日頃のお礼
「正直なところ、私にも不明な点は多くて分からないわ。確かに普通じゃない。でもそれは、長坂くんが病室育ちで、誰よりも【傷つく】ということを理解しているから形成された性格としか思えないわ」
元々長坂くんは普通ではない。ギフテッドを持ち、その代償に短命になるかもしれない可能性を背負った存在。異質であって、私たちの普通とは乖離していることも事実。長坂七生の本当なんて、きっと本人が話すまで分からないだろう。
「なるほどね。結の好きそうなタイプってことか」
「それはミステリアスな人を私が好むからですか?」
「うん。幼い頃からどこかも分からない会社のパーティとか連れて行ってもらったけど、あいつ以上に不思議そうな雰囲気の人間見たことないよ」
「それは私もよ」
過去も大半が不明。性格も掴めないし、学力も運動能力も底が知れない。それに加えて脳のギフテッド。何が得手不得手か、それを知るのは困難なのは判然としていた。
「まぁ確かに、長坂くんと一緒に過ごしているとそのうち気づけば好きになってることもあると思います。今完全に否定して、後々好きになった時恥ずかしいですから、一応保険としてそう言っておきます」
「あら、随分と面白いことを言うわね。貴方は誰の下僕を好きになると言うのかしら?」
「音川さんのです」
イジワルなことを言うよう、冗談か本当か曖昧な反応で答えられる。そうされると返答に迷ってしまう。
私の中で依存対象の長坂くんが、最近は碧と久下さんとも距離を縮めた。私は心の底から嬉しいし、こうして4人で遊ぶことも幸福と思えている。
だがそれと同時に、私だけではない寂しさもある。
もし、長坂くんが碧と久下さんのどちらかを好きになれば、自然と私と過ごす時間は減る。支える役目を担う以上、最低限の付き人としての役割は全うするだろう。しかし、私はどちらかと言えばプライベートの方で長坂くんへの依存が強い。だからもし私よりプライベートで優先する相手が居たら、きっと私は再び悄然に飲み込まれるだろう。
それでも長坂くんの人生を私のワガママで変えることはしたくない。普段からワガママを聞いてもらっている以上、それ以上は。
思い返すと日頃からワガママを言い過ぎている気がする。嫌わないし、むしろその方が好きだと言ってくれた長坂くんの言うことを信じているからだが、少し抑えるべきかもしれないと思ったりする。
ダメね……信じないと。
私は元々の性格として独占欲が強いんじゃない。砂漠に咲いた奇跡の一輪の花を、どうしようもなく美しいと思っただけだ。その一輪の花に対してだけの独占欲。初めての思いに悩まされるのはまだ続きそうだ。
「何考えてるの?そんなに七生を好きになられたら困る?」
幼馴染は簡単に私の考えを見抜く。私が碧のことを知り尽くしているように。
「そんなことはないわ。それだけ人に好かれる長坂くんを、私の付き人にしていることが誇らしいと思うだけ」
「ふーん。下僕じゃなくなってるってことは嘘だ」
「よく分かりますね」
「これでも長い付き合いだからね」
無意識に言い換えた付き人。下僕という時と付き人と言う時の違いは、碧にとって簡単に分かることだったらしい。確かにそうだ。私は今、嘘をついた。本当は困るというのに。
そんな私を見て、碧は何を思ったのか気になった様子で言う。
「ねぇ、莉織は七生のことどう思ってるのか教えてよ。あんたから見たあいつはどんなやつなのか」
最も近くで最も長い時間を共に過ごした仲として、そのイメージはどうなんだと。
「私が?……そうね……優しくて信頼できる人で、不快にさせることはなくて、何より他人想い。そんなとこかしら」
「私が抱いていることとほとんど同じですね」
「もっとないの?実は風呂を覗きに来る変態だとか、部屋に侵入して下着盗む変態とかさ」
「貴方の中の長坂くんは変態で固められているの?」
と言うが、私も長坂くんを変態認定しようと盗撮盗聴をしていると決めつけている時があったので似たような思考になるのはやはり類は友を呼ぶ、なのだろう。
「そんなことはしないわ」
「ということは音川さんは、長坂くんにとってそういう性の対象ではないんでしょうね」
「あんた凄いこと言うね。今のあんたの発言聞いたら、クラスの男子全員ギャップで死ぬよ?」
「長坂くんは生きますよ、多分」
「それはそうだろうけど……」
そういうことじゃないんだと言いたげだった。
「あんたも言い返しなさいよ」
