ホラーは苦手
この場に集まった全員が自由人。しかしこの前まで久下はその言葉から離れた存在と思っていた。それでも次から次に掘れば掘るほど現れる本性に、確信させられると妙にしっくりくる。
久下結。もっと本性が現れると、豪快なことをしたりするのか?
気になったことは聞かず、ただホラー映画に興味津々の様子を見守りつつ、何を観るのかと楽しみに座っていた。
「成川さん、何観るって言ってました?」
「ディープマンションの1と2」
「分かりました」
慣れたように操作する久下。今扱っているプロジェクター等、音川と同じのを家でも使っているのだろうか。それなりに迷いない操作は現代っ子だ。
そんな俺の気を察したのか、同じように操作を見ていた音川は言う。
「凄いわよね。私、足が悪いから学校から帰宅してもすること多くてこういう動画配信サービスに関しても観たこともなかったわ。だから疎い私にこうして操作になれた心強い友達が居るのは助かるわ」
「だな。こういうの後で利用しようかな」
暇な時があるなら。
「ディープマンションって面白いのか?」
ホラー映画は観たことがない。元の世界にもテレビはあったが、創作物の鑑賞をする道具はなかった。だから内容を一切知らない。興味が湧くのは普通だった。
「観てないから分かんない。でも評価は高いし、期待値は高いかな」
「そうか」
そうだった。そりゃ1を観るくらいなのだから、当然観たことがないか。単純なことだが、やはり異世界人としてミスはある。
だが、珍しく真面目に答えてくれたのは意外だったな。観てないのに分かるかバカ、なんて言われてもいいのに。
俺の聞く態度が真面目だったからだろうか。だとしたら、その場その場で臨機応変に対応する才能は本物で、やはり俺を本気で嫌ってないんだとも思えて普通に嬉しい。
「水を差すようなこと言いますけど、海外のホラー映画は非日常って感じがして驚きが薄いんですよね。どちらかと言うと、わぁっ!って驚かす方に特化しているというか」
残るは再生だけ。仕事を終えた久下はリモコンを机に置いてソファに座った。
「それがいいんじゃない。驚かされる方がヒヤッとするわ。それに、後で1人でトイレにも行ける」
「後半だけが本音だろ」
「いや、後半も本音だね。ってかなんで再生しないで座ってるの?また腰上げて取らないとじゃん」
「まだ始まる前の言い訳タイムを入れてないので」
「言い訳タイム?何それ」
意味不明な言葉に分かるよう説明を求めた。それに答えるのは久下。
「成川さんはホラー映画観たいって言うくせに、観るのはとても苦手なんです。だから再生する前に、やっぱり次の日にしようとか、昼から観よう、なんて言い出すんです。それを宥めないと始まらないので、その時がまだかと待ってるのが言い訳タイムになります」
「……全部言われたわね」
「……全部言われた」
「しかもお前が強がってたってのがバレたってことだろ?今日は不憫な日だな」
だから先程からソワソワして組んだ足をバタバタさせていたのか。辛いの苦手だけど食べたくなる気持ちと同じだろう。しかもそれに今日は音川も加わった。観たくて観たくて仕方ない時に、しかし怖がったことを言い出せず久下に暴露されて恥ずかしい。見事に敗北者に相応しい雰囲気を作ることになったわけだ。
「さて、聞こうか。明日の昼観たいのかー?それとも腕組んで団結して観ようって言うのかー?」
「いいや、今日は2人増えた。恐怖にも勝てるね!」
「ちょっとずつこっち寄って来んな」
自信満々に言ったくせに、「よいしょ、よいしょ」と姿勢を正すふりをして俺の方に寄って来た。しかもバレないように動くので、指摘すると知らん顔で俺を見上げた。
「待ちなさい。長坂くんを呼んだのはこの時のためよ。3人とも怖がりだから私の下僕を使って和らげようという話だったわよね?なら真ん中に置くべきよ」
「聞くと中々最低な扱いされてるな。傷ついてもいいレベルだぞ」
ここに呼ばれた時に言われた理由だ。ホラー映画を観たいけど、過去最恐という単語に全員が耐えられそうにないから、盾になる存在が必要だと。
その呼び出しがなんとも道具のようで、普通なら泣いてもいいだろうことを、俺は頑張って我慢している。偉いぞ、俺。
「真ん中?誰と誰の間?」
「私と久下さんでいいでしょう?」
「はぁぁ?!」
「成川さん、長坂くんのこと苦手なんですよね?だったら私たちの隣に呼んでも問題ないないのでは?」
「はぁぁ?!……正論言われたぁ!」
自分の発言は取り戻せない。過去にした悪い行いは、こうして未来で自分に返ってくる。
「まぁ確かに苦手。でもそれはさっきまで。今は大好き」
「あら、私の下僕よ?そもそも貴方が好きになる権利はないわ。それに、最初から私の下僕がどこに座るか、それは私が決める権利を持っている。もう分かったかしら?」
「卑怯だ!そんな権利は七生も認めてない!」
「ふふふっ」
高みの見物はいつだって久下。今回は真ん中ということで、その時点で必ず俺が隣になるのは確定。安心して口論を楽しむことに注視できたのだ。
だからそれを見て俺はよくないと思った。
「そんな言うなら、久下を端っこにして、音川と成川が隣になれば?久下、そんな怖そうにしてないし」
「……えっ?」
大好きらしいカフェオレを飲もうと両手でタンブラーを握っていたが、その動きが完全に止まって俺の目を見た。そして。
「そっか、結って実際そんな怖がってなかったし、意外と耐えれるんじゃないの?」
「久下さんなら耐えられるわ。私信じてるもの」
敵が増える。これまでなかった、音川と成川が久下に対して敵対する図。多数決という最低行為だが、実に面白い。
「ま、待ってください。私は顔に出ないだけで心臓キュッとなる驚きは毎回するんです。エレベーターとかと一緒です。だから私も弱いんですよ?なのに皆さんで私を省こうとするのは、少し酷いのでは?」
「んー、まぁどうせ誰か1人になるし?」
「ええ。久下さんなら大丈夫だって信じてるから」
こんな最低な信頼を軽々しく口にするやつ初めて見たぞ。
「……いや……えぇ?」
「女同士の醜い戦いを見せられてる気分だな。面白過ぎてホラー映画より興味あるぞ」
この程度で切れる友人の糸ではないだろう。しかしいつ切れても俺は驚かないと思った。これが親友としての酷薄な部分か。俺の日常で受ける扱いはまだ可愛いのかもな。
「嫌ならジャンケンで決めればー。俺は正直なんでもいいから」
観れるならなんでも。
好きな女子に求められているわけでもない。ただ利用したいだけの道具。こんな美少女たちに囲まれて正直内心は嬉しいが、最近はそれも薄れている。
こんなにも悲しいお誘いは、17年の記憶の中で一度としてなかった。今日は記念日にでもするか。
「結、覚悟を決めて」
「嫌です。私は正々堂々ジャンケンを求めます」
「久下さん、私は信じてるわ」
さっきから音川は何を信じているのだろう。気になってきた。
それから話し合いが続き、各々本当にホラー映画が苦手なことを知った。だから仕方ないとして、ここは最悪の選択肢を誰かに引いてもらうことにする。