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彼は




 3ヶ月。それが意味するのは、人生の一部の時間。しかし私の人生という物語では特別な期間だ。それは高校2年生の4月30日から7月26日の今日までの期間のことで、今私の背中でホラー映画をじっと観ている付き人と出会ってから共に過ごした時間でもある。


 父さんがどこからか現れた胡乱な男の子に、私の足を気遣ってサポートという名目で付き人として雇った存在。


 それが彼――長坂七生。


 正直分からないことだらけだ。今日だって、過去について話を聞いても親と親戚が存在しないということ意外、特に新しく分かったことはない。


 気にならないかと問われれば気になると答える。だって私の人生をこれから変えてくれる人なのかもしれないのだから、当然だろう。


 これまでもイジメから守ってくれたこと、こうして碧と久下さんと仲良くなれたこと、少なくとも3ヶ月でこの2つの最大級の悩みを解決してくれたのは紛れもない長坂くんのおかげだ。


 そんな存在に、私はハッキリと言えることがある。


 それが依存していることだ。


 近からず遠からず、私と長坂くんの人生の境遇は似ている。過去に孤独を経験して、未来も決められたような人生を歩むことが決められたと。


 だから、私の行きたいとこに長坂くんも行きたいと言ってくれる。しかも同じく初めての場所に。


 そんな日々を過ごしていると、いつの間にか私の中で長坂七生という存在は、生きる上で欠かせない存在へと変化していた。どこに行こうにも長坂くんが居てくれて、絶対守ってくれるという安心があって、それが気づけば依存へと変化して。


 ギフテッドを持っていて、興味の尽きない人だと思っていた。初対面こそ怖かったが、今思えばその怖さも優しさだと理解している。やはり私の中で、この3ヶ月は未来をも大きく変化させたのだ。


 長坂くんに任せれば、きっとこの先後悔しない。そして輝かな人生を過ごせると、確信に近い思いを抱くくらい、私は長坂くんのことを信頼している。


 だから、今も長坂くんの両足を抱きしめ、ホラー映画という恐怖から逃れるように安心を求めていた。


 だが、この時の私はまだ気づいていなかった。


 心の中の奥底に沈んでいた、他人へ興味を持ち、好感を持ち、好意を持つという思いが、徐々に長坂くんに対して大きくなっていることを。


 そして同時に、ノイズキャンセリングのように逆位相の思い――足の悪い私を好きになってくれる人は居ない。足の悪い私が人を好きになっても幸せにはなれない。という根付いた思いが、長坂くんに対する思いを無意識の中で打ち消していることに。


 「それじゃ、俺は自分の部屋で寝るから。今日は、って今日もか。昨日の夜と今日の1時間誘ってくれてありがと。後は3人で夜更かししてなー、んじゃおやすみー」


 ホラー映画――ディープマンションを2作品とも観終わった後、感想などを話し合っていた途中で、長坂くんは欠伸をしながらそう伝えた。


 時刻は1時前。明日が学校なら寝ている時間だ。


 「おやすみー、邪魔男ー」


 「おやすみなさい」


 「おやすみ」


 相変わらず、碧は長坂くんに対して懐いていることをさらけ出しながらも口を悪くした。久下さんはいつもの笑顔に心安らぐような声色。私は日常と変化のない挨拶で、各々長坂くんと別れることに。


 バタンとドアが閉まり、その奥に消えて行く。私の部屋の隣の隣が長坂くんの部屋。防音なので気にしないが、一応防音を貫通しそうな碧が居るので、騒ぎ過ぎには注意するとしよう。


 「行っちゃったね」


 ドアが閉まって静寂が訪れる。先程までの騒がしさが嘘のように。


 「寂しいんですか?」


 ドアを見つめて目を離さない碧に、久下さんは聞いた。


 「全然。ただ、日頃のストレスを発散できるサンドバッグが居ないのは悲しいかな」


 「人の下僕を勝手に物扱いしないことね、学年2位の分際で」


 「あんたいつまでチクチクするつもり?ホント有り得ない」


 「あれだけ威張って負ける方が有り得ないと思うけれど?」


 「……ムカつくねぇ」


 碧が私に勝つことは多分ないだろう。それくらい、今の私には自信と実力がある。今回の勝負では、長坂くんにも教えつつ私も勉強をしたということもあり、敗北も視野に入れていたが、そんなこともなかったから安心した。


 だから、今のとこ負けはないと確信している。


 「さて、長坂くんも居なくなってしまったことですし、これから何しますか?ホラー映画を私たちだけで観れるか試します?」


 「あんた私より驚いてたくせに、よくそんなこと言えるね」


 「映画ではなく私の驚く回数に注目してたんですか?プライド高いですね、成川さん」


 「っ!……べ、別に?」


 「声の大きさならダントツで碧だけれど」


 「いやいや、あんたも中々うるさかったよ」


 強がりは3人とも。負けを認めたくないことから、つい口が否定して相手が下だと言ってしまう。これも性格の1つで治らないだろう欠点でもある。


 「そんなに驚いてないと言うなら、本当に観ます?」


 「嫌だよ。これからまた2時間近く映画は観たくない」


 「なら何か案を出しなさいよ」


 「まぁそうなるよね。でも特に……いや、何でもいいなら聞きたいことあるかも」


 「何ですか?」


 考えるように顎に手を置いていたが、ピンと来てすぐに顔が朗らかになった。碧の表情筋は活発なので、今の気持ちが顔によく出るタイプだ。


 「やっぱりあいつ――七生のことが気になるんだよね。何か知らないの?どういう性格なのか、ホントはどういう人なのかとかさ」


 これは予想外だ。確かに懐いているとは思っていたが、碧がこんなにも興味を示すなんて。普段から男子を避ける傾向にある碧が、はじめましてから一切嫌悪感を顕にしないのは、私の知る限り唯一だ。


 「それは私も気になりますが、突然ですね」


 「うん。でもさ、分かるでしょ?あいつはいい意味で普通じゃない。不快にさせる気持ちがないっていうか、本心から莉織を支えようとしてるっていうか。さっき私に下心丸出しの変態がー、とか言ってたけど、実際そんな感じなかったし。なんて言うんだろう……普通の17歳男子高校生とは思えないくらい、他人を想いやる気持ちが強い?って感じがするんだよ」


 「これまた珍しいわね」


 誰だって感じただろう違和感。


 長坂七生という男子に対して、普通の男子に向けるだろう概念が全て向いていない違和感だ。


 容姿が整っているなら、スタイルが良いなら、胸が大きいなら、視線を感じる。コミュニケーション能力が高く笑顔が魅力的なら、積極的に関わりを持たれる。男子が女子に向けるだろう様々な概念を、しかし長坂七生は元から持っていないように、欠如しているように、見せることはなかった。


 それが普通じゃない長坂七生への謎。そしてその存在について知りたいと思うのは、至極当然と言えた。

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