謝罪は不要
ピザは麺類やご飯類と違って明確に切り分けられていることから、他人と分け合うことが可能だ。だから一応、既に不要と聞いていた久下にも食べるか聞いて「大丈夫です」と返されたので1人で食べ進めることに。
「それにしても、久下と成川はいつからの仲なんだ?」
目の前でご飯について仲良く喧嘩をしている2人には聞こえる、けれど喧嘩に夢中で聞こえてないだろうと水を飲む久下に聞いた。
「中学生からです」
「どっちから?」
「正確には覚えてないですが、多分私からです。1年生の頃に偶然隣になって、私から話し始めたことをきっかけにするならば、そういうことになりますね」
「その頃は成川もまだ優しかったのか?今のこんな、敵意丸出しぶち殺してやるって雰囲気纏わないで」
向けられた視線から、感じる雰囲気から、成川の威圧はその類だと分かった。音川の付き人として隣に居ることの嫉妬だと思えば可愛いが、音川を見るからこそ自然と視界に入る俺を客観的に見て、性格的にも苦手だと分かったのだろう。俺に対する嫌悪はマジだ。
「中学生の頃はそんなことなかったと思います。というか、成川さんは常に穏やかで笑顔を見せる人なので、音川さんと長坂くんだけにその雰囲気を見せていると思いますよ」
私には温厚ですよ、と。
別に悪いことしてないんだけどな……風評被害ってやつか。
「俺と音川限定ね……」
今でも目の前では、「勝手に食べないでよ!」「食べるわ、と言ったわ」「許可してない!」なんて、共にお金を出すわけでもないだろうに揉める2人。音川に対する態度は柔らかくなりつつあるが、同時に思いを伝える機を逃している。だが、音川に対する嫌悪は見られないことから、俺限定の嫉妬と殺意の混濁した雰囲気になったようだ。
「そんなに揉めるならまた注文すればいいだろ。喧嘩になるって分かってんのに、お互い難儀な性格してるな。あっ、喧嘩したくてしてるなら邪魔して悪いな」
話し中でも聞こえる声で言った。それに反応したのは狂犬の成川だ。音川に向けていた視線をギロッと向けて、睥睨するように圧を込める。まるで「喋んなバカ。ぶち殺すぞ」と言われても驚かないくらいの圧だ。
「長坂くんも中々性格が私寄りですね」
隣でニコッとどこか嬉しそうに微笑む久下。同じことを思っていたのだと意思表示しているようで、不思議と心強かった。
「こっちの話に無関係な人が入ってこないで」
まだ優しく言う選択肢は残っていたらしい。成川は口悪くなることなく、穏やかに俺に対する思っていることを言った。
「無関係なら今ここに居ないだろ。これでも俺には、お前たちのツンツンがいつ抜き取られるかを見る権利があるんだ」
「そんなのないでしょ」
「あーあ、いいのかなー。さっき音川が来るまで、『仲良くしたいよぉ。私が悪いのに莉織のせいにして……えーんえんえん』って落ち込んでたこと言っちゃうぞー」
「もう言ってんじゃん!いや、べ、別にそう意味じゃないんだけど……」
声はギリギリ店の迷惑にならない音量だったが、今日1番の声量なのは間違いない。恥ずかしそうに机に乗り出して、今にでも首を両手で締め上げそうな勢いだ。
「あら、ホントにそんなこと言っていたの?」
それを好機と思った音川は嬉しそうに乗った。だが。
「待て待て、お前、ここで上から行けると思うなよ?」
「え?」
当然だ。お互い悪いと思っていて、お互い相手も悪いと思い決め込んでいた。それなのに、成川だけ不平等に羞恥で背中を押すなんてことはしない。それに気づいたからか、音川は驚きつつ止めようとしたが、それを見て見ぬふりして続ける。
「昨日の夜、俺に向かって『碧には悪いことをしたわ』みたいなこと言って、俺がもし居なくなったらってこと考えた後に、寂しいからって理由で成川と元通りになることを望んでただろ」
「そ……それは……ちょっと……」
勝てる勝負が一気に五分五分に。さて、どちらが先に抜け出すのか、それを見守りながら俺はピザを一切れ食べた。
「見てる側は面白くても、言われた側は大変ですね。でも、これが1番の解決法かもしれません。特に、成川さんと音川さんのような、少し頑固な人には」
小声でぼそっと。
「強引にでも、この対面した機会を逃したくないからな」
「ですね」
次第に距離を詰める作戦もあった。というか俺の方針はそうだった。しかし久下の選択によって、今この瞬間で仲良くなる、お互い悪かったと伝えて仲直りすることになった。
それは多分俺よりも長い時間を共にした久下だから分かる、最善で正しいことなのだろう。人間関係に関しては、所々感情が欠如して、それらを偽りでカバーしている俺には不向きだ。だから正直助かった。
可愛い雰囲気と顔して、することは豪快だ。
「まぁ、こんなこと俺が言ったとこで、俺の知る以上にお互いを知り尽くしてるお前たちなら、そんなことも当然お見通しだっただろうけどな。でも、改めてそうなんだって確信するよう相手の反応を見ると、別に思うことが生まれたりするんじゃないか?」
俺の指摘することは全て知っていること。お互いの口から聞いて、その「もしかしたら」を「やっぱりそうだったんだ」にするだけの発言。でもそれだけで、1歩を踏み出せるのが、今日の音川莉織だ。
「まぁそうね」
吹っ切れたように、もう恥じらいを通り越して開き直ることにした音川。決然は昔から得意なんだろう。
「私は碧に申し訳ないと思ってた。だから今、謝罪して仲直りすることが正しいことも分かる。けれどそれは碧も同じこと。なら、今ここですることは謝罪じゃないと思うわ」
「……そうかもね。もう謝罪なんていらないと思ってる。だからその代わりに――」
そこで目を合わせた2人。ここからは未知の領域。何を選択するのか、分かるのは久下だけだ。俺は既に仲がいいと思えるくらいの2人を見て、同時に笑みを浮かべた姿に、今日ここに来て良かったと思えた。




