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懐いてる




 「あんたたち頭おかしいよ。普通こんなことされたいと思わないよ……」


 俺側の思考になったのは既に経験したから。しかも俺は楽しくても成川は楽しくなんてなかった。そうなると、こんな好まないことを誰が受け入れたいんだ、という思いに駆られるのも無理はない。ってか駆られてほしいんだが。


 「人それぞれよ。私は長坂くんと家の中でも学校でもそれなりに過ごしているから、もしかしたら好む可能性もあるじゃない」


 「好きにすれば。私は嫌だけど」


 「私は気が向いた時にでもしてもらえると嬉しいです」


 「いや、普通にいつでもどこでもする気はないからな。今回のは成川限定だ」


 「使えないわね」


 「なんでそうなんだよ」


 元々この世界では争いが起こりにくいこともあって、俺は実際に使えない付き人だ。近所の道も店も何もかもに疎いし、乗り物や食べ物にだってそうだ。記憶しようとしても興味なければ覚えない性質なので、別に反論しようとも思っていないが。


 そんなこんな言い合った俺たち。時間は楽しいからこそ早く経過する。確か呼ばれたのが19時過ぎ。今はそれから2時間経過した21時過ぎだ。時計を一度も見ないでこんな長時間過ごしたのは、この世界では初めてだ。


 「お前たちっていつ帰るんだ?もう良い子は寝る時間だろ?」


 とは聞いたが、答えがどう返ってくるのか分かっている。


 「何言ってるの?この姿見て帰るとか思ってるその頭の中を覗いて見たいね」


 「帰るのは多分明日です。今日はお泊まりということで来ているので」


 カフェオレをタンブラーに入れ、それを両手で持って飲むという、なんともイメージ通りの久下は俺の予想を正解だと教えてくれた。


 既に夏用寝巻きの3人。そして俺。見るからに、この部屋で寝るんですけど、という意味が伝わっていたのだ。


 それにしても露出度の高い寝巻きを来て男の俺の前に堂々と座っては、夜にも関わらずお菓子やジュースを飲んでも平気そうな顔は、普通ではない色々欠けた感性の俺でもどうかと思うものだ。


 「なんか喧嘩売られた気もするけど、まぁ、そうだよな。明らかに風呂上がりで、後は寝るだけですって言ってるのを感じるし」


 「どう?長坂くんも一緒に」


 「えぇー、こいつと一緒は流石に無理。怖くて寝れなーい」


 さっきを思い出してか、体を自分で抱きしめて震わせ、バカにするように顔を歪めて煽ってきた。表情筋が豊かで、出会った日の睨みや、初日の食堂での睨みと比べると、別人のように楽しそうだ。


 「だってよ。嫌われたから俺は悲しく自室で寝まーす」


 元々寝る気はない。絶対うるさいだろうし、学校では話せないことや3人で話したいことが山のようにあるだろう。そこに邪魔をしたいとは思わない。そもそも成川と同じ部屋だと寝れる気がしないから無理なんだが。


 「それは残念ね」


 「また今度、成川さんと打ち解けたら一緒に寝ましょう」


 「なら今後絶対に寝れないね。私が七生と打ち解ける?そんな時は訪れないから」


 「そうですか?それにしては今既に打ち解けていると言っても、私は驚かないくらい仲良しだとは思いますけど」


 「そうね。私には到底及ばないけれど」


 「なんのプライドだよ」


 「結も莉緒も、変な価値観持ってるんだね。こいつと私のどこを見て仲良しって思うんだか」


 先程より少し強めに、右手の人差し指で俺の右頬をツンツンして言った。


 本人は本気で嫌なやつとしての感情が込み上げているんだろう。しかし当人以外にはそれが仲良しに見える。客観的に見ていることが正しいとか間違いとかないが、主観的に見て気づかないことはこの世界にも元の世界でも多くある。だから、今の成川の感じてること思ってることが本当かなんて、本人以外には分からないこと。


 勝手に解釈して勝手にいい方向に捉えて、勝手に気分よくなれれば俺はそれで十分だ。


 「お前の仲良しって複雑なんだな」


 「別に?」


 「まっ、いつでも仲良しになってやるから、そん時は土下座謝罪でもして懇願してくれたら検討してやるよ」


 「ね?こんなやつと仲良しできるかっての!」


 ツンの力を強めるので、俺の顔が成川の腕の伸びる限り遠くへ離れる。過去最大の痛みは頬に伝わった。それを見て久下と、久下に抱きついたままの音川は口を揃えて言う。


 「「うん」」


 「えぇ……」


 それに驚きを隠そうともしない成川。自分だけが違うのかと思っているなら、そうだと確信にさせたいくらいだ。


 「とにかく、仲良しにならなくてもここに座って嫌悪感がないだけまだいい方だ」


 「感謝してよね」


 「お前、そうやって高飛車になるのも自由だけどな、俺はいつでも下心丸出しの変態になってやってもいいんだからな?」


 「冗談で高飛車になってるだけだからね?これは私の本音じゃない。それを分かっててほしい。だから下心丸出しの変態は無理」


 言いながらも両手を構えて臨戦態勢に入る。本当に下心丸出しの変態は嫌なんだということがヒシヒシ伝わるので、逆にもう一度登場してくれてもいいんだけどな、なんて思う。


 俺は3人と違って善人ではない。この世界の倫理観にも合わない。だからカリギュラ効果のように、嫌がられるとしたくなる悪人が顔を覗かせる時もある。


 しかし、実際するかと聞かれればしないと答えるくらい小さな悪人だが。


 「碧って昔からそうよね。自分が気に入った何かに対しては、自分の本性をさらけ出して口が悪くなる。言うか迷ったけれど、面白そうだから言うわ」


 なんとタイミングのいいカミングアウトだろうか。臨戦態勢の成川もすぐさまそれに反応する。


 「はぁ!?何適当なこと言ってんの!?」


 「これ、正解だった時の反応ですよ。流石幼馴染ですね」


 「でしょ?」


 肩に顎を乗せてすぐ横で共感。姉妹のようにも見える2人は、既に俺の目に親友のように映っていた。


 「自覚してたのね。しかも自覚していて長坂くんにこんな懐くなんて、可愛いとこもあるじゃない。懐くのはムカつくけれど」


 一言余計だが、その話が成川の反応から本当だとすると、これは大きな一手を手に入れたと言っても過言ではないだろう。形勢逆転になり得る、音川に対するマシンガントークのような抑止力を成川に対して持った言葉を手に入れたかもな。


 「懐くって……私がこいつに懐くわけ!」


 「元々貴方、パーソナルスペースは広いじゃない。さっきも男子からの視線や接触を好まない発言をするくらい、異性に対しては特に。なのに今は簡単に触れている。それが証拠よ」


 「流石幼馴染です」


 「でしょ?」


 今度は両手を軽く合わせてハイタッチ。


 姉妹だな……。ツンツンと癒しの真逆姉妹……か。いいな。


 「……もう…………っ!」


 何も反撃できないと観念したのか、ソファの下に置いていた毛布を掴んで顔も体も隠すように覆って黙ってしまった。恥ずかしさからなのは一目瞭然だ。


 「よし、これで静かになったな」


 「私たちは何も悪くないから、先にホラー映画でも観ようかしら。観たいと言い出したのは碧だけれど、まぁ、いいと思うわ」


 「これを機に仲良くなると言ってくれたら嬉しいですけどね。――あっ、そうでした、今いいことを思い出しました」


 言葉通り何かを思い出した久下は、成川のことを思ってか、それとも成川と久下が音川を思ってか、いい提案をしようと、首を傾げる俺と音川に言う。

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