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大収穫




 「はぁぁ……決まらないなら1つ案を出すぞ」


 そう言うと、その言葉にこれまでの自分の発言や態度が影響していると思ったのか、成川が嫌そうに悲しそうに表情筋を操作した。


 しかしそんなことではないと、俺はそれを見て言う。


 「2人は俺の横、1人は俺の前。つまり膝の上に乗る感じで俺の体の前に座って観る人が1人ってことにすれば、全員で下僕を利用できるぞ」


 膝の間に入ってもらうということ。そうすれば、全員がそれなりに恐怖から逃げられる。


 「なるほど。それはあり」


 「そうですね。もしそれを可能にしてくれるなら、ここは1番小柄な私が長坂くんの前に入ることでいいんじゃないですか?」


 身長は150cm程度。音川と成川は共に160cm程度だ。明らかに久下は小柄で、俺の太ももの間に座るにはナイスなサイズ感だった。


 しかし、これまで牙を向け続けた主様はそれを許可しない。


 「いいえ、それなら私が抱きしめられるわ」


 「オプション追加すんな」


 「私は……やっぱ両隣に人が居るって大きいよね。でも変態が背中に居るのは嫌だな」


 「なんか癪に障るけど、言ってることは普通なんだよな」


 俺で変態ならこの世界の男は大半が変態だ。決めつけが激しい女も同じくらい居るのだろうか。成川だけと信じたいが。


 「もう死人は出ないんだし、ジャンケンで決めたら?」


 「私はいいよ」


 「仕方ないので私も受けて立ちます」


 「そうなったなら従うしかないわね」


 結局無難なやり方に落ち着いた口論。誰が来てもいいのでその結果を見守ることなく、俺は自分の飲み物に手を伸ばして飲んだ。そして横を見ると決着は一発で決まったようだ。


 「あら、やっぱり下僕は私の下僕ね」


 「出会って最大の喜びに見えるな」


 やはり付き人と主の関係は強く結ばれている。ここでも普通に支える役目を担うことになるなんてな。


 「私ってジャンケン弱いんだよね。出す前に負ける気したもん」


 「私は強い方ですが、今回は私も負ける気がしました。流石は音川さんです」


 負けても久下は楽しそう。目的が俺じゃなく、音川と成川の幸福にあるようなので当然と言えば当然だ。


 「ということで、お邪魔するわ」


 「うぃー」


 杖をつくことなく横に3歩ほど歩いて前に来る。そして静かに座った。細い体だからそんなに足を広げなくても入る。これならば久下でなくても疲れることはない。


 「はぁぁ……ホントに観るのか……始まるのか……」


 「まだ覚悟決めてないんですか?」


 「決まることなんてないよ」


 「小心者ね。これだから学年2位は」


 「あんた七生の前だからって怖くないとかないからね?ビビったら恥ずかしいだけだよ」


 「バチバチしてんなー」


 「いつも通りですね。――では、再生しますよー」


 初めて久下の間延びした声が鼓膜に届く。静謐さがあってお淑やか。見た目に似合った声色と捉えた。未だに真っ白な純粋無垢美少女というフィルターが掛かっているのか。


 「ん?何か?」


 「いや、何も」


 俺の心を見透かしたようにタイミングよく笑顔で返す。俺を知り尽くすのもそう遠くないか?


 そうして久下の一言で、隣と前の子供たちはスイッチが入ったようにピクっと動いた。


 ちなみに3人とも社長令嬢。なので、幼い頃から丁寧に育てられただろう3人が、この場でどうその粗を出すのか、見れると思うと呼ばれた甲斐がある。


 「こういうのって――」


 続けるつもりだったが、3人が同時にビクつくので、思わずそんなにかと思って止めてしまった。まだ始まってすらいないと言える段階なのに。


 「黙って観ることはできないのかしら。ホント、落ち着きのない人って困るわ」


 「……すみませんでした」


 「分かればいいのよ。それで?何を言おうとしたの?」


 聞いてくれる優しさはあるんだよな。


 「こういうのって、まぁ高確率で叫ぶだろ?こんな時間に大丈夫なのか?」


 今俺が住まわせてもらっている場所はタワーマンションと言われる家らしく、巷では階層が高ければ高いほどいいのだとか。そしてその内装はとにかく広い。周りは透明なガラス張りで、外を見るとあまりの高さに驚愕するくらい階層もある。音の心配は然程必要ないだろう。