「もしそうだとしたら、悲し過ぎて何も言い返す言葉がなかったのよ」
可能性としてはある。私は自分の容姿の良さを自覚している。それにスタイルも、胸が壁というわけでもなく、お腹の脂肪は他人に見せても全く恥ずかしくないほどない。
だから、女性としての魅力はあるつもりだ。しかしそれにしてはこの3ヶ月で長坂くんが私に色目を向けたことは一度としてない。なんなら同じ部屋で寝たというのに皆無。
その場合本当に私が異性としての性の対象でないと言われている気がして、それなりに落ち込みそうにはなる。
しかしそれをカバーしようと、悲しむ私を見て少し焦ったような碧は言う。
「まぁ、可愛い私たちが体寄せても全く動じないんだから、あんた限定で対象じゃないと思うけどね」
「それはそうですね。両手も両足も、長坂くんの意思で全く私たちの体に接触することはなかったですし、やっぱり病室育ちということが関係して、過去に傷を負ったことが原因で何かしら欠けてしまったのかもしれませんね」
「うん。それが1番ありそうだよ」
私たちでは到底理解し得ない16年の病院生活。そこでどんなことが起こって、長坂くんの心を蝕んだか不明だからこそ、今の長坂くんについて憶測で理解するしかなかった。
「そう結論付けた後に言うと同情っぽいけど、苦しい時期があって、長年死ぬかもって思って地獄を過ごした後に回復。その後、こうして私たちの関係を元に戻そうと頑張ったり、莉織をイジメから助けてくれたり日々支えてくれてるって思うと、七生って普通に善の塊だって思わせられるよね。何かお礼をしたいっても思うよ」
自分が最も長坂くんに対して乱暴をしていることを、申し訳なさそうに思っているようだった。しかし、私なら分かる。きっとそれは長坂くんにとって嬉しいことだと。
私に対しても偽りを嫌う様子を何度も見せている。そんな人が、人を選んで偽られることを良しと思うとは思えない。碧の今後のため、そして私だけの秘密として敢えてここでは伝えないが、いつか気づく時は来る。これからも一緒なら。
「驚きました。成川さんにそんな善の心があったんですね」
開いた口に手を被せて、本当に驚いたかのように見せる久下さん。
「言っとくけど、あんたより私の方が身体能力は上だからね?拘束して殴るなんて簡単なんだから」
体格差も圧倒的だ。私と同じ161cmに対して、久下さんは147cmの身長。14cmの差は思っているより大きい。
長坂くんはどのくらいだろう……175cmはありそうだけれど……。
「すみません、少し冗談を言いたくなっただけです。私も長坂くんに感謝を伝えたいですから、その意見には同感です」
「冗談言われるとは思わないタイミングだったでしょ。あぁー、でも学年3位ならそんなこと分からないかぁ、ごめんよー」
「ふふっ、ぶっ殺しますよ?」
「……煽られ慣れてなさ過ぎじゃないかしら」
笑顔の裏の冷たい感情は、それを笑顔と言うにはいささか不自然なくらいに冷えていた。これが久下結という人間の本性。冗談で言っていても、本気とも思える迫力。中々興味深い。
「まぁまぁ、悔しいのは分かるけど落ち着いて。七生に何かプレゼントでも買って、形でも感謝を伝えない?」
また怒らせるようなことを言って煽りに煽るが、大人の久下さんはそれを見逃した。
「いいけれど、プレゼントだけで返せる恩じゃないと思うわよ?」
「知ってるっつーの。だからこれは形として。多分あいつのことだから、恩返しとか必要ないって言うよ。それなら今後あいつと付き合っていく中で、少しずつ恩返ししたりすればいい。これはお礼として渡して、私たちはこう思ってるからありがとうっていうのを、プレゼントで伝えるんだよ」
「素直になれない成川さんらしい考えですね」
「そういうこと」
「なるほど。貴方にしては頭使った方じゃない?学年2位」
「はぁぁぁ……早く次のテストしてぇー」
それだけ嫌なのだろうが、これに関しては1位になれなかった碧が悪いだけなので、私はこれからも言い続けるつもりだ。
「勝てるといいですね。――ということで、明日というかもう今日ですね。今日、長坂くんに欲しい物が何かないかを聞いて、一緒に買いに行きましょうか」
「そうね。でも長坂くん、起きるの遅いわよ?」
「叩き起こせば大丈夫でしょ。多分、寝起き悪くてもあいつなら怒らないと思うし」
徐々に長坂くんへの理解度が増していく。嬉しいようで寂しいような、そんな謎の感情と共に、私たちは眠気が襲うまで喋ってトランプ等をして遊んだ。




