約束
嬉しいことに、俺にはプレゼントを贈ってくれる友人が3人も存在する。しかも3人共に性格がよくて同じ空間にいても苦のない関係。実に充実した生活を過ごせていた。
アロマオイルとアロマキャンドルを貰い、これで日頃のストレスだったりを解消してリラックスしてと言ってくれた音川。成川と久下にも後々感謝をしなければ。
そんなことを思って、風呂に行こうとする音川を俺は見送った。
そんな時、俺のスマホに一件のメッセージが届いた。誰だろうと見ると、その名前はプレゼントをくれた久下だった。
『今頃音川さんから私たちのプレゼントを貰っている頃でしょうか。改めまして、私たちの関係回復をお手伝いいただきありがとうございました』
律儀にも、メッセージで伝えてくれる。多分、会った時にまた感謝を伝えられるだろうな。
『大したことじゃない』
そう返信すると、久下も暇なのかすぐに返信をする。
『いえ、隣で成川さんがずっと長坂くんと音川さんについて話しているので、これだけ近くに居た私は大きなことをしてくれたと思っていますよ』
『それは嬉しいことだな。隣って、電車にでも乗ってるのか?』
『よく分かりましたね。その通りです』
来た時も最寄り駅まで電車だったと聞いていて、更に家まで遠いとも言っていたので何となくで正解しただけだ。
『なら成川にも、センスの悪いアロマキャンドルありがとう。絶対使わない。って伝えてくれ』
『はい笑』
文字で伝えられても、どんな笑顔か想像できるくらいの関係になったのは素直に嬉しい。常に死と隣り合わせの生活をしていた元の世界では、他人の笑顔を心の底から良かったと、嬉しいと思うことがなかったから、この瞬間がとても和む。
そして数秒。成川に俺の伝言が届いたのだろう。成川から個人的にメッセージが届く。
『使えゴミ野郎』
「……こいつらって全員口悪いよな。これが普通なのか?」
少なくとも元の世界の女性は綺麗な言葉を使っていた。
それがこの世界に来てみれば一変。関わった女性3人全員が口悪い。音川はイジメていた先輩をゴミカス呼ばわり。成川は俺に対してバカ、ゴミ野郎、カスと呼び、絶対言わないと思われた久下は最も強い、ぶっ殺すという単語を言うのだとか。
物騒な世界とは思えないのに、物騒な言葉が次々と。慣れてるから傷つきはしないし、相手も冗談で発しているだけなのでまだいいが、いつかそれが癖にならないことを願うばかりだ。
そう思いつつ、『嘘だ。ありがとう』と返信して既読無視されて、成川との短い会話は終了した。本当は、照れるな、なんても送りたかったが、次会うのが夏祭りと思うと雰囲気ぶち壊したくないので自制した。
『何を送ったんですか?隣で成川さんが照れてます』
自制の必要もなかったかのように、口の軽い親友は暴露してくれた。返信に時間がかかったことから、電車内で静かに言い合いしていたんだと分かる。
社長令嬢として常識はあるので、マナーを守りながら喧嘩するのを想像すると、何だか面白い。
『アロマキャンドルの感謝だよ。久下もありがとう。勝負の結果は後で音川に聞いてくれ』
『いえいえ、喜んでいただけると嬉しいです。後で結果も聞きます』
成川がどんな反応をするのか聞きたいが、それを今言えば結果の推測は容易いだろうから聞かない。
『ところでなんですが、こうして長坂くんに個別で連絡したのには理由があるからなんです。それが近々、夏祭りの前に1日時間をいただけないかというお願いなんですが、どうでしょう?』
ただ普通のメッセージのやり取りを続けると思っていたから、こうして意味のある会話を求められ、更にはデートのお誘いなんて予想外で驚いた。
『夏休みは常に暇してるからいつでもいいよ。久下が誘う前に音川から何かに誘われない限り、断る日にちは今のとこないから』
約束は先にした方が優先。たとえ音川からの命令だとしても。だから先にその意思を伝えて決めてもらうことにする。
『分かりました。では後ほど日程を決めて連絡します』
『分かった。その1日については、何するのか気になったら答えてくれたりするのか?』
『今のとこ何も決めてませんが、長坂くんには私たちを繋げてくれるお願いを聞いてくれた恩があります。そのお礼をしたいんです』
『それはもうプレゼントで貰ったけどな』
『それは私たちからです。私1人のワガママを聞いて、予め音川さんと成川さんに話を聞いていてくれたことは知ってます。その恩返しですよ』
律儀だな。
人は恩返しをしないといけないと思う生き物だが、恩返しをするかどうかは別だ。道理として貰ったら返す、という考えは持っていても、いざ恩を受けると返すのか悩んだりして、結局は面倒だとか思って断念することが多い。
だからしっかりと教育を受け、人として道徳心の澄み切った久下が当たり前のように恩返しをしたいと言ってくれるのは、善の権化のように思える。
『恩返しに応えてほしいっていうのもまたワガママだったりしないか?』
少しイジワルに返信した。少し間があって返信が返ってくる。
『すみません。これもワガママでした。ですが、この恩返しをしたい気持ちは消えないので、ワガママではなくいつか返します!』
「真面目だな」
そういうとこが、人から好かれるいいとこなんだろう。
『冗談だ。文字では伝わりにくかったな。ワガママでもなんでもないから、久下とのデート楽しみにさせてくれ』
『やっぱり顔を合わせないとやり取りは難しいです笑。お誘いを受けてくれてありがとうございます』
『こちらこそ』
『では、私たちも駅に到着したのでまた今度。楽しみにしてます』
『俺も』
そうして連絡のやり取りは一旦終了した。
充実した日が2日も続いたのは僥倖だった。俺にとってこの世界が生きやすいと思える、大切な日になったのだから。




