結果は
帰宅した私は、先に長坂くんの部屋へ向かった。ドアをノックし、左手に杖と荷物を提げて入った。慣れないが、これも1つの経験として、私が家まで荷物を運ぶことにした。
実際そんなに重くないので楽だった。
「おかえり」
「ただいま。留守番できたかしら?」
「逆にできないとでも?」
「いえ、寝てるんじゃないかと思っただけよ」
「なるほどな。外出ってのは買い物だったのか。3人で行きたいとこでもあったんだな」
「そうよ」
これでもまだ、自分のことだとは思っていない様子。自分がどれだけのことをしたかも、きっと分かっていないんだろう。当たり前のことをした。これくらい誰だってする。そんな感覚なら、どんな育ち方をしたのか薄々見えてくるが。
「はい、これ貴方に」
左手から右手に持ち替え、右手で渡した。そして先程までベッドで寝ていたのだろう、ベッドに座る長坂くんの隣に座った。
「ん?これは?」
「貴方が私たちの仲を良くしてくれたお礼よ」
「お礼?アロマ……オイル、キャンドル?へぇー、リラックス効果……甘い香り……安眠……沢山だな」
初めて見るのか、1つずつ効果や商品名を見て自分の横に置き始めた。驚きつつも、興味津々なのはそれだけで嬉しかった。
「ありがとう。こういうの試したことないから使うのが楽しみだ」
私の目を見るのではなく、商品を見て言った。でもそれが本当に喜んでいるんだと伝わって、私は既に満足していた。
「よかったわ。でも、この程度じゃ返せないくらいのことをしてもらったから、ホントはもっと恩返しをしたかった。だからこれは形として感謝を伝えただけで、これからもっと伝えるから期待しててほしい」
「感謝されるようなことをしたつもりはないけど、そんなに言うなら期待しようかな」
私たちの予想は的中。本気で何もしてないと思っていた。人がいいとは思っていたが、こうも無意識に行動したことが善行なら、人としての完成度があまりにも高次過ぎる。
「任せなさい。ところで、数を見ればアロマオイルとキャンドルが合計3つあるわよね?」
「何?まさかどれが私の選んだのか当てろって言うのか?」
「正解にしたいけれど惜しいわ。どれが1番貴方のお気に入りか選んでほしいのよ」
「はぁぁ……また勝負かよ」
私たちの特徴を既に掴んでいるからこそ、ここでも勝負をするのかと呆れた様子。昨日の夜、映画を観終わって部屋に戻る前も、どこか私たちに辟易した様子で戻っていたことから、その呆れ具合も最大値かもしれない。
「いいけど、お前の選ばなくても怒んなよ?」
「大丈夫よ。貴方が選ばないことなんてないから」
「圧が凄いな。それじゃ――」
「久下さんのがどれかは答えないわよ?」
「……先見の明使うなよ」
長坂くんは久下さんが好き。それは私と碧がツンツンしていて、ワガママを言っては喧嘩をする仲だから、相対的に癒し枠の久下さんが好かれるのだ。だから長坂くんには久下さんの存在は途轍もなく女神のようで、他の男子生徒からも学校では碧なんて比にならないくらい視線を受けている。
そんな久下さんという存在に、少しばかり嫉妬の思いを持って先に封じさせてもらった。
「正々堂々、好きな匂いだけで判断しなさい。そうでないと貴方をこの階から落とすわ」
「まだ死にたくないからそうする」
そう言って中身を出し、私が買ったアロマキャンドルを先に開封。続いて久下さんのアロマオイル、碧のアロマキャンドルの順番でそれぞれ匂いを確かめていった。
しかしまぁ、ここでも性格の差が生まれたのは面白かった。私と碧がキャンドル。久下さんがオイル。使用頻度が高いからこそ、久下さんの信頼しているオイルを選んだのかもしれない。
そして3つ全て確認すると、ごもっともなことを言う。
「これ、火をつけないと分かんないんじゃないか?それとも火をつけなくてもジャッジしていいのか?」
「キャンドルの方はそれでいいわ」
火をつけなくても、匂いは発している。鼻を近づければ、それだけ匂いはハッキリとする。限界まで近づけ、改めて匂いを確かめた。
