実は優秀
「8月に夏祭りがあるので、そこに行きませんか?」
嬉々として語ったそれだけの言葉。しかし俺にとっては魅力的な誘いでもあった。いや、顔を見れば俺だけではなく音川もそうなんだと分かるくらい、驚きと喜びが混合しているようだった。
「夏祭り?人が集まってわいわいするやつだよな?」
「はい。21時に花火も打ち上がるので、夏の風物詩として行って楽しむことで仲良くなれるかもしれないと思ったんです」
「なるほど……」
花火も打ち上がるのなら、それは行くしかない。元の世界でも幼い頃に見たことがある程度で、俺が代償を支払う3日後に即位の記念として打ち上げられる予定だった花火。この世界にもあるのかと、見てみたい欲は駆り立てられた。
「碧と長坂くんが仲良くなるという理由以外にも、私もそういうことに足を運んだことがなかったから、単純に行きたいわね」
いつの間にか、素直に自分の意見を言うようになり始めた音川。興味があるのだと意思表示をすると、それもまた楽しみにしている感が伝わって笑顔になれる。
「そうだったんですか。なら尚更行きましょう!」
「そうね。きっと長坂くんも行く気満々なんでしょう?初めての花火だったりしない?」
「よく分かったな。病室から見れたかもしれないのに」
「3ヶ月も隣に居るのよ?分かるわ」
理由はそれだけ。俺の少しの違和感で分かったんだと、それだけの関係を築いているんだと教えられているようだ。それは俺も心の底から理解しているつもりだ。
「それで、そこの布団はどうなの?行くの?行かないの?」
さっきから微塵も動かない成川に、参加するのかしないのか音川が優しく聞いた。
「……行く」
「っそ」
「よかったですね。これで全員揃いました」
「ふんっ!こいつが居るのは意味分からないけどね」
布団を一気に捲って姿を現す怪人。拗ねた後に元気になるとは、頭でも入れ替えられたのか、それとも二重人格なのか。切り替えが早いことは唯一の長所だな。
「付き人なんだから当然だろ」
「私と結で十分だけどね」
「お前、自分で自分を可愛い部類に入れるくせに、そのご尊顔目的で下心丸出しの変態とか、どこぞの男にナンパとかされないと思ってんのか?それに、そんなことを超えた何かが起こっても対応できると思ってんのかよ。さっきこのひょろひょろの俺に負けてたのに」
比較的筋肉質ではなく、息絶える瞬間の体で転移したが故に平均よりやや下回る痩躯の俺。そんな俺に成川は全力で敗北している。それはつまり、普通の男には勝てないということ。
そもそも力の差は男と女で圧倒的にある。だから技術で上回るしかないが、いくら英才教育を受けたとして、成川や久下がもしもの時に対応できるとは全く思えない。なんなら心配が増えるくらいだ。
「それは……思ってるより大丈夫でしょ」
「確かにそうかもな。でも、もし音川じゃなくてお前と久下が何かしら事件に巻き込まれたとして、その時は俺の責任にもなる。もしもに備えて下僕は居るんだぞ」
この3ヶ月で分かっていることだ。元の世界に比べて圧倒的に安全な世界だと。しかし、もしもは常に考えている。少なからず先輩のように他人をイジメ、自分より下の人間を潰そうと考える者が居るように、絶対な安全ではないのだから。
「そうだけど、でもそれなら最近回復したって言ってたあんたの方も心配だよ。私より力あってもね」
何故か俺の心配をする方に脱線するが、それを杞憂だと音川は言う。
「それに関しては大丈夫よ。長坂くんは、貴方の思ってるより1.1倍は優秀よ」
「少なっ。もっと褒められると思ってたんだけど」
「冗談よ。ホントは未知数とでも言おうかしら。長坂くんに任せればそこらのゴミカス共は片付くわよ」
「口悪っ」
幼馴染の成川が驚くのだ。きっと足のことで悩んだフラストレーションから、いつしか口悪くなる自分が、成川と喧嘩別れしてから形成されたのだろう。そんな音川の性格が俺は結構好きだ。
「ホントなの?」
「ホントだ。言い忘れてたけど、さっき俺が短命だって話をしただろ?んで実は、その短命になった代わりに、生まれながらにギフテッドを授かったんだ。集中すると脳の情報処理速度が常人の何倍何十倍にもなるっていう、普通じゃ考えられない才能を。だからないとは思うけど、暴力沙汰になったりしたらまず負けないし、安心して夏祭りを楽しめると思うぞ」
「ギフテッドって……なるほどです」
「よく分からないんだけど。情報処理速度が倍になる?ってことは、時間の早さが遅くなるってこと?」
学年の成績上位3名だ。難しいことを言われているようでも理解するのは早い。それに、誰もそれを嘘と思わないのは、真剣だって伝わったからだろうか。珍しく成川が思考して発言をしていたから、多分そうだろう。
「そういうこと。だから……そうだな、ジャンケンとかあっち向いてホイでは負けないし、人から殴られても蹴られてもそれを避けるのは簡単ってこと」
「へぇー……凄いね。ん?でもさっき当たってたよね?あれわざと?」
ツンツンしたのはどうなのかと。
「うん。避けるのが面倒だったからな」
