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お呼ばれ




 「余計なことしてくれたわね」


 成川と久下と別れて帰宅中、杖をカツカツと鳴らして歩く音川は、しかし不満そうな雰囲気もなく言った。どこか嬉しそうに感じさせるくらいの声色で。


 「こうでもしないと、久下からすると無理だって思ったのかもな。まぁ、昨日の夜の時点でお前はこうしなくても何とかすると思ってたけど」


 「どうかしら」


 「それでもまだ、余計なことだったって思うのか?」


 「ないわ。久下さんも貴方も、碧と関われる機会をくれたことには感謝してる。ありがとう」


 「どういたしまして」


 これもまた、俺がしたことは何もない。自らの判断でこの展開を作ったのだから、自分が逃げないよう久下に付き添って入店したことは、きっと後悔することはない。


 「久下とは仲良くなったのか?」


 話題を変える。気になっていたことを忘れないうちに聞いておこうと、一緒にカフェにまで来る仲を築けたのかどうか聞いた。


 「どうかしら。仲良く、というのがどこからなのか分からない私は、ハッキリとは言えないわ」


 「なら、話してて楽しいとか面白いとか、これからも何かしたいとか思うことは?」


 「話すことは楽しかったわ。貴方以外の人と会話することが少し不慣れで避けてたから、その分気楽で私が避けてたことも赦してくれた久下さんは、私にとってこれからいい関係を築ける相手だと思うわ」


 久下は優しい。それだけが判然とした久下の性格。人をイジることが好きなのもまだ確定していないくらいの関係値。浅いと言えるだろう関係値。だからこそ、たった1日程度の関係で確定させる、優しいという概念は、それだけ久下の性格の良さを表していた。


 そして音川に対しても同じ。音川が自分自身のことで苦しんでいることを知るからこそ、これまでの冷めた態度を赦した。それを音川もまた理解したのだ。


 「それはよかった。久下が成川の親友でよかったな」


 「そうね。でないと今頃、私たちは今までと同じように後悔していたと思うわ」


 「俺にも話してくれなさそうだしな」


 「それは今後次第よ。もし貴方を私が信頼できたら、その時は恥じらいながらも頼んでたかもしれない」


 「なら、その未来の別のお前も助けれるように、今のお前から信頼されるよう頑張ろうかな」


 「好きにしなさい」


 信頼ならもうされているだろう。それはイジメ関係で確認している。それでもまだ認めないのは、チョロい女だと思われたくないからか。思惑が読めないのは俺のまだまだなとこだが、透け透けな音川もまだまだだ。


 「……恥じらい、か。今思ったけど、恥じらうお前も中々ギャップがあってよかったぞ」


 「忘れなさい」


 冷やかしてやろうと思ったが、言ってすぐ体で俺にドスッとぶつかって即撤回しろと。そして記憶からも消せと。


 「なんだよ。別に悪いことじゃないんだからいいだろ」


 「それでも忘れなさい」


 「俺の記憶力は人並み以上。その上、記憶したいと思ったことは忘れられない。このことから不可能だと言わせてもらおうか」


 「使えないわね。まぁいいわ。恥ずかしいことを貴方に言われたところで、既に初日の夜にやらかしているのだから、今更よね」


 「あぁ、マシンガントークな。あれは今のとこ今回の件に次いでよかったとこだな」


 言い終わってすぐ、再びどつかれる。正直その行動ですら可愛いと言って恥ずかしがってもらいたかったが、これ以上は成川に似た嫌悪の雰囲気が完成しそうなので、今はそっと風船の空気が抜けるのを待つとする。


 ずっとこの調子で、元気に笑えるようになってくれると万々歳だな。


 「はぁ……貴方に体当たりするのも疲れるわ」


 「無駄に体力使うなよ」


 「それを言うなら私に体力を使わせないで」


 「まっ、そうなるよな。お前のことが分かるようになって嬉しい限りだ」


 「なら、次何を言うか当てなさい」


 「そういうエスパーみたいなことじゃないから」


 全く分からない状態で正解を当てることは俺を含め世界の人間が無理なことだ。俺の元いた世界でも、そんな特異能力者は存在していない。


 「はぁ……無能ね」


 「厳しいな。んで、正解は?」


 「正解は、これから期末テストが終わるまで私の部屋で勉強を教えるから、暇な時間は常に私の部屋に居なさい。よ」


 「……お前に言われたなら、普通の男子は誰もが喜んで快諾するだろうな。普通の男子なら」


 「嫌なの?」


 「勉強苦手だし、ワガママでコンビニまで走らされそうだし、家事とか手伝えって言われそうだし、プライベート空間ないし。しかも俺、勉強しなくてもよくない?」


 勝負するのは音川と成川の川川コンビなのだから、その勝負に集中してくれると思っていた。しかし、ワガママを聞いてくれないことはよくないと思ったか、無理にでも付き合わせる手段を選ぶとは。


 「確かに貴方は勝負に関係していないわ。けれど、私に必要なのよ」


 「お?気分よくなりそうだから聞く」


 「私が勝った時、碧に対して言えるでしょう?私は無能な長坂くんに勉強を教えながらも貴方に勝った、と」


 「一言余計だし、全然嬉しくない俺無関係のことだし、最悪が詰め込まれてるだけなんだけど。期待返せ」


 「まぁ、それは半分よ。残りの半分は、貴方と勉強しながら何か話をして、有意義な時間にしたかったのよ」


 抜けない恥じらいにより、顔を隠そうと僅かに俯いた音川。歩くペースが上がったのは、俺に顔を見られないように前に行くためか。だとしたらやはり音川莉緒は素直になれないのが可愛いとこかもしれないな。


 「なんだよ、素直になれないやつめ。少し期待外れと思ってたけど、そう思われてるなら気分は悪くないな。一緒に勉強するか」


 してもしなくても、勝負に関係ない。でも嫌という気持ちが強かった俺を、一言で良いと思わせてくれた。きっとそれが可能なのは、心から仕え従うと決めた相手にだけ。この世界で唯一無二の音川だけだ。


 なら、その願いにも応えよう。

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