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勉強前に




 「こういう球技でも、楽しいとか思うか?」


 真剣勝負だが、全力勝負ではない。全力なら、小さなコートではアウトを連発するだろう。それを考えられない俺たちではないので、しっかりラリーをしつつ、軽く嫌なとこに玉を飛ばす。そんなお遊びもお遊びの卓球をしつつ、俺は楽しいと思って聞いた。


 「いいえ、全く」


 「それは今お前が失点したからだろ」


 聞いて際どい場所に返すとエッジボールとなり俺の得点。遊びに謝罪もマナーもないので続行することに。


 「まぁ、正直どうかとは思っていたわ。けれど、貴方が私と一緒に私のしたかったことをしてくれていること、それがどれだけ小さくても、単純にプラスとして傾いているから嬉しいし楽しいわ」


 今日初めて見せる朗らかな笑顔。ラリーを続けながらも、今のこの状況に幸せを感じているようなのは、見ている側としてこの上ない喜びがある。


 「俺は俺がしたいからお前を付き合わせただけだ。それが偶然お前と重なったようで何よりだ」


 「ふふっ、よく言うわねっ」


 鋭く打たれた玉は、俺のコートで跳ねてすぐ、俺のラケットの後ろに飛んで床で再び跳ねた。後ろがベッドで壁になっている音川とは違い、テレビ付近にまで後ろが続く俺は面倒にも取りに行く距離が長い。でも、それすら些細で面倒とは思わなかった。


 この瞬間が、ただただ幸福を埋めてくれていたから。


 「手加減してるとやっぱり全力相手に負けるなー」


 「これを全力と思うなら、貴方が私に勝つことは一生ないわよ」


 「でも始めて分かったけど、これって俺圧倒的に有利だぞ?どこでどうやってどの力で打ち返せばいいのか、それが簡単に分かるからな」


 「それを人は不平等不公平と言うわ。脳に頼らず直感で私と勝負しなさい。でないと、貴方のことを卑怯者として、新しいレッテルをクラスに周知させるわよ」


 「え?これ遊びなんだけどな」


 「知らないわ」


 負けず嫌いは遊びでも関係ない、か。


 「まぁ別に、お前が下僕で遊んでることが知られることにもなるし、俺よりお前の方がデメリット大きそうだけど」


 「その部分はどうとでもなるわ。私が拒絶しても無理矢理付き従う変態、脅して一緒に居ないと色々辱めると言う変態、一緒に住んでいることをいいことに盗撮盗聴をする変態。ほら、どれがいいかしら?」


 散々な評価だが、間違いとも言えない。拒絶されても進路を妨害したし、脅したと感じるのは人それぞれだから、完全に否定できない。盗撮盗聴もしてない証明は無理だ。だって何もしてないから、してないという証拠もない。屁理屈の押し付け、女王の気分で不敬罪にて断罪される気分だ。


 「なんで全部変態なんだよ。無理矢理でも脅しでもないし、盗撮盗聴もしてないからな」


 「してても怒らないわ。それくらいする人だと思っていたから。早く盗撮盗聴を白状して楽になりなさい」


 「盗撮盗聴に絞って話進めんな。ってかしてたら怒れよ」


 「貴方ならしていても変ではないと思ったけれど、思っていたよりまともな人間なのね。安心したわ」


 「俺はこの瞬間からお前が怖くなった」


 最終的に俺は、そんな盗撮盗聴をする人ではないゴミ同然と思われていたのは心底悲しいことだが、まともな人間として認知されたのなら満足としよう。


 そんな会話中でも、口だけでなく手も動かしていた俺たちは、お互いにラリーを続けては決め込んで得点を重ねていた。


 そして先に11点を取ったのは俺だ。11対8で、辛勝と言えるラインの勝利だ。


 「俺の勝ち。やっぱり脳がどうのこうの言わなくても勝てたな」


 「私は貴方がその脳を持つ限り、負けたと認めることはないわ。今の勝負も使っていたんでしょう?貴方も負けず嫌いね」


 「そう思いたいのは分かるけど、勝手にそう言いがかりつけてるといい大人にならないぞ」


 「貴方にだけよ。それに、そんな不正行為で上からものを言うなんて、私なら恥ずかしくて耐えられないわ」


 めちゃくちゃ負けず嫌いだ。目も合わせないで、ただ負けたことを認めないで一方的に不正行為をしたと断言して責められる。俺以上に悲しい下僕は、きっと元の世界にも居なかった。この世界は、いや、この音川莉緒という人間は、不思議と飽きさせてくれないな。


