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 帰宅途中で土砂降りになった天候は、入浴と晩御飯を済ませた後も続いた。雷が鳴り響き、雨音は窓も壁も貫通する。


 時刻は現在21時。せっかくなので今日買ってもらったパジャマを着て、俺は普段通りにソファに座ってテレビで映画を観ていた。


 人を欺くことが題材の洋画。かつて俺も何度も欺いては顔面にパンチと蹴りを入れた身として、この世界での欺きがどの程度でどのくらい通用するのか興味があった。作り物でも。


 だから外では自然たちがここぞとばかりに存在感を出して暴れているのを横目に、音量もしっかりと耳が悪くならず聞こえるいい塩梅に調整して静かに観ていた。


 そんな時だった。コンコンとドアがノックされたのだ。ホラー映画を観ていたなら驚いて発狂して気絶していただろうが、生憎と今は俺の性格を観ている。タイミングが悪かった。


 「どうしたー?」


 少しいつもより大きめの声量で聞いた。すると聞こえたようで、ガチャと静かにドアを開けて入る。真っ白な寝巻きに身を包んだ見慣れた音川だ。


 ちなみに音川のノック音は記憶しているので、音川莉織か茂か判別は簡単だ。


 「何用で?」


 用事によって音川の行動は変化する。ドアを開けてその場で止まったままなら、俺に何かを聞くだけの用事。ドアを開けて入ってドアを閉じたなら、俺に長時間の何かを求める用事だ。なので入室ということは長時間の方だ。


 「今日はこの部屋で寝ていいかしら?」


 「……え?」


 声色と態度は合致していた。何かに怯えるよう、毛布を体に巻き付けて入って来たんだ。それはもうオドオドしていて違和感はない。ただ、いつもの音川と比べると違和感祭りだった。


 だからいつものように冗談に聞こえなくて素で驚いた。


 「俺の部屋で寝る?突然だな。何か部屋に出たのか?幽霊とか虫とか」


 虫なら俺も苦手なので対応不可だが。


 「いいえ、そういうのではなくて、私の部屋の冷房が壊れたのよ。だからこの部屋で寝ようかなと」


 「わぁお。それは辛いな」


 外は雨で夜とはいえ、夏の夜となるとそれはもう暑さは言うまでもない。8月という夏真っ只中で、ジメジメした空気感に加えて気温も高い。冷房なしは俺も勘弁だ。


 「いいかしら?」


 未だに布団を全身に覆って、可愛らしさを見せつつ何かに怯えた様子は変わらない音川。その音川の頼みは、聞かないと天罰を受けそうなくらい珍しかった。


 「いいよ。俺ここで寝るから、ベッド使ってどうぞ。ちなみに昨日洗ったので汚いという理由は受け付けませーん」


 天候が悪くなるとのことなので、昨日のうちに面倒を済ませた。シーツは超綺麗である。


 「いいわよ。私がソファを使うわ」


 「俺はここから動かん」


 「……分かった。ありがとう」


 ソファも寝れるには寝れるが、普段ベッドで寝て慣れた環境をルーティンとして生きるこの世界の人間には、やはりなるべく慣れた環境で過ごしてほしい。


 やっぱり異世界人として俺とこの世界の人間を比べると、この世界の人間は自由があるんだよな。


 「まだ寝ないから、ここでいいわ」


 そう言ってソファに座る俺の横にゆっくり座った。


 「布団を纏って左手で杖持って移動って、中々器用なことするよな」


 「私もよくできてると思うわ」


 「それで、答えたくないなら答えないでいいけど、なんで俺の部屋に?」


 選択肢なら他にもある。リビングのソファの方が柔らかくて寝やすいし、クーラーも機能して寝心地は部屋と変わらない。なのに俺の部屋に来た。それは理由があるからで、それを聞ければいいかな程度の感覚で聞いた。


 すると普段と比べて圧倒的に大人しい音川は言う。


 「……私、雷が苦手なの。だから一緒に居てほしいと思って来たのよ」


 正直に淡々と教えてくれた。嘘ではなさそうだ。恥ずかしさもなくて、今はその雷から逃れたい一心で居るんだと分かった。それくらい怯えは強い。


 「なるほどな。あー、だからお前の部屋って防音なのか?」


 先日のお泊まり会で成川からも指摘されていたこと。やっと合点がいった。


 「そうよ」


 「それは大変だな。この部屋も防音じゃないけどいいのか?」


 「貴方が居るから、それだけでも助かるわ」


 「そうか。初めて役に立ててる感覚だ」


 実際はもっとあってもいいと思うが。


 「なんで苦手なのか聞いてもいいか?」


 視線は映画にあって、問いかけは音川へ。


 「幼い頃の孤独を思い出すし、普通に音が苦手なのよ」


 「なるほどな。だったら俺の部屋に来たのは正解だったな。孤独じゃないし俺の横顔に夢中で音も聞こえなくなる」


 「全然今も聞こえてるわ。それに……この距離だと孤独も感じてる」


 躊躇いがあったようだ。だから孤独を感じるという言葉が嘘かと思ったが、そうでもないんだと雰囲気から察した。ならなんの躊躇いなのか、俺には分かりそうもないから記憶から消した。


 「距離に関してはお前が後に座ったんだからお前の問題だろ」


 「寂しいならこっち来いよ、くらい言える下僕を求めるわ」


 絶対に自分が下にならない女王。世界で見ても多分音川だけだ。


 「俺は別に寂しくないし怖くもない。今で十分だから動く意味がないなー」


 だから俺も引き下がることをしない。


 「私の命令なら動く理由になるわ」


 「雷の音がうるさくて聞こえないな。なんて?」


 「……拗ねるわよ?」


 「はい降参。はぁぁぁ……仕方ないやつだな……」


 拗ねられると面倒なのでもう俺が折れる。この先、俺が居ないとなった時のことを考えて今からでも俺を依存から解こうと思っていたが、一旦今は別の方法で解決策を見つけるとする。


 ということで、俺は映画から目をそらすことなく感覚で音川の場所を把握して隣に座った。

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