「んー、優劣付ける差はないと思うけどな……難しいな。どれもこれもいい匂いって思うし」
「それでも決めなさい。私たちの明日が懸かってるんだから」
「はいはい。それなら……こうだな。左から1番2番3番だ」
仕方なくも決めた好きな匂い。キャンドル、オイル、キャンドルの順番で並んだそれは、左から碧、久下さん、私の順番で並んでいた。
「どうだ?お前のキャンドルが3番だと思うんだけど」
「……え?」
聞き間違いだと耳を疑った。確率の話なら、適当に選んで私のだと言うのなら正解するのは容易い。しかし長坂くんは確信しているように聞いてきた。私がどれを選んだのか、正解するような絶対的な自信を覗かせて。
「よく分かったわね」
「やっぱり当たってたか。この後負けの報告が楽しみだな」
わざと負けさせたとも思えるような楽しんだ笑顔を見せた。しかし、私には悲しさ悔しさより先に、どこで確信したのかを知りたい欲が溢れていた。だから聞く。
「それは置いておいて、どうやって私のだって分かったの?」
「このキャンドルが1番お前と似た匂いだったからだな。確信したってわけでもないけど、他のシトラスと柑橘は音川莉織って匂いじゃなかったし。だから勘だな。ちなみにシトラスは久下で柑橘は成川だと思うんだけど」
「正解よ」
それなりに観察して、どういうのが好みなのか分かっているのか。それとも昨日の夜、私たちの匂いを記憶してどういう匂いを好むのか分析したのか。分からないが、確信していなくてあの堂々さは驚きも驚きだ。
「私の匂いだったら他の人とは思わないの?ほら、自分の匂いは分からないって言うじゃない」
「思うかもな。でも今回は何も情報がなくて、俺の中の3人のイメージに聞いて答えるしかなかった。だからこの結果になった。お前だけは唯一知ってる匂いだから、何故か正解する気があっただけだな」
「だったら私の匂いは嫌いということ?」
「いや、好きだけど、俺とお前は同じ柔軟剤とか使ってるから、匂いになると新鮮さがないだろ?これは俺にとってどれがいい匂いかを決める勝負だから、その点お前に似た匂いは薄く感じて慣れも感じたから最下位になった」
思い返すまでもなくそうだったと思った。長坂くんはどんな匂いをしているだろうと考えれば、答えは自分と同じ匂いということになる。
確かに体質によって匂いは変化するが、それでも柔軟剤という匂いは消せない。上書きするくらいの強烈な匂いを体から発することでしか不可能。故に、勝負の時点で負けは決まっていた。
「……なるほど。それは私の負けになるわね」
「勝負じゃなかったら、全員のを1位って答えてたくらい僅差だけどな」
「それはつまり、慣れてなかったら私のキャンドルが圧倒的に1位ってこと?」
「それは慣れてない時に勝負しないと何とも言えないな」
「嘘でも1位って言いなさいよ」
「気を使えないんだよ」
残念な付き人だ。
しかしそれでも文句はない。勝負には負けたが、長坂くんに私の匂いを好みと言われたようで、内心ではそんなに不満はなかった。
「まぁ、そういうとこが、貴方のいいとこよね」
「そうなのか?」
「ええ」
私を足が悪いからと特別扱いしないとこもいいとこ。そういった憐憫の気使いは、私は好きじゃない。だから嬉しい。ありのままで気を使わないで居てくれることが。
「それじゃ、私はお風呂だったりご飯だったり食べるから、後はいつ使うも自由よ。リラックスできるといいわね」
「そうだな。ちなみにご飯は作ってくれたり?」
「時間あるし、材料あるなら作るけど?」
「なら頼もうかな。洗い物はするから」
「助かるわ。それじゃ、先にお風呂行ってくるわ」
「うぃー」
最近は料理をする時間も好きになった。孤独ではなく、料理を作る際にも話し相手になってくれる人が居て、その人が私の心の拠り所なら尚更。
美味しく食べてくれるし、片付けも手伝ってくれる。私には重宝する存在だ。
そんなこんなやり取りをして、私は長坂くんの部屋を出た。その瞬間、長坂くんはスマホを見て、何か通知に対して返信をしているようだった。
それが少し気になって、私はドアを閉めた。




