おはよう
私たちが寝たのは3時。起きたのは8時半。思っていたより寝ることはなく、最初に起きた私に続いて、碧、久下さんと5分間隔で起きた。
「快眠だぜぇー……あぁー眠い」
ベッドに私と久下さん。そして唯一床に敷布団を敷いて寝ていた碧は、未だに布団から頭だけを出してスマホを触っている。
「何故久下さんより先に起きた碧がまだ寝惚け眼を擦っているのか不思議なんだけれど」
「成川さんは怠惰ですからね」
「普通、起きて15分は動けないのが人間って生き物なんだよ」
「何を言っているのかさっぱり分からないわ」
碧は一言で言って変人だ。私たち普通の人間と比べて意味不明で奇怪な言動を頻繁にする。だから今更1つ1つを理解しようなんて思わない。
「あっ!」
そんな変人碧は、何かに気づいたように体を起こした。
「今あいつ寝てる?もう起きた?」
あいつ、とは長坂くんで間違いないだろう。
「多分寝てるわよ。休日、10時前に起きて部屋から出たのを見たことないから、今も熟睡してると思うわ」
「なら起こし行こう!」
寝起きの鬱屈さはどこへ消えたのか。今は虫を捕まえに行こうとする小学生のように意気揚々としている。まだ16歳の高校2年生。いや、もう16歳で今年17歳の高校2年生が、こうして幼気を見せると自分が大人だと思えるものだ。
「無理よ。部屋に鍵掛けられてるから」
「えぇー。開けれないの?」
「無理よ」
「勝手に侵入するつもりでいますけど、逆に成川さんが寝てる時に長坂くんが部屋に侵入して起こしに来たら嬉しいですか?」
「めっちゃ嬉しい」
「……都合のいい考えですね……」
自分が逆の立場になることは考えない。そうなる機会もないと確信しているからこその断言。いつか仕返しを受ける時が来ることを願いたいものだ。
「毎回部屋の鍵してるの?」
「分からないわ。私だって長坂くんの部屋に行ったのは数える程度だから。でも鍵をしてない時は……まぁあったわね」
外に出る度に鍵掛けるの面倒だぁー、と嘆いていたのを思い出した。もしかすると今も掛けてない可能性はあるが、しかし、こういう日に私たちがイタズラをするという考えはあるだろう。だから高確率で入れないと思うが。
「なら1回行こう。それで無理なら諦める」
「はいはい。どうせ行かないと気が済まないんでしょう?」
「成川さんはやっぱり悪です。ふわぁぁ……眠い」
「よっしゃ!レッツゴー!」
まだまだ眠い久下さんと真逆のテンションで、碧は颯爽と部屋を出て行った。隣の隣へ到着するのは僅か5秒程度。私は杖を使って久下さんの隣に並び、一緒にゆっくり外に出た。そして見えたのはドアに手を伸ばした碧の姿。
「あっ」
ドアはガチャと音を鳴らした。そして開いた。
「開きましたね」
「不用心ね……」
久下さんと顔を合わせて長坂くんのミスに思わず笑う。
碧はこちらを見て手招きしていて、それが終わるとすぐに部屋の中に入った。それに続くよう、私も極力杖の音を鳴らさないよう注意して部屋に入った。
「見て、めっちゃ寝てる」
「言われなくても分かるわよ」
寝相が良いのか、全く動いた様子のない姿で仰向けに寝ている長坂くん。気持ちよさそうで、夢を見ているのだろうか。
「それじゃ、起こしたいと思いまーす」
そう小声で言ってベッドに座り、長坂くんの左頬を軽くペシペシと叩く。
「おーい、朝だぞー。起きろー」
「最低な図ですね。見てる側は面白いですけど」
「そうね。長坂くんの寝起きに興味があるから付き合っているけれど、ホントなら今頃碧を殴ってるわ」
「それは怖い」
軽々しく触れるな!という気持ちを込めて殴っているだろう。いや、流石にそんなことはしないが、少なくとも長坂くんに触れられることをよく思わないのは確かだ。でもだからって嫌いになることはない。それだけ幼馴染の関係は堅牢だ。
「おい、おい、もう9時前だぞー」
まだまだ起きる気配がないので、碧はペシペシと叩き続けた。そしてついにその時は訪れる。
長坂くんの目が、「……ん?」という声と共に微かに開いたと思うと、その瞬間に碧の顎に長坂くんの右手が伸ばされ、昨日の夜しっかりと目に焼き付いたように顎から頬を掴まれた。