 「……あれ?お前成川?なんか成川に感じたムカつきを感じた気がするんだけど」


 先日の中指を立てられたことを思い出した。


 「私は音川莉緒よ?どう見ても分かるのに、私が碧に見えるなんて、どうやらその目はピンポン玉と入れ替わったようね。視力はあるのかしら?」


 顔を近づけて、まるで人を見下すように嘲笑う音川。似合っていると思うのは雰囲気がマジだから。


 しかし、顔が近づいたおかげで顔を掴みやすくなった。だから両頬に両手を瞬時に向けて、逃げられる前にその頬を親指と人差し指で摘んでやった。


 「――んっ!痛っ!ちょっ、ちょっと何するの?!」


 ぷにぷにとした柔らかさを持つ頬に、一瞬にして触れ続けたい欲が出たが、それ以上に笑顔で伝えたいことを伝える。


 「日頃の()()だ」


 抓って抓って抓った。痛いと言われても力はそんなに込めてないので泣き出すことはない。しかし、日頃の感謝は受け取ってくれないと、溜まってもどうしようもないのだから。それに、いいことは常に伝えなければ。


 それから抓ること4秒。やっと離した時には、若干頬が赤くなって、綺麗な乳白色が照れた人のようになっていた。


 「――ホントに最低ね。乙女の大切なご尊顔を乱暴に扱うなんて」


 頬をなでなでしながらも、痛みはそんなにないだろうに訴えていた。


 「先に乱暴に扱われたからな。これでも我慢した方だ」


 「っそ。ならもういいわ。貴方と勉強する気も失せた。自分の部屋に戻りなさい」


 「願ったり叶ったりだな。んじゃそうさせてもらいまーす」


 そうして立とうとすると、すぐに再び前のめりになって腕を伸ばし、俺の両腕を掴んだ。離す気がないのか、力は中々強い。


 「ダメよ。冗談で言ったのだから。それに、まだ勉強もしてない。戻るには早いわ」


 「情緒不安定?」


 「楽しいからつい続けたのよ。そしたら貴方が本気で戻ろうとするから……その……ね?」


 悪かったと、反省しているから戻らないでくれと。冗談だから、とも言いたげだった。


 「いや、俺も戻る気はなかったけどな。冗談に冗談で返してただけだし。今更俺がお前の発言に一々本気で対応してると大変だろ」


 「…………知ってたわ」


 知らなかったんだな。


 「はぁ……お前は俺のことを知る必要があるな。冗談は冗談って分かってるから、気にしないで暴れていいぞ。それを見て、こうしてお前をイジって遊べるしな」


 「……悔しいわね。下僕、私にも抓らせなさい」


 「敗北者でありワガママで諦めの悪い負けず嫌いには権限ないからな。抓りたいなら拘束して抓るしか方法はないぞ。でも、普通に考えれば止まった時の中で回避不可能なお前の企みなんてないけどな」


 「いつかこの恨みは晴らすわ」


 「その発言に至るまで、俺は1つとして悪いことをしてないんだけどな」


 絶対王政がこのような時代に起こりえていいことだろうか。きっといいんだろう。今の俺には、音川のワガママが全てどうでもよくてしょうもなくて新鮮で、良いと思えるから。


 中々俺も下僕が極まってきたな……。仕え方の変化?まぁ、悪い方向じゃないしいいか。


 「さて、お遊びは終わりよ。次は卓球の恩返しに勉強を教えてあげるから、さっさと勉強道具広げて正座して聞く態度を整えなさい」


 「……はい」


 この先どうなることやら。取り敢えず、自我を失わないことだか気をつけて、後はことの成り行きに任せるとしよう。


 そうして俺は、期末テストまで毎日のように音川の部屋でビシバシしばかれたのでした。

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