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夏休み最初の




 高等学校の夏休みは1ヶ月程度だそう。7月下旬に終業式を行い、夏休みという長期休暇を得られるのだとか。別に学校に通うこともいいことだと思うが、この世界では学校に通わないでいい長期休暇は好まれるらしい。


 夏休みに入るとなった日のクラスメイトの顔が全て喜びに満ちていたのは、鮮烈に記憶されているくらいだからな。


 それでもきっと全員が全員、夏休みを謳歌するのかというと違うのだろう。毎日充実させることも難しければ、毎日したいことを思い浮かべることも難しい。


 だから記憶の中のクラスメイトの喜びは、学校という場所から、授業という時間から離れられることへの歓喜だったことが分かる。


 とは言っても、今頃早速海に行ったり遠出をしたり、想いを寄せる者同士体を寄せ合ったり、様々なことを各々の判断でしていることだろう。


 大学が付属した珍しい高校に所属しているからこそ、2年生になっても夏休みが夏休みの意味を成す、金持ち高校怜快高等学校。とても青春を過ごすのに向いている。


 「ねぇ、これ美味しかった?」


 それでも青春という言葉の意味を知っているだけで、俺にとっては無縁の言葉だったが故に、未だにどう過ごすと青春を感じたと思うのか、それはまだ未知の話だ。これから知っていけばいい。まだ高校生なのだから。


 「これは?さっき飲んでたよね?」


 しかし未知というのは青春の話。俺は不慣れから脱却し、この世界にも慣れたと言える期間は過ごしたつもりだ。今日はまだ7月26日。既に俺がこの世界に来て空気を吸ってから3ヶ月。常識は知識として頭の中に入っているし、それなりに外に出て普通を経験した。


 「ねぇ、聞いてんの?」


 その上で、満足したかと問われると全然だと答える。経験したことは、琵琶湖の水を手で掬った程度の極小。人生100年として考えても、きっと琵琶湖の水を全て掬い出すことは不可能なくらいだ。


 「ねぇぇ!こいつ耳イカれてんじゃないの?」


 それでも人は、自分のしたいことから未来を選択し、どの水を掬って幸せに生きるかを決める。俺も3ヶ月でその段階に来た。高校生。この先この世界の全てを経験することは叶わない。だから俺は誰のために何をしたいのか、やはり音川の付き人として仕え続けることが最優先と思うのは、確定しつつあった。


 音川の足は治らない。それでも、治るまで俺は付き人なのだから。


 それにしても……。


 「おい!何とか言えよ!」


 「うるさい……今ちょっと付き人になってからのこと振り返ってんだから黙ってろよ面倒女」


 分かってて無視をしていたが、先程からずっと、隣に座ってお菓子の味やジュースの味を聞いてくる成川碧。同時に体を何度も何度も揺すってくるので、肘ついて考え事しようにも邪魔になるので一旦中断させられた。


 「はぁぁ?!そんなの知らないし、振り返りなんて後でしなよ!こっちの質問は簡単に返事できる質問なんだから、そんなキッショイ振り返りとか止めて答えればいいじゃんか!」


 「味なんて食べて飲んでお前の味蕾にでも聞けばいいだろ。それをせずに時間の無駄で俺に話しかけ続けたお前が今は何よりもキッショイけどな」


 「美味しくないもの食べたらどうすんの?」


 「知るか。お前の舌は頭と同じでバカなんだから、何でも美味しく感じるだろ」


 「40も下の分際でよーくそんなことが言えましたねぇ。まぁ確かに?42位のバカ舌に食べてもらっても美味しいか美味しくないか分からないかぁ!」


 「…………」


 饒舌に返されるが、まぁこれに関しては俺が悪い。適当に返していたら自分の首を絞めていただけのこと。黙ることで敗北したことにする。


 「今日も仲良いですね」


 「常に喧嘩になるのは不思議だけれどね」


 そんな俺たちを見て高みの見物中である音川莉緒と久下結。ソファの端に音川、その隣に久下、成川、俺の順番で座って居るので安全圏内だ。


 「ってかなんでここに集まってんの?」


 俺がこの場に来てからずっと思っていたことだ。今居るのは音川の部屋。そこに夏休みだからと、初めての来訪者が2人居る。そして当たり前のように俺も居て、何故この場にこのメンバーが集まって、しかも俺も含まれているのか謎だったので聞いてみた。


 「碧と久下さんが私の家に遊び行きたいと言うから、仕方なく入れたのよ」


 「俺いらないだろ」


 「いえ、同じ家に住んでいるなら長坂くんも一緒に誘うのは普通のことですから」


 「……なるほどな。だからいいこと聞いたってことか」


 「はい」


 先日の期末テストの勝負開始前、久下との会話で思い出される。いいことの意味が不明だったが、今ようやくスッキリした。


 「それに、貴方は怖いものを知らなさそうだから、そういうのが苦手なか弱い私たちがホラー映画を見る時の盾になると思ったのよ」


 「怖いものを知らなさそう?冗談にしては面白いな。俺にとってはこの隣の変人も主様も恐怖の対象なんだが?」


 「あぁ?殴るぞ」


 「許可するわ」


 「……俺の隣久下に変わんないのかよ」


 そう呟いて潔く軽く殴られるとする。力は少しだけこもっていたが、それでも冗談の範囲内なのだからまだよかった。もしこれがレベルを上げていくと仮定して、耐えられるのは8回くらいか。それを目処に逃げる言い訳を考えないとな。


 「殴ったついでに、お菓子美味しかった?」


 俺が食べた唯一のスナック菓子について感想を求められる。それを自分で分かるのも遊びの1つと思うが。


 「俺はバカ舌なんだろ?」


 「うん。バカ舌なりにどんなバカな感想が返ってくるか気になっただけー」


 「はぁ……美味しかったでーす」


 「前に食べたことあるから知ってまーす」


 そう言ってパリッと食べる。見せつけるように美味しそうに。


 「俺はお前が嫌いだ」


 「奇遇だね、私も!いぇーい!」


 感想の次は右手でハイタッチを求めてくる。音川の部屋に来たというハイテンションをここで出すので、やはり素直になれないのはこの先も変わらなさそうだと思って、手加減しつつも強くその手にハイタッチしてやった。

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