久下デート
7月から8月に変わったら、同時に夏も本格的になる。なんてことはないが、確かに暑さは7月と比べて感じる。それは意識の違いか、はたまた本当にそうなのか。
夏の本格的な暑さというのは、元の世界より圧倒的に辛い。何よりも日差しが強くて、露出した肌がチクチク感じるのはとてもじゃないが気分が悪い。
そんな時に役立つのが日焼け止めという画期的なアイテムなのだろうが、俺は面倒を避ける性格なので一切塗っていない。
だから今日、久下に誘われてデートする時ですら、外出なのに塗っていない。
死ぬわけでもないし、問題ないと思うけど。
俺が塗らない選択を選んだ。だからもし後々ヒリヒリするなら、その時は自業自得ということで次からの教訓にする。
そんなこんなで今日、俺は久下からお礼をされるということで勝手ながらデートということで誘ってもらっていた。この前俺のために買ってくれたアロマ系の商品も売られているショッピングモールだそうで、それを探している時にピンと来た物があったらしい。
「今日も暑いですね」
「だな。中と外が別世界に思えるくらいだ」
既に合流して目的の店に向かっている最中。わざわざ遠くから電車に乗って来てまでのことはしてないが、この世界の人間の義理堅さ、いや、俺の周りの人間の義理堅さは特出しているな。
「長坂くんは春夏秋冬どの季節が好きですか?」
「んー、秋かな。暑くなく寒くなく、日暮れの時間とか空気感とかが好みだから」
なんて言うが、この世界の秋も冬も微塵も知らないから好き嫌いは今のところなんとも言えない。それに春ですら満足に感じれなかったのだから、結局は元の世界を思い出して答えるしかない。
個人的に桜は見たかったな。
「やっぱりそうですよね」
「久下も秋なのか?」
「この暑さの中だと、気温に気分を左右される季節は嫌いですし、暖かいより涼しいが好きな私も秋です。でも風物詩で考えると、夏も秋と並んで好きですよ」
引っ張られるが、確かに風物詩で考えるなら話は別かもしれない。季節はどれが好きかの問いに、必ず暑いから寒いからという気温が先に出るのは、よっぽど人間は気温の変化に弱いということだろうか。季節の変わり目とか、気温の変化には体調管理を万全にして対策しないとな。
「それでも秋と並ぶんだな。夏祭りとか花火とかよりも秋なのは何か理由があるのか?」
「夏祭りは人が多いですし、打ち上げ花火になるとそれもまた人が多い。私は人混みが苦手なので、友達と行くならまだいいですが、それでも印象はよくないんです」
「なら今回の夏祭りは乗り気じゃないのに誘ったのか?」
「そんなことはありません。多くても2人でしか夏祭りに行ったことがないので、4人になるといつも以上に楽しめると思います。それに、今回は私が行きたいと思ったので、多分1番行きたい欲が強いのは私です」
「そうか。そんなに成川と音川の仲が戻ったことが嬉しいんだな」
「はい。それに、長坂くんと会えたことも嬉しいですよ」
久下の交友関係は不明だが、決して多くないことは判然としている。そしてそれは成川も同じく。
どちらかと言わなくても見た感じで陽気で天真爛漫な2人が、しかし何故友人が少ないのか。それは男子が苦手だとか、自分自身見た目が端正だからとか、そういう事情が関係しているのだろう。
成川は久下と音川だけが友人らしく、久下は成川と音川に加えて1人他クラスに友人が居ることは聞いた。
だがそれだけ。
そんな人が、人たちが、何故俺という存在を気に入ってくれたのか。友人になってくれたのか。その点に於いては音川のおかげとも言えるので、やはり恩返しなんてされるようなことをしたとは思えない。
むしろ友人になってくれてありがとうと、こちらが恩返しをしたいくらいなのに。
「その言葉だけで恩返しされた気分になる」
「分かりませんよ?この言葉が本心で本当なのか」
だから形として行動として、目で確信させるのだと言われているようだ。
「確かにな。久下はマスク美人だもんな」
「ふふっ。そうですよ」
顔の話ではなく、性格の話。他人から見た久下は、クラス内でもクラス外でも圧倒的な人気を誇る。それは偏に可愛いという言葉の具現化である存在が最大の理由だ。
しかし、心の距離が近くなればなるほど、本性というトゲが顔を覗かせるようになる。現在俺がその状況に直面していて、トゲがどこまで伸びるか観察中である。
「あっ、そういえば、私のアロマオイルは2位だったようで、悔しいですがよかったとも思います。ありがとうございました」
歩くペースは音川と同じくらい。そんなマイペースで歩くことに苦を感じないで歩いていると、既に先日の勝負の結果が共有されたようで、ニコニコとして感謝を伝えられた。
「こちらこそありがとう。好きな匂いだったぞ」
「全員正解を引いたと聞きました。紳士ですね」
「それだけが取り柄だからな」
普通に思っていることを言うだけで紳士なら、無意識に世渡り上手の名を冠するのもそう遠くない未来で有り得るだろうな。
「結果を聞いた成川の反応とか知らないのか?」
「実際の反応は見ていないので何とも言えませんが、文字だと……こんな感じです」
そう言ってスマホを操作し終えてメッセージを見せてくれた。
『very eaaaaaaasy!新しい下僕探しな!あのポンコツは私が貰ってやるから!』
「……俺のいないとこでも俺の評価は最底辺なのか」
煽りに対して思うことはない。だってそれはいつも通りだから。しかし流石に裏では俺のこともよく思ってくれてるよな、なんて思ったいたから、裏でもしっかり扱いの悪いことに若干悲しいと思うのは本心だ。
「モテモテですね。本当に成川さんの下僕になります?」
「ならないだろ。俺より主様がポンコツなんだから、仕えてて楽しくない」
「それはそれで立場逆転して面白いと思いますよ」
「久下となら大歓迎だぞ。久下が俺の下婢になってくれるなら、その時は色々と楽しそうだからな」
「下心丸出しの変態ですね」
「否定はしない」
人の上に立つことなんて、多分何があってもしたくない。だって様々なことを考えて下の者を動かすのだから、そんなことに時間を費やしたくない。指示を出されて動く方が、俺らしくて好きだ。
「ちなみに、音川はそれになんて返信したんだ?」
「こうです」
『殺す。絶対に殺すわ。次会った時長坂くんと一緒に』
「なんで巻き込まれてんだよ」
「それだけ正解してほしかったんだと思いますよ」
本当は正解していたが、わざと3位にしたことを久下は知らない。
「3位でも喜んでそうだったんだけどな」
実際、俺が音川と予測して3位にしたから、そんなにその場の空気感も悪くなることはなかった。しかし成川とのメッセージでは俺も同罪なくらい憎んでたらしい。
まだまだ音川の本性も分からないな。
「多分喜んでると思いますよ。これは成川さんの煽りにムカついただけで、長坂くんは無関係です」
「それで殺されそうになるのは不気味だけどな」
「これから喪服も買いに行きますか」
「……とんでもない冗談だな」
「ふふっ。冗談に聞こえましたか?」
「…………」
俺は久下が怖い。成川との喧嘩の方が何億倍も好きなくらいに怖い。笑顔なんか特に、目の奥が滲んでいて怖い。どうして可愛いだけの久下結として成長してくれなかったのか、今はそれだけを問いたい俺だった。