「はい、捕まえた。お前だけはマジで赦さん」
「――うっ!寝起きにしては……は、速い身のこなし……」
「当然ですよ。長坂くんはギフテッド持ちなんですから。目を開けてそれが情報として脳に届いたなら、それを寝起きを襲われたと勘違いした脳はすぐに、ギフテッドを有効にしますよ」
まぁ、こうなることは分かっていた。たった1人、捕まえられた人を除いて。
「さて、鍵を掛け忘れた俺も悪いけどな、ここに侵入したやつも悪い。もしかして俺に寝起きのキスでもしに来てくれたのか?」
「違う!」
「ならなんだよ。返答次第ではお前のファーストキスをはじめとしたありとあらゆるファーストが無くなる覚悟をしてもらうことになる」
「あんたの好きな物を聞きに来たの!」
「好きな物?」
「――ぐへっ!」
それが本当だと分かったからか、長坂くんは手に掴んでいた碧をベッドに放って解放した。顔面から落とされた碧は変な声を出したが、それよりも寝起きのいい長坂くんについての話をしたくて意識はそっちに向いた。
「そうよ。特に理由はないけれど、貴方の今後のためにも好きな物くらい知っておこうと思って」
「へぇー。よく分からないけど、好きな物を知りたいんだな?」
「ええ」
深く理由を聞かないし答えてくれる。私たちがプレゼントすると全く思ってないようだ。私に仕えるという発言から始まり、3ヶ月一緒に居て分かるが、長坂くんは基本自分のことを後回しにしていて、更に自分のことになると鈍感になる。
私を最優先に考えているのは嬉しいが、あまりにも自分に無頓智過ぎて、幼い頃からそういう人間になれと叩き込まれた人のように思える。
どんな人生を病室で過ごしたのか……。
そんなことを思う私に、少し考えた長坂くんは好きな物を教えてくれるからと口を開いた。
「最近よく疲れるから、今はリラックスできる物が好きだな。こういうベッドがある場所で熟睡したいから、寝具とか邪魔しない友達とか」
「たまには邪魔する友達も必要じゃない?」
「今の話をしてんだよ、バーカ」
「えぇー」
今度は長坂くんのベッドの空いた場所を借りて寝始める。こんなにも自由な人を碧以外に見なたことない気がする。それくらい、自由奔放、悠々自適が似合う親友だ。
まぁ、長坂くんと距離が近いのは唯一睨む原因だが。
「リラックスできる何か、ね。そんなに最近は疲労してるの?」
「そんなにだな。でも、ここ3ヶ月は新しいことばかりで不慣れが続いたせいか、少し疲れてると思う」
「昨日も私たちに付き合ってくれましたし、成川さんだけでも厄介なのにすみません。本当にありがとうございます」
「大丈夫。強いて言うならってくらいだ」
「なら言わないでよくなーい?」
「なんだこいつ。ここで寝んな起きろ」
うつ伏せで寝る碧を無理矢理起こす。ワガママな子供の世話をしているようで、もしかすると私も客観的に見るとそうなのかもしれない。今後自分の言動をしっかり見直すとしようか。
「はぁぁ……また戻るの面倒」
「さっきの元気はどこ行ったの?」
「七生に吸われた」
「私が連れ帰ります」
腕を強引に引っ張ってベッドから引きずり下ろした。
「朝から悪かったわ。それと、私たちこれから出かけることになったから、留守番頼めるかしら?」
「ん?いいよ」
寝起きの長坂くんの優しい声色での承諾は、何故か心を癒すかのように胸に響いた。いつものことであり、いつもとは違った場面での出来事故に、過剰に反応したのかもしれない。
「ありがとう」
だから自然に出た笑顔と共に私も感謝を伝えた。
「気をつけてな。久下、音川のこと頼んだぞ。音川も久下に頼り過ぎないで無理させんなよ?」
「任せてください」
「過保護な下僕ね」
それでも、長坂くんにとって任せれる相手が居ることが安心のようだった。朗らかな笑顔は寝起きにしては綺麗で、不安がないようで、私を見送る顔は優しかった。
「私にはー?」
「黙れ」
「はいはい、早く行きますよ」
「遅くならないようにするから」
「はいよー」
そうして再び眠りにつこうとする長坂くんを見終えて、私たちは外出の準備を始めた。