念願の
結果を見た2人。その反応は面白いくらい刹那で変わった。
2位――成川碧 合計885点。
1位――音川莉緒 合計896点。
「――えぇ!?嘘っ!」
「ふぅ……私の勝ちね」
信じられないと嘆く成川に対し、安堵から笑顔を見せる音川。その差は天と地のようで、本当は1つ上か下かのレベル。実力は拮抗しているという話は本当だったらしい。9教科でたったの11点差とは、正直俺にとって高次過ぎて意味不明な領域だ。
「嘘だぁ!私の……負けぇ?!」
膝から崩れ落ちるのは見ていて心地いい。
「良かったな音川。そんでありがとな」
「当然の結果よ。それに、何も感謝されることはしてないわ」
「まぁ、1つは勉強だな。俺の順位は思ってたより高かったから、その分の感謝はしないとなって」
俺は42位。普通に高い範囲に驚いた。しかし、中間テストを受けてないのでどのくらいの勉強がためになったか分からないのが残念だ。それに、中間テスト10位の久下が3位に上がるのを隣で見せられると、驚きが負けて感動も少なかった。
「そんでこの面倒な女に敗北者の烙印を押してくれたことにも感謝だ。おかげで気分がいい」
「それはよかったわね」
「おめでとうございます、音川さん。そして長坂くんも」
「ありがとう」
「久下に言われると悪い気にはならないな。久下もおめっとさん」
「はい、ありがとうございます」
集まった3人は気分がいい。しかし、唯一気分が悪い人も居る。さっきからぶつぶつと何か言っている成川とかいう敗北者である。立つ気配はなく、固まって口だけ動かしている。実に不気味だ。
そんな成川に近づくと、俺は目の前に膝を曲げて屈む。
「敗北者と決めつけた相手に負けて敗北者になった気分はどうでしょう?成川さーん?」
「……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……負けてない負けてない負けてない……」
呪文だ。効力高そうな。
「負けたぞー。しかも11点差も開いて。だから負けを認めて次のステップに進もうぜー」
そう言うとギロッと睨みをきかせてくる。
「あぁ?42位のバカは黙ってろ」
「しっかり聞いてんのかよ。ってかそんな高圧的になれる立場じゃないよな、お前」
「はぁ?無関係が出てくんなよ。黙って下僕でもして――」
最後まで言わせたくなかったので、そこで無理矢理右手で成川の顎から頬を掴んだ。
「――なっ!?何すんの!?」
「お前なぁ、このクソ生意気な口をどうにかしろ、この口悪女が」
言いながら親指で右頬、残る指で左頬をグリグリしてやった。
「――うっ!やっ、止めろ!わ、分かったから!謝る!もうあんたに悪口言わないから!」
「絶対な?」
「うん!!」
「よーし、スッキリしたし赦そう」
意外とあっさり引いてくれるのは予想外だ。まさか手を出されるとは思っていなかったのか。だとしたら、殴り合い云々の件も虚勢ということになる。それはそれで可愛い子供の戯言と思うと笑えるが。
「楽しそうでしたね、成川さんも長坂くんも」
「うん。中々よかったな」
「……はぁ、はぁ……どこが楽しそうに見えたの……ホント有り得ない……このクソ下僕……」
「おい、もう悪口言ってんぞ」
「知らない!絶対赦さないから!いつか絶対ボコす!」
「ボコされた後に言われてもな」
いつか寝ている時にでも反撃を受けない限り、俺は絶対にボコられないので、それらについてはまだ教えなくていいだろう。まだ成川には恥じらってもらってイジり倒したいから。
そんなことを考えていた俺だが、今回の目的は終わった。残すはどちらかが悪かったのか決まったことによる、正式な関係回復。
立ち上がってため息をついた成川は、しっかりと敗北した時の契約を果たす。
「……はぁ……まぁ、これは私の言い出したことだし、ちゃんとするわよ」
「言い出したくせに負けるとか、俺なら恥ずかしくて顔も上げられないぞ」
「聞こえてるし、今のあんたの状態でよくそんな言葉が出せたね」
「地獄耳かよ」
「はぁ……」
何されるか分からないので、一応久下という女神を盾にして後ろに隠れて言ったことに、鋭く成川は指摘した。酷すぎてツッコミも呆れている寄りだった。
けれどすぐそんな雰囲気は消して、過去のことを思い出しながら口を開こうとした。そんな時だった。静かに見守っていた音川が先に口を開いたのは。
