下から
「まず、音川も知ってることだけど、俺は半年前くらいまでは生まれてからずっと病室で過ごした病人。生まれつきの短命の病気で、15歳までしか生きれないって言われてた」
本当か嘘か、今はそれを追求することはない3人。ただ、本当なんだって思っているから、成川も珍しく静かに聞いていた。いや、成川も元は善人だから普通かもしれないが。
「そんで、それは血筋が大きく関係してたらしくて、俺の両親は俺が2歳の頃に共にこの世界から旅立った。だから家族は居ない。祖父も祖母も会ったことはないし、親戚に関しても俺は分からない。分かることは、病院の先生が優しくて、俺の15年の治療費を払ってくれたことだけ。そんで、もう体が限界かなって時に、不思議と回復してつい最近、付き人になるくらいには万全の体調になったってとこだな」
言い終えると、何度も聞いた音川はいつも通り泰然としていた。けれど、初耳の2人は複雑な感情が胸の中でどう声をかけたらいいのか迷っているようにも見て取れた。
「……あんたって、いつも元気そうなのにそんな背景があったなんてね」
「驚きです……」
「ってか普通に悲しい過去じゃん……」
「知りたいって言うから教えたのに、こんなお通夜になるなんてな。お前たちは優しいからそうなるんだろうけど、俺は記憶がないから別にだぞ」
「そうよ。それに今は私が居るのよ?家族と言っても過言ではないわ」
正直驚いた。音川の優しさが過去最大に胸に沁みたから、思いもしなかった発言に口が開いたのも初めての経験だった。
「そうだぞ、俺は今普通に過ごせてるから気にするなよ」
音川も思うことはあるだろう。足が悪いことでどれだけ孤独が苦しいのかを知っている側として。だけど同情はしないで、今を見て今がどうなのかを分からせてくる。
家族と言っても過言じゃない、か。結構好きな言葉だ。
「ふ、ふんっ、別に気にしてないけどねー」
「私はそれを聞いて、今よりもっと長坂くんと過ごす時間を確保したいと思いました。今が楽しくても、それを上回る楽しさがあってもいいですからね」
「それは不要よ。私が居るのだから、久下さんはいつも通りで」
「ふふっ、長坂くんの主様は独占欲が強いんですね」
「それは……そんなことないわ」
目を逸らして曖昧に否定した。
成川とだけでなく、久下ともバチバチになるが、音川と久下の喧嘩も見てみたいと思ってしまうのは、お互いに対立し合わない性格だからだろうか。珍しい喧嘩こそ見てみたい。
「でもさー凄いよね。どういう経路で莉緒のお父さんに会ったの?」
普通に戻った成川が何故か肩を組んで聞いてきた。優しさ……にしては何の優しさか分からないが、きっとこれも気遣いなのだと思うことにする。
「なんか恫喝されてて、それを偶然通りかかった俺が助けたら気に入られたんだよ。それで続いて聞かれるだろうから先に言うけど、その後そこのワガママ女王のサポートを頼まれて、最初は断られたけど説得して仕えさせてもらうことにしたって流れだな」
「偶然ってやつ?」
「だな。指噛むぞ」
組んだ左腕から手の人差し指で頬をツンツンするので口を開けて脅してやった。するとすぐに引っ込められた。
「その流れだと説得に特別な理由があると思いますが、よく音川さんも初めましての長坂くんに懐きましたね」
「そうね。私も変わりたかったところに、タイミングよく長坂くんが現れてくれたのは僥倖だったわ。しかも説得の時、私のことを初めて見たのにも関わらず細かく分析して指摘してくるから、聞いた時は怖かったけど、でもこの人なら別にいいかって、不思議と思えたのよね」
「悪い人って雰囲気がないですもんね。転入の際初めて見ましたが、独特の雰囲気に一目惚れしましたし」
「あら、私の前で下僕に惚れたとは、それはどういうことかしら?」
先程よりも圧が強い。なんなら久下の肩を掴んで逃がさないと力も込めている様子。確かに感謝されるくらいのことはしたのかもしれないが、依存されることはしてないつもりだ。
音川の性格を知らない俺のミスだ。知っていたらもっと長期間で解決するよう心がけたのに。まぁ、今更か。
「あぁ、すみません。音川さんの長坂くんを盗る意味はないですから安心してください」
「いや……別に音川のでもないけどな」
「そうですか?でもそれなら気になることがあるんです」
「何?」
「長坂くんは音川さんに、お前に権利はない、お前が勝手に決めるな、なんてことをよく言いますよね?なのに言葉ではいつも、仕える、仕えさせてもらってる、と下から謙って言うんです。ちょっと気になってたんですよね」
「あぁ、確かに。下僕って言っても本気で怒んないし、常に莉緒に仕えるって感じで言葉使いも対等だけど、なんて言うか形式だけは上下関係を築いてるって感じ?」
意識していることは何もない。だから今指摘されたことは全て無意識のこと。俺がしないといけないと強く思っていることだからか、したいと思うことだからか、それは定かではなくとも、現代日本にとって俺の言葉使いは違和感として記憶されるには十分だったらしい。
「それは俺もよく分からないな。無意識だから理由も見つからない。強いて言うなら多分、俺は音川をサポートしたいって気持ちが強いから、自然と下からになってるのかもとしか言えないな」
本当は誰かの下に仕えることしか知らないから、その影響が出て言葉使いにも表れているのだろう。気づかなかったが、俺こそ音川に依存しているのかもしれないな。