昔のお前は
学校に通い始めて分かることは、休日が素晴らしいということ。日頃6時間の授業に加えて登下校とホームルーム、昼休みや掃除の時間など含めて、平日が10時間近くも失われる学校に通うと、自然と土日祝の休日のありがたみを知る。
とは言っても、まだ1週間しか通っていないが。
それでも学校という行ったことのない場所に行って、不慣れなことばかりをこの歳で経験するのは、どうも悩みを抱えることが多くて整理の時間が欲しい。
そこで休日は、朝起きてから怠惰に過ごそうと決めていた。
「ほら、もう13時よ。眠気を飛ばして勉強しなさい」
けれどそれは潰えた。勉強という名の拘束。俺は先日のやる気に満ち溢れた自分を殴ってやりたいと思った。
「まだ13時なんだよ。俺は夜に勉強したいから、昼から夕方はまだベッドかソファに横になりたい」
「なら、横になりながら私の話し相手になる?」
「そうする」
拒否されると思っていたが、音川も早速勉強という気分ではないらしい。誘ってきた理由から、本懐は話して俺と仲良くしようとしてくれることだと思っているので、勉強という理由の盾は使い勝手がいいと思っていた。
許可がおりたので、ベッドは流石によくないと思い、ソファに倒れて仰向けになった。ちなみにこの部屋は音川の部屋だ。
「話し相手なのだから、寝たらダメよ?」
「お前の声が心地よすぎて寝るのは?」
「それも今はダメ」
「プライベートの自由を制限されるのは契約違反だぁー」
「ワガママ言わないで」
「……俺はその発言に恐怖を覚えるんだけど」
仕方なくも従うが、どうせ俺も寝る以外にすることはない。スマホやパソコン、その他この世界には娯楽が溢れているらしいが、今のところ俺はそれに触れられていない。
ということで、今後触れるとして、今は付き合うのが下僕の使命なのだろう。
「それは自由よ。それで、何か話題はないかしら?」
「怖いな。普通お前が話題出すんじゃないのかよ」
「面白いことを言うのね。私は話し下手なのよ?それを知っている貴方が話し始めるのが普通よね?」
「はぁ……呆れさせるのが得意だな、俺の主様は」
今はまだ、不慣れが続く。俺との出会い、イジメの解放、家事の手伝い、成川との再会、久下との出会い。これらがたったの1ヶ月強で起こったのだから、適応するには俺の脳でないと不可能だろう。
それに過去から引っ張った自分を押し殺して偽りの仮面をすることに、突然の別れを告げての本性に寄り添う時間。今は落ち着く時間を大量に必要とするのは必然だった。
「聞いたら答えてくれよ?」
「質問によるわ」
警戒されるようなことを言うやつと思われているのは心外だ。
「なら、お前は過去――まだ幼馴染として成川と仲良かった頃、どんな勝負を成川としてたのか教えてくれ。それと、成川とどんな関係だったのかもな」
足が不自由なら、誰と何をしたのかという推察は可能だ。しかし音川は足が悪いことを理由に、足が悪いと難しいことに挑戦しない性格ではない。だから過去の性格を知るチャンスとも思い、純粋に気になっていたから聞いた。
「そうね……答えたくないことだけれど、貴方には恩を受けすぎているから、答えないとダメね」
そう言って過去を思い出そうと目を閉じて、そのまま話し出す。
「私と碧は、いつも頭脳で勝負したわ。小学3年生まで軋轢なく幼馴染をしていたから、それまでに習ったことで毎日のように。私が昼休み外に遊びに行けないことを、一切言葉に出して指摘することもなく、私との勝負に全力で楽しんでたわ。それくらい碧はいい子だった。そして勝負は常に五分五分だったわ。負けた次の日は勝つし、勝った次の日は負ける。連敗、連勝をしたのは多分10回程度。それくらい、勝負は飽きなくて実力も僅差だった」
懐かしんでいるのか、これから戻りそうな関係に期待しているのか、過去を語りながらも未来を見据えたような目を閉じた笑みは、心底音川らしかった。
しかし、これからは違うんだと言わんばかりに目を開けて、若干下を向いた。そして続けられる。
「でも、やっぱり私は運動がしたかった。碧は運動以外でも勝負は楽しいと言ってくれたけれど、私は徒競走や球技、そういった競技で勝負をしたかった。けれど、腕でなく足という運動に於いて必要不可欠な部位の欠損は、その楽しみを砕いたわ」
「割り込んで悪いけど、車椅子とかは?」
「使ったわ。それが話の続きになるわ。勿論使って、日々練習して使えるようになろうと頑張った。けれど難易度は高かったわ。それに私には俊敏性も欠けてた。小学生女子の力では、車椅子を動かしながら運動は無理だった」
「それで諦めるお前とは思わないけど?」
「いいえ。今の私なら諦めなかったかもしれない。それでも当時の私は無理という壁に当たって、その時からもう私には自由がないんだと思い込むようになった。結果、貴方の言うような卑屈な人間になったのよ。でも、碧と遊んで勝負していた頃は、それくらい活発で元気な女の子だったわ。これくらいでいいかしら?」
聞いておいてなんだが、暗い話になるとは。明るく当時の話をして、更に成川のこと思い出して饒舌になると思っていたが、そうでもない過去を過したことは明白だった。
「十分だ。話したくなかったことだったか?」
「そんなことはないわ。今では笑い話だもの」
「そうか」
確かに今は気にしてない。だからといってそれは、今も運動をしないでいいと思っていることに繋がりはしない。俺は勝手にそう思った。だから眠気も忘れて体を起こしていたんだと思う。
「音川」
「何?」
綺麗で澄んだ可愛らしい声を耳に、俺は返事をするまでの無言の10秒間でスマホを操作した。そして言う。
「15分から20分くらい待っててくれ」
「突然ね。構わないけれど、何をするの?」
「俺のするべきこと」
それだけ言って、俺は自分の部屋へと戻って着替え、外に出て行った。