「今更もういいと思わない?」
「――え?」
それに驚いた成川は、下を向いていた顔を上げて音川と目を合わせた。多分、自ら目を合わせたのは、久下と作戦を立ててから今日が初めてだろう。だが、そんなことを気にする暇もなく続ける。
「私も貴方も、既に過去の蟠りは消えていると思うの。こうして真剣勝負をしようと決めた時から、私は昔以上に真剣で勝ちたくて必死になって楽しかった。だから私は勝てた。勝ち負けで悪い方を決めて関係を戻す方法で勝負していたら、きっと私はわざと負けた。だからそう思わなかった。勝ちたいと思った。そして貴方の謝罪を受けないで元に戻ろうと言おうと思った。覚悟は必要だったけれどね。だからもう、いいんじゃないかしら。私たちらしく、こんな大雑把な関係でも」
元々描いていた音川の展開。久下の祝福に応える以外で順位表を見てから黙っていたのは、それを口にする覚悟を決める時間だったのだろうか。
ちょっと照れた相好は、ちょっとだけなのに初めて見る。本当の恥じらいだ。
そんな音川を見て、成川は開いた口を閉じて、再び何か言おうとして止めて、そしてやっと声帯を震わせる。
「……そうだね。私も楽しかったから、それでいいと思ってた。元に戻るとかそういうのじゃなくて、いつの間にか楽しいと思えた今のままでも、私もいいと思うよ」
言い終えた後の空気感。なんか気まずい。
だからここは俺の出番だろう。まだ恥ずかしさの残る喧嘩の終わりに、俺というバカを出すことで場を乱して結果仲良しに。それでいい。
「気まずい雰囲気だよな。面倒と面倒って見てる側が大変だってこと知ったわ。あー、嫌だ嫌だ。早く握手して教室戻ろうぜー」
「そうですよ。もう恥ずかしがるのは見飽きたので、いい加減幼馴染らしく仲良くしてください」
「女神もこう言ってんぞー」
久下は気を使える善人だった。俺が言わなくても、きっとこの空気感に同じ発言をしようとしていたことくらい分かる。助け舟のように出された一言はまさに鶴の一声だった。
「……あんたたちってなんか似てるね。まぁ、七生の性格だけムカつくけど」
「差別すんな」
「あっ、長坂くんのこと、七生って呼び捨てにすることにしたんですか?」
「あら、私の下僕に馴れ馴れしいじゃない。踏み込み過ぎると首を絞めるわよ」
成川並に物騒なことを言うとは。まだまだ音川についても分からないことだらけだ。もしかすると、これからが本当の音川莉緒なのかもな……。
「気分だよ気分。それと性格?なんとなくこいつは七生って名前を呼び捨てにしたいだけ。じゃないとなんか気に食わないから」
「たったそれだけで気に食わないとか、今何歳なんですかぁ?」
「あぁ?16って分かるだろバカが」
「歳下が歳上にタメ口使ってんじゃねーよ」
「え?」
本当なのかを音川に確かめるよう一旦止まって目を合わせた。
「マジよ」
「は、はぁぁー?別に?私だってもうすぐ17だし?関係ないけどねぇ!」
「ふふっ、久しぶりにこんなに話したのに、この前より仲良く見えるのは不思議です」
ひたすら楽しそうに笑うだけの久下。しかし欠かせない存在でもある。こうして成川から攻撃を守る盾にもなるし、癒しの女神にもなるし、何より音川と成川を制御するキーパーソンだ。
そんな誰よりも幼馴染に戻ることを求めていた久下も、願いが叶って心底楽になったのだろう。笑顔も増えた気がする。
「まぁ、揉めても仕方ないし、私の下僕のことならもう好きに呼んだら?」
「なんでお前が俺の名前を自由に呼ばせる権利を持ってんだよ」
「下僕にあるのは人権だけよ。それ以外は私の権利。自由があると思わないことね。常に私最優先よ」
「……それはいいことなのか?」
「残念。莉緒との付き合いは結構大変だから、自由なんて捨てた方がいいよ。まっ、自由になったとこで私の下僕にしてやるけど」
「……ったく、口だけは元気だな、敗北者」
「問題でも?」
「はぁ……」
俺が仕える側になったからかもしれないが、この世界の女性は恐ろしいことに、いい意味でも悪い意味でも気付かされている気がする。この先どんな未来が待つのか、楽しみ半分恐怖半分といったとこだな。
そんなことがあって、期末テストを終えて同時に音川と成川の幼馴染の関係も戻った今、更に刺激のある生活を過ごせることを確信していた俺だった。
ってかもう、夏休みってやつに入るのか……。早いな。