「なるほどね、長坂七生はドM、と」
「……いつでもその性格は曲がらないな、お前って」
だが、ずっとその曲がらない性格で居てくれる方が、偽りなくて俺は嬉しい。ただ、バカにされたり乱暴されることは嬉しいとは思わない。これはしっかりとドMではないという俺の意思だ。ちゃんとあってよかったと心底思う。
「やっぱり不思議な人という私の直感は正しかったです。興味があるので、ジャンケンしましょう!」
「久下とのジャンケンなら喜んで!」
「何故かムカつくわね……」
元気な久下に、笑顔と一緒に頼まれては応えない以外選択肢はない。それに対して不満を見せて頬を膨らませる音川だが、こればかりは仕方ないと思う。久下は唯一の癒し枠。所々で摂取しなければならないのは当然だ。
「では、いきます。最初はグー、ジャンケンポン!」
音頭に合わせて出したのは、俺がグーで久下がチョキ。わざと負けて、久下の可愛さに負けた、とでも言おうかと思っていたが、多分その場合俺は帰らぬ者となりそうな気がしたのですぐに止めて勝った。
「おー、ホントに勝つじゃん。でもこれなら偶然って言えるし、10連勝くらいしないとね」
「10連勝なら確率的に起こってもそんな不思議じゃない。だから俺のギフテッドを確認したいなら、10連であいこにする方がいいだろ?」
「それもそっか。なら結とあいこ10連できる?」
「待って、私もジャンケンしたいから変えましょう。私と久下さんは10回常に違う手を出すと予め決めるわ。そしてジャンケンをして、長坂くんはどちらかにあいこ、どちらかに勝つ手を出してもらう。そうすればギフテッドを確信できるわ」
「それだと私1人何もしないで寂しいから、私も勝手に加わって七生に勝つ。七生は2人の勝負だけでいいからね」
「うぃー」
「それじゃいきますよ?最初はグー、ジャンケン――」
そうして始まったギフテッド確認大会。俺は苦でもなかったので、3人が様々な反応を見せながら10回ジャンケンするとこを鮮烈に記憶に刻むことを最優先として挑んだ。
そしてすぐに10回は終わる。
結果は音川と久下は一度として勝てず、音川が4回、久下が6回あいこ、音川が6回、久下が4回負けて終了。そして打ち合わせなしに挑んだ結果、音川と久下と同じ手を出さなかった回数が俺に勝った回数の成川の勝利数は2だった。
「すっご……ホントなんだね。なんかバカにしててごめんよ?」
「別にー」
バカにされてもムカついたり本気にしたことはないので謝られても何もない。
「本物のギフテッドを持った人が身近に居るなんて、結構凄いですよね。それに友達だったら尚のこと」
「私の下僕よ。鼻が高いわ」
「そう思ってもらえてありがたいな」
下僕という単語にも馴染んできた。自分でも言う時があるくらいに。
「こんな凄いギフテッド持ってたら、勉強とかできるんじゃないの?手を抜いてたりする?」
「いいや、集中力は人並み以上で記憶力はいい方だし、確かに勉強効率は上がるけど、興味があること以外はその枠に入らないんだよ。だから勉強しても記憶からいつの間にか抜けてる」
「それで42位なのは中々皮肉よ?」
「ここには1位と2位と3位が居るんだぞ?皮肉に聞こえると思うのかよ」
きっとこの世界で生まれたなら俺は……いいや、音川に会えて心底嬉しいし、成川や久下、音川茂とも会えたことで始まったこの人生、途轍もなく幸せで幸福だが、やはり元の世界で生まれてよかったと思う気持ちは上書きが不可能だ。
「長坂くんは私たちのハイレベルな会話についてこれるか心配してましたが、どうやら杞憂だったようですね」
「怖い怖い。いきなりSっ気出してくるなよ」
「ふふっ、冗談ですよ。私がそんな酷いこと思う人に見えますか?」
「はい、最近そう見え始めてます」
「結は酷いことしか言わないからね。こんな私と友達ってだけで分かるでしょ?」
確かに、友人の音川も冗談でよく酷いことを言う。その類ならきっと同じくらい久下も酷いことを言う人なんだろう。なんなら風采も相まって更に酷く感じるが。
「類は友を呼ぶ、か。最初抱いてた久下のイメージと今のイメージは真逆だな」
「ね?だけど正直どっちの結でも接しやすさに違いはないから、豆腐メンタルじゃなければいつの間にかどうでもいいって思うよ」
「私だって冗談を言いたいだけです。なのに私が鷹揚としているからって、勝ってなイメージで神格化されても困ります。私だって、ぶっ殺す!死ね!なんて言いますからね?」
「……まぁ、想像は今できないけど、言うんだろうってのは伝わった」
それでもまだ神格化された俺の中の久下は、その姿でも可愛いと思う。これが洗脳というやつか。可愛い容姿に囲まれて幸せなんて思っていたが、そんなでもないのか?
そんな久下の予想外の発言に、しかし音川と成川は一切動じることはなかった。これが女子の普通だろうか。この世界は何もかも難しい。
「まぁまぁ、私のことは後々知ればいいんですよ。今は時間も時間ですし、そろそろ観ましょう!ホラー映画を」
そう言ってプロジェクターを起動して、壁に大画面で映し始めた。