅子は本来ここにあるはずではない。
物の過去を知れるといっても、どこに置いてあったのかを知る程度。しかしその異能力と、発言1つ1つを一言一句覚えるという人間離れした才能で、主人公は犯人を3人に絞った。
メイド、料理人、そして被害者の夫。
「ふっ……簡単じゃない」
「分かったのか?」
ずっと頭の中で証拠や状況を合致させていたのか、黙っていた音川は謎が解けたかのように笑って言った。俺なんて一切理解していないので、既にギブアップ状態。早く答えが聞けるのを待っていた。
「証拠が揃えば、この話でそれぞれ登場人物が発言していたことと照らし合わせることで答えが出るわ。1人だけ、矛盾していることを言った人が居るのよ」
「マジ?誰?」
「料理人よ」
「それじゃ、そう言われることを待つか」
理由は聞かない。自信満々なので、正解していたら俺がこれから楽しみにしているシーンが台無しになるから。でも別に、音川から解明されてもいいかなとは思い始めている。
そうして話は進み、ついに来た、『そうですよね?』という犯人への問いかけ。誰だと待っていると。
『――メイド長』
その瞬間音川を見ると、堂々として自慢げに「ふんっ」とだけ言った。
「おい、ふざけんな。最初からギブアップじゃねーか」
「分からなかったんだから仕方ないでしょ?!難しくて途中からなんて言い訳しようか考え始めてたわよ!もう!!」
どうだ、という正解したようなドヤ顔から一変。年相応の普段見られない余裕もなくなって、恥ずかしさにどうしようもなくなった音川が姿を見せた。
もう!!と言ったとこは結構可愛かった。記憶しとこ。