 しかし、ここは一軒家ではない。上にも下にも人は住んでいるから、もし叫んだりしたのならその時は微かにでも聞こえるのではないかという心配がある。


 だから聞いたが、その質問に、この部屋の持ち主は答える。


 「大丈夫よ。この部屋防音にしてあるから」


 「防音?それはまた特別だな。俺の部屋にはないんだろ?」


 「ええ。私の部屋だけね」


 「あんたまだ防音なの?」


 やっと始まった映画に視線を向けながら、しかし声は音川に向かっていた。まだ、というのだから、何か成川の知る理由が防音と関係しているのかと思った。しかし。


 「そうよ。ほら、始まったから駄弁は禁止」


 詮索することなく、音川の言うように始まったホラー映画に集中して見入ることにした。


 それから暫くして、中盤を過ぎた頃、そろそろ恐怖の連続かと思われるような展開になり始める。正直ここまで観て怖かったと言えば嘘になるが、内心落ち着かないのは事実だ。


 一家が引っ越したマンションの地下から不気味な気配を感じるという女の子が、好奇心から1人でそこに向かって行き、地下に入った瞬間謎の何かに攫われる様子を映した序盤。そして今過ぎた中盤が、家族がそれぞれの役割を父から与えられ、女の子を探しに行き、まず先に母が消えたとこだ。


 この段階で既に二桁は余裕で耳元で叫ばれている。そして近くに寄られている。両手はそれぞれ成川と久下に拘束。俺の足裏は床ではなくソファに着いていて、曲げられた膝を音川が両手でギュッと自分に寄せている。


 そして俺の顔は無だ。


 それでも、叫ぶと一々強がる音川成川と、あいつはヤバいあいつはヤバい!と指さして大声で未来予知のように連呼する久下に面白味を感じて付き合っていた。


 どういうことかと具体的に言うなら――。


 「わっ!!!」


 「「きゃゃぁぁぁぁ!!」」


 まず音川と成川が叫ぶ。久下は激しくビクついて少し息が荒くなる。


 「っ!?頭おかしいやつ!です!!」


 真っ先に俺に不満を述べるのは、叫ばなかった久下。心からの焦りだろう。いつもの言葉使いより発言が強い。しかも指さし付きだ。


 「ふっ、い、いつかされると思っていたから準備をしていた私にはそこまでね」


 音川はそう言って俺の両膝を強く抱き寄せるように力を込めた。


 「はぁ?!バカでしょ!黙って画面だけ観とけっての!でもまぁ!全く怖くないこの映画に、そういう意外性あった方が面白いかもしれないけどねぇ!」


 成川はホラー映画側を否定しつつ、俺の左腕をバキバキに粉砕するかのように握った。今日1番痛い。


 とまぁ、こんな感じに加えて成川からは軽く体を揺さぶられる攻撃が入るくらいのことが起こった。


 「あぁー、ホント最悪。これもそんなに怖くないし、なーにが面白いんだか。こんなの作り物だし?別に非現実的だから怖くねぇー」


 「なら肩に手を回して体寄せんなよ」


 「確かにその通りです。でも、ちょっと窓から風が入ってるので少しだけ寒いかなーなんて」


 「お前も強がんのかよ。ってか体も寄せんなよ。それと風じゃなくて何か居る気がしただけだろ」


 「貴方たちビビってるの?こんな怖くもない作り物ごときに」


 「なら俺の足を体に巻き付けんな」


 これからが面白いというのに、既にギブアップ寸前の3人。成川に関してはいつ来てもいいように、片目だけで観ている。


 しかし、俺にとってはここでも満足だ。3人の面白いとこを見れたし、個性的だったけど音川と成川はやっぱり幼馴染なんだと改めて理解できた。


 またこうして3人で、いや、可能なら更に人を増やして、一緒に映画でもなんでも観れる空間があったらいいと思った。


 それが、今回俺がこのお泊まりとやらで得た、最大の気持ちだ。

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